久住女中本舗

kuzumi.exblog.jp
ブログトップ
2009年 08月 14日

なんてことない日々之雑記vol.224

道玄斎です、こんばんは。
今日までちくちくと忙しかった訳ですが、明日から少しのんびり……出来るといいなぁ……。



■アレなヒロインとオリジナリティ

前回、ちょっぴり昔の商業ゲームをプレイしている、と書きました。
先ほど、1ヒロイン(こいつがメインヒロイン?)をクリアーした所なのですが、ちょっと「うーん……」な感じ。
テンポの悪さとか、唐突な展開とか、まぁ色々あるわけですが、一番気になったのはヒロインそのものでした。

や、ビジュアル的には可愛いですし、どちらかと云えば私の好みなんですよ?
なんだけれども、「名雪をベースにあゆを足した」ってのがロコツに伝わってくるというかw 名雪は私、滅茶苦茶好きなんですけれども、あれはあの作品の中の「名雪」というキャラだから、その魅力が最大限になっているわけでして、他の舞台(=作品)であの手のキャラの、悪い言い方をすれば上澄みみたいなものを掬って、キャラを作ると、違和感みたいのがどうしても出てきてしまうんですよね。
ただでさへ、そうなのに、そこにあゆ的属性が付与されると、もうカオスというかw

だけれども、そういう「キャラクターの類似性」というか「意識した模倣」というか、そういうモノは時として、グーな効果をもたらす事があるのも事実。まぁ、所謂「本歌取り」みたいな。

プレイヤーが、その「元」となったキャラクターについて、予備知識があるからこそ、楽しめたり、オーバーラップする部分と同時に「はみ出る部分」に目がいきやすくなったりと、それはそれで効果的だったりする事がなきにしもあらず。
「何もかもオリジナル」というのは、どうしてもあり得ない事なんですよね、実は。重ねて作っても、どうしてもはみ出してしまう部分、そこにこそ「オリジナリティ」の一端があるような……。

生きて生活して、更に何かしらの作品をプレイして、そんでもって自分でも何かを作って、って時には、どうしても絶対に「何か」の影響が入り込みます。
極端な例を挙げると「○○みたいにはしないようにしよう」と思って作ったとしても、そこには、既に「○○を避ける」という「○○を意識した視点」が入り込んでいる事になります。
「オリジナルでさへも、何かしらの影響は免れ得ない」と理解している、というのは実は重要な事なのではないかと私なんかは思ってしまうのです。

別にいちゃもん付けるわけじゃありませんけれども、「オリジナル至上主義」みたいなものってあるじゃない? ああいうのって、オリジナルというものの持つ本質を寧ろ覆い隠してしまうような、そういう部分を感じてしまうんですよ。
何も無い所に、オリジナルなんて発生のしようがなくて、やはり先行するものがあって、その模倣なり意識なりというプロセスがあって、試行錯誤していく末にオリジナルがある、と考える方が自然ですし、オリジナルというものの本質を捉えているように思えます。

別にノベルゲームやサウンドノベルでもなくても、そういう事って、云えそうな気がしてます。
勿論、「ヤバいレベル」での模倣とか、言い逃れが出来ないくらい先行するものを摂取しているのに、それを(少なくともその部分を)「オリジナル」と言い張るのは、またそれは違うわけで、そこらへんがややこしい辺りです。


と、まぁ、そんな下らない事を考えつつ、少し体を休めて、ボチボチ私もゲーム(勿論フリーの、だ)をプレイしたり、又例によって怪しげな打ち込みをやってみたり、色々やってみようと思います。

それでは、また。
[PR]

by s-kuzumi | 2009-08-14 22:42 | 日々之雑記


<< なんてことない日々之雑記vol...      なんてことない日々之雑記vol... >>