2009年 12月 03日

なんてことない日々之雑記vol.254

道玄斎です、こんばんは。
今日もプレイしたい作品が何本もあるのですけれども、ついに「あのマンガ」を全部(続編? というかオマケまで含めて)読了したので、そうした感動を綴ろうかとw



■乙女のバイブルついに読了

というわけで、やっとこさ文庫版で「六巻」、つまり最終巻を入手し読了しました。
あんなに引っ張ったくせに、意外とあっさり終わってしまったような……。

それはさておき、最終巻や続編というか番外編の『ENGAGE』の方は記憶に残っている部分が多かったです。
昔読んでいた時は、まだ少年だったわけで、今改めて読み返すと見ているポイントがやっぱり違ってきますね。


・好みの女の子の変化


これがやっぱり、一番大きい。
昔は、香澄大好き野郎だったんですが、今は断然沙樹です。
紆余曲折を経て最終的に落ち着いた私の女性の好み、それが正に沙樹だったというw 前半部分では、沙樹は服装からして「脇役」全開なんですが、沙樹と司君のストーリーが語られるようになると、妙にヒロイン然としてきます。
駅のホームで、司をぶん殴る時の顔はまさにヒロインのそれ。服装は香澄(や真理子)に比べると、やっぱり野暮ったいんですけれどもね。

香澄は「お嬢さん」的なファッション(しかも髪型も七変化というか、かなりヴァリエーションがあります)で、真理子はどちらかと云うと昔流行った「ピンクハウス」系というか、夢見る少女系、で沙樹は「少年系」というか、どうでもいい系というかw 意図的にか「女」の要素を排除したような、そういう感じ。

だから、読んでいて「もうちょっと沙樹にも良い服を着せてやってくれ!!」と虚空に向かって懇願する、という怪しげな行動を取ってしまいましたw 


それはさておき、結構昔のマンガなので、日本語の変化みたいなものすら感じられてしまうのが、面白い所でもあります。香澄の言葉遣いなんて、2009年の今から見ると「どこのお嬢様ですか?」って云いたくなるくらいに、丁寧で上品な言葉を使っていたりします(って言い過ぎでしょうか?)。
まぁ、言葉ってのは変化するもので、何時までも懐古趣味みたいなものを引きずっている訳にはいかないのですが、それでも、精一杯「自分の慣れ親しんだ日本語」に拘って、若者に抵抗するのが、私を含めた旧世代の人間の務めでせうw そうやって或る意味で言葉は磨かれて選り抜かれていかないと、風化しちゃいますからね。



■薬指

大学生になったら、香澄ちゃんは左手の薬指に指輪をはめちゃったりするわけですが(ってまだ、『星の瞳~』の話が続いています)、最近、ネットだか雑誌だかで、薬指に指輪をはめるとツボを刺激して、健康に良い、なんて趣旨の記事を見ました。

健康に関しては誰よりも不安のある私ですから、「そういう事もあるのやもしれぬ……」と考え、ここ二週間くらい? 右手の薬指に指輪をはめていたりします。
どの指に指輪をはめるか、によって色々意味などがあるようですけれども、いづれにせよ結婚をする積もりはありませんし(というか出来ない)、恋人を作ろうなんて気もありませんので(というか出来ない)、そういう俗信的なものは私にとってはどうでも良い事です。

で、そういう暗示が働いているのかどうか分かりませんが、何となく睡眠が深くなったような気が……w
単純さここに極まれりって感じではあるのですが、逆に暗示でちょっとでも具合が良い(ように感じられれば)それはそれで良かろうってんで、暫くは指輪をはめておく積もり。

けど、意外と邪魔なのも事実なんですよw 
つり革を握るときとか、カツンと指輪が当たったりして、握り心地が悪かったり、貴金属ですから「傷つけないようにしなきゃ!」とか考えてしまったり……。

まぁ、多分、飽きたらまたしれっと指輪を仕舞い込んでしまうんでしょう。



■本繋がりで、もう一本

世の中にゃぁ、少女マンガ以外にも、滅茶苦茶面白い本ってのがたまにあって、名著という括りの他にも「奇書」と呼ばれるようなものもあります。『金瓶梅』とかもそうですよね。

けれども、日本のもので古典じゃなく、入手しやすい本の中にもそうした「奇書」と呼ぶのに相応しい、滅茶苦茶面白い本があったりします。
私が挙げるとすれば『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』でしょう。

奇書っていうと、バカにしているような感じかもしれませんが、そんな事は全然なくて、というか、書いている人が諸橋轍次という超大学者なのです。
この本の内容を一言で云うならば、「孔子と老子とお釈迦様が、ノベルゲーム的に会話していく本」という事になります。

いや、実際そうなんですよ。
飽くまで、三人の人物(と世話人)の会話で本が成り立っていて、地の文的な部分は、世話人の発言が担っている、という感じ。一部、抜粋引用してみましょう。
孔夫子 でも、それでは五老にはなりませんね。

釈尊 それならば、五老峰の山自身を加えたらどうかな。この山は盤古のむかしから
    ある老年の山でもあるし。

太上老君 名案だ名案だ。それで五老は完全にそろった。

なんて具合に、東洋の思想を担う三人の聖人が掛け合いをしつつ、持論を語る、みたいな、そういう本なんですよね。読み口も、まさにノベルゲームのそれですから、すんなりさっくり読む事が可能。
作者の専門関係の問題で、お釈迦様の発言はちょっと控えめですけれどもw 講談社の学術文庫というシリーズの中に入っていて、入手もしやすいと思いますし、古本屋さんとかアマゾンとかを探しても。

ホント、これ面白い本なので、是非是非興味のおありの方は読んでみて下さいませ。



そんな訳で、今日はこのへんで。

それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-12-03 21:37 | 日々之雑記 | Comments(0)


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