久住女中本舗

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2009年 04月 12日

なんてことない日々之雑記vol.196

道玄斎です、こんばんは。
四月ももう半ばに入ってきましたねぇ。
櫻も散って、しづこころを取り戻したというわけで、ちらちらとゲームをプレイしたり、あれこれやっています。
そういえば、昔リリースされたゲームが、ダウンロード出来なくなっている、なんてケースも最近では起こっているようなので、気になった作品があれば、遊ぶ遊ばないは別に、ダウンロードしておくと良いかもしれません。



■読書熱再開と漢字な話

一時期よりも、本を読まなくなってしまったのですけれども、最近又以前のペースでかなり色々本を読んでいます。入学シーズンとかだからでしょうか? 書店に行っても、割と役に立ちそうなグーな本にお目に掛かる率が上がっているような……。

で、昨日かな? 時間が空いた時にふらりと本屋に入ったら新書で『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(笹原宏之、光文社新書、2008)なる書物を発見して、反射的に購入してしまいました。

よくよく考えてみれば、日本語って不思議な言葉ですよねぇ。
大陸由来の漢字を使うし、その漢字を崩して、カタカナや平仮名なんかも同時利用する。んでもって、漢字に対して自国の言葉を充てて訓む。

ノベルゲームをプレイしていたり、或いは作ったりしていると、きっと「漢字表記」の問題って一度はぶつかるんじゃないでしょうか? どの漢字を開いたらいいのか? とか、「ここはこだわりがあるから漢字にしておこう」とか。
漢字を少なめにして、表記すれば、テンポ良く読み進められるし(まぁ、一般的に……例外はあると思いますが)、対して漢字を多めにすれば、少し読みにくさは出てくるけれども、重厚で、堅い感じも出てくる。場合によっては擬古的な雰囲気も出せたりします。

落ち着いて考えてみると、私自身もかなりいい加減に漢字を充てて使っているなぁ、と気付かされました。
このブログをご覧の方は結構目にしているのではないかと思うのですが、「dislike」的な意味の「いや」という言葉を私は、かなりの頻度で「嫌」と書かずに「厭」と書いているハズです。
「○○君なんてだいっ嫌い!」なんて時はちゃんと「いや」ではなく「きら(い)」と読みますから、「嫌」を使うんですけれども、普通に「これは好き、あれは厭」みたいに、「いや」と読むときは高確率で「厭」にしてしまう。

誰しも、自分だけの漢字使用の規則ってあるんじゃないでしょうか。
私は本当に感覚で、「嫌」じゃなくて「厭」を使っているのですが、考えてみると、「嫌」よりも「厭」の方が「厭わしい」などに見られる「いとう」という訓み方があって、単純に嫌いってよりも、もうちょっとこっちがわずらわしいとか、そういう雰囲気が出せるから使っているのではないかと、思ったわけです。

他にも、漢字ではないけれども「とはいえ」という言葉も、何となく「とはいへ」の方がしっくりくるので、そちらを使う事も屡々。漢字の送り仮名だったら、「先ず」じゃなくて「先づ」とかを多く使っています。
本当に、「よっしゃ! カッコつけて使ってやるぜ!」と思って使っているわけじゃなくて、気がついたらそういう書き方が身についてしまっていたという。
もしかしたら、現代小説とかをあまり読まずに、ちょいと古めの小説とかを中学生・高校生辺りに読んでいたのが原因かもしれません。そのくらいの時期って、何でもかんでも吸収しちゃうからね。

勿論、何でもかんでも旧いのが良い、ってわけでもなく、結構新しい日本語とも言うべき言葉にも面白いものや、思わず感心してしまうようなものもあったりします。
漢字の「訓み」に関していえば、今一番面白いのは、「人名」です。きっと子供が出来たら、親は「名前ガイド」みたいのを書店で何冊も買ってきて、必死になって付けるんでしょう。子供はおろか、配偶者さへいない私にはあまり馴染みのない事ではありますが……。ああ、そうは云っても、私の名前も親が何個か名前の候補をピックアップして、最終的に密教のお坊さんに「これが良いだろう」とお墨付きを貰って、選んだわけで、それなりに苦労して付けたようです。残念ながら、密教のお坊さんのお墨付きは間違っていたわけですがw

っと、脱線してしまいました。
先に挙げた本を見てみると、「愛」という字で「らぶ」、「月」で「るな」、「聖夜」で「いぶ」なんて命名も行われてきているようです。「聖夜」=いぶは、兎も角「愛」=らぶとかはまだ、まだ分かる気がします。
だけれども、「宝冠」で「てぃあら」、「麗美羽」で「れみふぁ」(ドレミファのレミファかな?)、「真極」で「まっくす」はいくらなんでもねぇだろう、とw
そんな中でも、「これは悪くないんじゃないか?」と思われるものもあって、クリスチャンの方が付けた「天」=「みくに」という名前もあったりしました。まぁ、普通読めないけれどもね。名前の是非はともかく「天」=みくには、少し畏れ多いのでは?w

ご存じかもしれませんが、名前に使える漢字ってのも決まっているようでして、数年前(だったかな?)「苺」という名前が使用可能になりました。だから、例えば女の子で「苺ちゃん」なんて子は、現時点ではあまり見聞きする機会はないだろうけれども、あと10年、20年経つと、ちらほらと目にするんじゃないでしょうか?

こういう、一風変わった名前は、「当て字」だったりするわけです。
けれども、漢字の訓読って、「当て字」みたいなもんだよねぇ? 浅学非才故、間違っているかもしれないけれども、一応、説明してみましょう(いや、漢字とか凄い苦手なのよ……)。

漢字って「音読み」と「訓読み」があって、「音読み」はその名の示すとおり「音を読む」読み方です。何の音を読むのか? ってーと、古代中国語の音を読む。
一方で「訓読み」ってのは、「その漢字を日本語で読む(訓む)」。
んー、何かいい例はないかなぁ?

例えば、「馬」という字があるとします。
私達はこの字に対して「バ」という読み方をする時もあるし「うま(むま)」と読むこともある。
前者が音読みで、後者が訓読みです。
で、なんでじゃあ、一つの漢字に対して二つの読み方があるのかと云うと、


1、元々日本に文字は無かった。

2、文字は無いけれども、ちゃんと話し言葉はあった。

3、大陸から文字(漢字)が伝わってきた。

4、漢字と自分達が元々使っていた言葉を、繋げてみた。

5、伝わってきた当時の漢字の読み方と、元々使っていた言葉、二種類(場合によってはもっと)のよみかたが、一つの漢字の対してあてられた。


という、こういう事情なハズです。
伝わってきた時の音の違いで「漢音」とか「呉音」とか何種類か、音読みの方ではバリエーションがあったりしますが、割愛しましょう。

もうちっと、かみ砕いて説明してみましょうか?
古代日本に、大陸から人間がやってきました。渡来人というヤツです。で、彼らは、日本にいた馬をみて「バ」とか云うわけです。古代日本人は「おいおい、あれは“うま”だぜ」と答える。
そうすっと、渡来人は、自分の持ってきた書物の中で「馬」と書かれた部分を指さして「バ」と発音した。で、古代日本人は「なるほど、俺たちが“うま”って読んでいるものを、こいつらは“バ”って云うんだな……」と。
で、まぁ、当時大陸の文化は進んでいて、日本はかなり大陸をお手本にしたりして、文化的な基盤を創り上げてきました。そうした中で、「馬」のように、様々な漢字が「当時の大陸人の発音」と一緒に導入され、適宜、それに「元々使っていた言葉」を充てるようになっていった。

と、こんな感じでしょうか。
面白いのは、完全に大陸の発音に置き換わるのではなくて、当時の大陸の発音を保持しながら、自国の言葉を充てて、使い分けていったという点でしょう。中にはどっちを使ってもOKってなケースもありますよね。
だから、例えば「春夏秋冬」って言葉は「シュンカシュウトウ」だけれども「はるなつあきふゆ」でもあるわけです。


と、まぁ、なんかかなり脱線してしまいましたが、『訓読みのはなし』は、そういう日本語特有の「訓読み」に焦点を当てて、かなり面白い一冊になっています。ちょっと言葉に関心のある方なんかにはお勧めの一冊。
語源とかも、適宜紹介していて、為になる事間違いなし。新書なので、さらっと読めると思いますよ。



■ベース

また、えらく話が変わりますけれども、ベースの話。ベースって楽器のベースです。
ちなみにコントラバスじゃなくて、エレキベースです。
少しくらい楽器でも弄った方が格好つくんじゃないか、と思って、家捜ししていたら、妹が昔、「バンドをやる」とか言い出して、通販で買ったベースが出てきました。

しかし、私は彼女がベースを弾いている所を見たこともなければ、彼女の部屋から練習の音が聞こえてきたなんて記憶も全くありません。で、妹に聞いてみました。


「あんたさ、このベース、バンドをやるって云って買ったでしょ? バンド活動ってやってたの?」

「やってない」

「えっ? なんで……?」

「みんなの仲が悪かったから」

「それで、どうしてバンドをやろう、なんて話になったのよ……」

「いや、ノリで……」

「…………」


という事情だったようです。
ともあれ、「一度も弾いた形跡のない」ベースを持ってきて、付属品やらをチェックしてみました。
通販で激安品らしく、メーカー名で検索を掛けたら、アマゾンでも今売っているというw 多分、私の記憶が確かなら、『少年マガジン』とかの後ろに、楽器とか、メリケンサックの通販の広告ページがあったでしょ。ああいうので買ったんだとおもふ……。

ともあれ、ベース本体はぴっかぴかで傷一つ無し。
付属品の方は、チューニングメーターとかが付いていました。「これでチューニングするのか……」と思っていたら、手が何か濡れてるんですよ。

「何事だ?」と思って見てみたら、電池式のチューニングメーターで、電池を入れっぱなしにして15年くらい放置していた為に、液漏れっていうんですか? なんかそういうのを起こしていて、しとどに濡れていましたw
電池を入れ替えたとしても、これじゃ、うごかねぇよなぁ? という感じがヒシヒシと。

しかし、よくよく考えてみれば、シーケンサーにベース音源って一杯入っているわけで、それでチューニングすればいいじゃないか、と名案が浮かんだので早速実行。
まぁ、やってみたんだけれども、これが結構難しいんだ。鍵盤で音を確かめつつ、「ん? もうちょっと低い音だな……」とか云いつつ、弦を緩めてみると、低すぎる音に。「ぬぬ……じゃあ、もうちょぴっとだけ弦を締めるか……」なんてやると、今度はまた高すぎる音に……。

で、あれこれやっていたら普通に1時間くらい掛かってしましました。
昔、人に半ば強引に、ベースを弾かされた事があったんですけど、その時は、その人が既にチューニングしてくれていたので、問題なく出来ました。例によって、押さえるフレットの位置と順番を丸暗記しただけでしたけれども……。
けれども、こういう細かい事からちょこちょこ自分でやっていった方がいいんだろうなぁ、なんて思いましたね。普段、手慰みに弄ったりするキーボードは電子楽器ですから、調律とかする必要がない。
まぁ、折角チューニングしたわけですし、暇が出来たらちょこちょこ弾いてみる事にします。



それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-04-12 02:55 | 日々之雑記


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