2009年 08月 28日

フリーサウンドノベルレビュー 『Normalize Human Communication』

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今日の副題 「2009年のナンバーワンかも」

※大吟醸
ジャンル:病の少女とアマチュアカメラマンの感動作品(?)
プレイ時間:2時間
その他:選択肢なし(一箇所だけあるっちゃあるけど、実質的に意味はない)、一本道。前後編に別れている。
システム:Flash

制作年:2009/8(?)/?
容量(圧縮時):Flash作品の為、容量は記載せず。




道玄斎です、こんばんは。
ここのところ、ホラーばかりプレイしていたのですが、実は窃かに気になっていた作品がありました。ただ、それは一般的なノベルゲームではなく、Flashで制作された作品。
それ故、フリーのノベルゲーム業界(?)では、まだそんなに話題になっていないのだと思いますが、これは是非プレイして欲しい作品です。
というわけで、今回は「むきりょくかん」さんの『Normalize Human Communication』、略して『のまひゅ』です。
良かった点

・号泣必死の感動作品。恐らく2009年の最高傑作ではないかと。良かった点はこれで十分です。


気になった点

・やはりFlashだと操作がしづらく、又、途中でプレイを中断もしづらい。

・やや、語りすぎな部分が無きにしも非ずだったのかも。個人的な意見ですけれども。

ストーリーは、サイトの方から引用しておきましょう。
2009年7月~8月に公開のVisual Flash Novelです。
死ぬかもしれない女の子の遺影を撮るだけの、地味な物語。

略称は、『のまひゅ』。舞台は、新横浜。

読了には2時間程度かかります。

こんなストーリーです。

久々に何の迷いもなく大吟醸を選択する事が出来ました。
滅茶苦茶泣きました。ただ……もしかすると、作者様の意図としては本作をプレイして、「泣いて欲しくない」んじゃないか、とも考えてしまいます。けれども、やっぱり泣いてしまいます。

死んでしまうかもしれない女の子、鈴乃と、アマチュアカメラマンをやっている大学生慎平、そして彼の思い人の初佳(もとか)。主要人物はこれくらい。あと、鈴乃の父で、慎平のバイト先の店長も。

ストーリーにあるように、鈴乃の「遺影」を撮り続けるアマチュアカメラマンのお話になっています。
ちなみに舞台は新横浜。昔、私も住んでいましたし、青春時代を過ごした土地でもあります。プレイしていて「をを、ここは!」と思ってしまうような事も何度もありましたよ。
篠原町とか、地元民しか分からない地名が出てきたりもします。ちなみに、作中で登場する篠原町は、私も昔散歩コースにしていた場所でした。
あの場所そのものかどうか分かりませんが、私もあの辺り、よく散歩していました。舞台の一つである新横浜の労災病院も、お馴染みの病院です。中学だかの時、友達がそこに入院してましたしね。

で、実はちょぴっとアレに似てるんですけれども(後書き的な部分をサイトの方で見ても、やっぱり影響がありそうだ)、どうにも日本人は(というか私は?)こういう作品に弱いですね……。作者様の意図は兎も角、全力で泣いてしまいました。
そういえば、作者様は『ごがつのそら。』或いは『ほしのの。』をお作りになっている「むきりょくかん」さんです。どうやらFlashがお得意なようで、最初にFlash、その後NScripterに移植されたのが『ごがつのそら。』だったように記憶しています。『ほしのの。』の方もここでレビューしているのですが、そちらはまだ移植されず、Flashのまま公開されています。

ノベルゲームというのは、そのツールの違いは兎も角、ある種、商業のそれに何かしらの影響を受けているものだと私は思っています。イラストが表示され、音楽や効果音が鳴り、画面下部、若しくは画面を覆うようにテキストが表示される。そんなフォーマットそれ自体は兎も角としても、ノベルゲーム作品は、商業の影響は存在しています。
一番分かりやすいのはハイスクール恋愛アドベンチャー系のゲームでしょう。主人公がおり、ヒロインが一人、乃至複数居て、降りかかる試練を乗り越え恋愛も成就する、というタイプの作品です。
勿論、商業のそれを「真似している」とか、そういう事を云いたいのではありません。けれども何か、商業の作品が前提にあって「アレを越えるものを創りたい」、そう思う事も一種の影響ですよね。
或いは「商業では出来ない事を、同人(フリー)のものでやってみたい」、それも又、広義の影響と見ることが可能でしょう。

本作は、恐らく、商業のそれでは実現出来ない、同人(フリー)だからこそ可能な作品だったのではないでしょうか?
何て云うか、商業のノベルゲームは、或る意味で18禁なシーンが存在していなければ、どうしようもない部分ってのがありますよね。私なんかは、8800円なり払ってもそれが良質のものであれば、えっちぃシーンは要らない、と思っているのですが、恐らくそれは割と少数派な気がします。
そもそも前提として、商業のものは「儲け」を出さないとマズイわけですよね。その為に最低限必要な要素ってのがやっぱりあるのだと思いますし、そうしたものが「可愛い女の子のイラスト」や「えっちぃシーン」だったりするのでしょう。ストーリー自体は或る程度の自由があるにせよ、ね。

でも、同人なりフリーのものであれば、そうした「商業の最低限の要素」すら、踏襲する必要はないわけで、かなり自由度の高い作品作りが可能なハズ。少なくとも原理的には。。
だからこそ、私はフリーの作品が大好きですし、その中でキラリと光る作品を見つけた時は、みんなにその作品を触れ回りたいくらいで、だからこそこんなもんを書いているんですがw

長々と書きましたけれども、フリーのものであっても、NScripterや吉里吉里/KAG、或いは最近随分と使いやすくなったLive Makerとか、はたまた新興勢力のYU-RISとか「ダウンロードして実行する」タイプの作品が圧倒的に多いんですよね。
そんな中、Flashの作品というのは、ちょっと取っつきにくいですし、ベクターなりに「登録」が出来なさそう(ブラウザ上で起動する実行ファイルにすれば出来そう?)なので、知名度が今ひとつになってしまったりするわけですけれど、是非、本作はプレイして欲しいですね。

勿論、Flash故の使いにくさ、は存在しています。
一応、一般的なノベルゲーム的な画面ではあるのですけれども、セーブ/ロードが出来ない(チャプター単位で頭出しは出来る)とか、普通のシステムに慣れていると結構プレイしにくい。
チャプター単位で頭出しは出来ますけれども、そうすると、一旦プレイを中断したい時には、あるチャプターを取り敢えず最後まで読んで、新しいチャプターに移行したタイミングがベスト、という事に。毎日ちまちまっと読み進めていきたいタイプのゲーマーにはこうしたシステムは不向きです。
個人的には、本作、是非移植して公開して欲しいですねぇ……。きっと、話題の一本になる事請け合いです。
某作品に映画化の打診があった、なんて聞きますけれども、本作もそういう水準の作品なんじゃないかな、と思っています。

気が早いですけれども、もし、「映像化」が打診されても、私としては、現行の若しくは「NScripterなりのツール」でプレイ可能な形態を保って欲しいなぁ、と思いますね。
本作は、ノベルゲームだからこそ、いいんですよね。

何か映画化されちゃうと、「売り出し中」の若くてカッコいい、或いは可愛いけれども演技力が未熟な俳優・女優にキャスティングが割り振られちゃって、作品の持つ雰囲気をぶちこわしてしまうんじゃないかと。
それに、Flashという形態であれ、本質はノベルゲームですから、ノベルゲームならではの楽しみ方、というようなものも映像化される事で失われてしまう気がします。
じっくりじっくり読んでいきたい。或いは「次クリックするととっても重要な台詞が出てくる」なんて時に、一息入れたり、それまでを頭の中で反芻したり出来ない。そういう事が可能なのは、フォーマットがノベルゲームだからこそ、なんですよね。

ほら、写実的に書いた絵画、ありますよね?
私、美術とかには全然詳しくないのですけれども、フェルメールでも何でもいいけれども、ある場面を写し取って一枚の絵にしているようなものがあります。
で、その究極は目に見たままを写し取れる写真です。けれども、写真で事実そのままに撮ったものと、それを画家のフィルターを通して、描いたものでは、異なったものになっているハズです。勿論、「正確さ」の点では写真に軍配があがるのかもしれませんが、写真では写し取れないリアリティとか、画家のメッセージみたいなものは、写真では出てきません。無論、或る意味で冷徹に写し取ってくれる写真であるからこそ活きるモノってのもありますけれどもね。本作に出てくる「最後の写真」なんてのは、そうしたものなのかもしれませんね。
まぁ、つまり、作品のシナリオだけ写し取って実写にしても、きっとそれは元々のフォーマットの「作品」を越える事が出来ないって事なんです。

ノベルゲームの、それも同人で創っているものだからこそ、表現出来るもの。そうしたものを改めて意識させるような、そんな作品でした。何となく、私の好きな超個人的「殿堂入り」の作品にはそういう感じのものが多めな気はしています。

或る意味で、結論みたいなものが見えにくかったりするわけですけれども、「何が言いたいのか分からん」というのは、実はちょっと違う気もしますねぇ。勿論、思わずそう云ってしまいたくなるような作品も世の中にはあるっちゃあるんですがw

それはそうと、もし、「何を言いたいのか分からない」というのが、作品のマイナスポイントであるとするならば(繰り返しますが、それがマイナスポイントになっちゃう作品もあったりします……)、『源氏物語』なんてどうすればいいんでしょうかね……?w 
光源氏が死亡して、一応彼の息子って事になっている薫(実は別の男の子)と、光源氏の孫の匂宮が女を取り合って、どっち付かずの女は身投げして尼になって、結局薫は「あの女、別の誰かに囲われちゃったのかなぁ……」なんてぼんやりしてお終いですからw

してみると、明確な結論が出ないものを受け入れる土壌、みたいなものは、日本文学の一つの特徴なのかもしれませんねぇ。「ストレイシープ」とぼそぼそつぶやいて終わっちゃう文学作品もありますしw
何か、そこに漂う余情みたいなもの、それが感じられれば十分なんじゃないかな? なんて最近は思っています。勿論、そこに作者なりのメッセージみたいなものが上手くとけ込んでいれば、それがベストなんだと思いますが。


んで、気になった点の二番目。
ちょっと、個人的な意見で恐縮ですが、「語りすぎ」なんじゃないかな? と。
それは地の文やら、台詞回しやら、或いはアイキャッチ的な部分で出てくる文章やら含めて、です。
こういう雰囲気の作品ですから、もうちょっと「静」の部分が意識されても良かった気がしています。もちっとそぎ落として洗練出来たんじゃないかな、という事ですね。

これを気になった点として挙げるのはどうかな? という気もするので、「気になった点」には入れてなかった気になった点も書いておきましょうか。
立ち絵は、ご覧の通り、作品の雰囲気に合ったもので、とっても良い感じでした。先に述べた事と若干矛盾しそうですけれども、一枚絵が要所要所にあったら、「ノベルゲーム作品」としてもっと良かったんじゃないかな? と思わなくもない。ただ……結構、一枚絵を付けるってのは難しいですよね。
基本、背景写真があるわけで、その背景を含めて一個の作品として成立してしまっているわけですから。上手く一枚絵を融合させる事は難しいのかな? とも。

本作の場合、単純な娯楽作品、って云っちゃうのも違う気がします。
或る意味で、凄くベタな部分もあるし、無慈悲な面もあったり。
だけれども、プレイをした時、或いはエンディングを見た時に感じる「何か」。それはとっても尊いものに思えてなりません。


というわけで、今日はこんな所でしょうか。
何だか、いつもと随分違う感じになっちゃいましたが、たまにはこんなのもいいでしょう。

青田買いじゃないですけれども、2009年の最高傑作だと思います。まだ何ヶ月か残してますけれども……。あまり言葉を尽くして説明したり出来るような作品じゃありません。何か、ジャンルで「感動作品」的に書いてしまいましたけど、感動モノなんて書くと、却って作品の良さが消えてしまう気もします……。
是非プレイして、何かを感じてみて下さい。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-08-28 20:28 | サウンドノベル | Comments(0)


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