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2011年 11月 03日

フリーサウンドノベル関係の雑記 箸休めvol.49.5

道玄斎です、こんばんは。

今プレイしている作品もそろそろ終盤、といった所なので、その前に前回の箸休めにて頂いたコメントに対するレスを本記事にて代えさせて頂きたく思います。
で、一応、自分の立場表明とか、そこらへんまで踏み込もうかな? っと。



■前回のつづき

というわけで、前回の続きです。
箸休め、はまだ50回未満しか記事を書いていないのですけれども(0.5みたいな端数は除く)、割とシリアスに書いていたり、問題提起? みたいな事をしているせいか、割とコメントを沢山頂きます。

今回も、それを承けての記事ですね。
まぁ、大体、レスが多すぎて個別にレスを付けられない時は、こうやって0.5みたいな形で記事を書くことに……。確か、この前のoggとmp3の時もそうでしたね。
まぁ、「白か黒か」みたいな議論になっては不毛ですし、その淡い……つまりグレーな感じで、緩い感じでお話していきましょうよ。


まず、私の基本的な立場は、以下の通りです。


・商業化に関しては、反対ではない。寧ろ名作が世に出る事は良い事だと思っている。

・よって、今回の件に関しても「商業主義になりおって!」みたいな事は一切考えていない。

・但し、商業化に当たっては、それを支えてきた人達が納得出来るようなあり方が望ましいと考えている。

・ちなみに、私はフリーゲーム至上主義者では無い。商業もプレイするもんね。


大体こんなところかな。


で、前回記事を書いて色々とコメントを頂いたのですが、意外な程、そのリメイク、そしてイラストが変更される事に抵抗感を持っている人が居なかった……というか、それもアリだと思っている人が多かった、というのは、ちょっと驚きでした。

一方で全面的に同意してくれた方もいましたけれどもねw
何だろうね、色んな観点があって、ごちゃごちゃしちゃって分かりにくいので、議論の焦点をまとめながら、書いていきましょう。



■フリーゲームと商業作品との差異

先ず、挙げるべきはこの項目かな? という気はします。
実際に、作品の名前を挙げて、この観点からコメントを下さった方もいますし、飽くまで同人(フリー)と商業との違い、に焦点を当てつつコメントを下さった方もいます。

脱線するかもしれませんが、個人的には、大きく「ノベルゲーム」と云った場合に三区分を取るようにしています。
乃ち、「商業」「同人」「フリー」の三種です。

商業に関しては特に云うべきことはないでしょう。例の8,800円くらい出して買ってくるアレです。最近ではダウンロード販売なんてのもありますけれどもね。

分け方が難しいのが「同人」と「フリー」の作品。
ある分野に関心のある人(達)が、自身の手で作品を生み出す行為を同人とするならば、フリーも亦同人に含まれます。

けど、ここらへんが結構厄介な所で、一般的に「同人ゲーム」って云えば、それは頒布される事を前提にした「シェアゲーム」ってイメージありませんか? 少なくとも私はそういうイメージがありますねぇ……。

ですので、私は「同人」と「フリー」を分けて考えています。
勿論、条件付きのフリー、なんてのもありますよね。「気に入ってくれたらお金払ってね」タイプです。カンパウェアっていうのが一般的かな。

なんでこんな区分けしているのか、っていうと、後々関連する話に移行する予定なので……。


一旦話を戻しましょう。
商業とフリーのものでは、土俵が違う。これは全くその通りです。
フリーのものは、採算度外視で作られています(だってフリーなんだもん。けど、だからこそちゃんと完成させる人、名作を作る人を尊敬出来るのです)。ですが、商業では売れないといけませんね。もっといえば、「お金」にならないといけないわけです。

頂いたレスで名前の挙がっていた作品は、プロが制作したフリーのゲームです。
これはやはり、フリーの作品と単純比較する事は難しいでしょう。プロとして活躍している事で、謂わば「固定客」が付いているわけですし、「プロが作るフリーゲーム」という響きのインパクトはやはり無視出来ないはずです。
これは個人的な感触なので、サラッと流してくれると嬉しいのですが、あれは、元々商業作品化を或る程度視野に入れた作品……だったんじゃないかと思います。

ともあれ、商業では、目的、そしてターゲットが違う、というのは理解出来ます。
又、先に述べておきましたように、商業化する事に関しては、私は全く異論はありません。

少なくとも、フリーの作品を商業化するに当たって、或る程度のチェンジは必要でしょう。その点も同意出来ます。
素材だった音楽や背景などを一新し、統一感を一層高める。よりプレイヤーに優しいインターフェイスにする。移植(?)されるフォーマットに合わせて最適化する……など、挙げればキリがないような気がしてますけれども、やっぱり、フリーのものをそのまま商用作品には出来ませんよね。
そこには、クオリティのコントロールが必要になってきます。

ですので、フリーのものと商業のものは別物である、という点に対しては「然り」としか云えませんな。

けど……先に挙げた商業とフリーの淡い……つまり同人ソフトの場合はどうでしょう?



■イラストの刷新に関して

前章にて、「商業とフリーは別物である」という点に対しては同意しました。
けど、敢えて持ち出すんですけれども、同人の場合はどうか? って云われると、結構難しいと思いません?

今回、『TRUE REMEMBRANCE』は商業移植に際して、イラストの一新が行われました。
けど、同人の作品って商用になっても……イラストは元々イラストを描いていた人、が担当してません? 或いは原作の同人ゲームのイラストの方向性を最大限に活かす、という方法を採っているような。

試しに、今、ちょっと前に話題になった同人ゲーム『ひまわり』について調べてみました。
「同人ゲーム」としての『ひまわり』のイラストと、「商業作品」としての『ひまわり』のイラストを比較してみたんですが、正直、イラストを描き直したのか、或いは他の人が原作のイラストを限りなく真似しながら描いたのか、私には分かりませんでした。
イラストを描くことが出来る人なら……或いは分かるかもしれませんね。

これが勿論全てのケースに当てはまる、というわけではないですけれども、少なくとも同人作品の商業化に於いて、「イラストはオリジナルの人の担当か、或いはオリジナルのイラストに限りなく近いケース」がある、という事は云えそうです。

同人ゲームを持ち出す事で、微妙に論点をすり替えているように見えるかもしれませんが、やっぱり、商業とフリーの淡いにある同人、を利用しながら、話を進めていく事は有効に思えるのですよ(私は同人方面、詳しくないんですけれどね……)。

何故ならば、商業では目的とターゲットが違う、という意見がありましたが、少なくとも同人は「そこで一山当てる」という意味に於いて(そうじゃなくて、完全趣味の人もいる、という事も付言しておく必要はあるでしょう)、商業に近い「目的」を持っている、と云えそうだからです。一方で作りたいものを作る、というフリーの作品の精神と相通じる所もありましょう。

ともあれ、そうした目的を持つ同人ゲームで、オリジナルのイラスト(か、それに限りなく類似したイラスト)を付ける行為が商業化に際しても為されている以上、「オリジナルのイラストではダメ」という事は云えなくなります。

目的が商業寄りであるのだから、イラストはそのままでいい、というのは、やはり違いますよね。
向いている方向性が違っても、イラストが美しく、作品世界を表現しているのならばイラストはそのまま、か或いはそれをブラッシュアップしたり、原作に限りなく近いイラストにする、という方向性も考えられます。

ここら辺で、私は微妙に持論を後退させています。
つまり、100%里見しばさんのイラストでなくても、その里見しばさんの遺伝子を受け継ぐ……と云った「限りなく里見しばさんのイラストに近い雰囲気のイラスト」なら許容出来る、としたわけです。
けど、やっぱり、個人的な我が儘で云えば、それでも里見しばさんのイラストが一番だと思うんですけれどもね! だって、里見しばさんのイラスト、十分美しいでしょ? そしてそこには、里見しばさん自身の手による立ち絵の一新だったり、一枚絵の一新という可能性もあったと思うのです。

それに……商業作品になるのだから、売る、という目的の為にイラストの刷新があっても良い、という事は、取りも直さず、それは里見しばさんの描いているイラストにダメだしをしている、と同義ですよね。もっと云えば、里見しばさんの絵は「売れない」と云っているような……。極論だけどもね。



■イラストが変わる事で生じる効果

これももう一つの論点ですね。
イラストの刷新とも関わる問題、ですけれども、やはり一度切り離した文脈で考えた方がいいでしょう。

私は、「里見しばさんの描いたイラストこそが、『TRUE REMEMBRANCE』という作品を最大限引き立てる」というような事を書きました。

それに対して、オリジナルだからこそ、作品の魅力が最大限になるとは限らない、といったご意見や、新たなイラストと出会う事で生まれる新しい作品世界の可能性、といったご意見も頂きました。

前者に対しては、「では、他の人がイラストを手がける事で作品の魅力が最大限になるのか?」という疑問を投げかける事が出来ます。
これは、誰にも答えられない問題です。作者さん自身のイラストが、作品世界を十全に表現出来ていない可能性があるとするならば、他者によるイラストも亦作品世界を十全に表現出来るかどうか、分からないのですから。

こればっかりは、商業版になった『TRUE REMEMBRANCE』がどれだけ一般の人(私達みたいなノベルゲーマーじゃなくて、ね)に受け入れられるかどうか、という結果を見てみないと分かりませんね。
確かに、新たなイラストと出会う事で、今までに無かった『TRUE REMEMBRANCE』の世界が出てくるかもしれません。
その点で、又しても付け加えておくべきことは、今回の商業化を私は「上手くいって欲しい」と思っている、という事で、決して「ポシャって欲しい」とは思ってない、という事です。

ただ、誰が描いても、作品世界を最大限引き出す事が出来るか分からない以上、その作品も世界で最も良く知っている作者さん(今回の場合ですと里見しばさん)にある種のアドバンテージがある事は否めないでしょう。
しかも、『TRUE REMEMBRANCE』の場合は、既にしてイラストそのものも暖かみのある美しいものでしたから、余計にそう思うのですよ。

この問題は、まだまだ語る事が出来そうですが、そうすると論点がずれてしまうので、次の章にて。



■作品を支えてきた基盤

『TRUE REMEMBRANCE』は云うまでもなく、フリーのノベルゲーム作品でした。
私がプレイした時、『TRUE REMEMBRANCE』はまだコミックメーカーで動いていましたが、それでもノベルゲームを愛する界隈では、いつも話題に上る作品だったのです。

『僕と君の夏休み』というVIP系のゲームが、10万ダウンロードを達成した、という話をもうかなり前に聞きました。もしかすると今では20万、或いは30万ダウンロードを達成しているのかもしれません。

けれども、当時の『TRUE REMEMBRANCE』を知るものにとっては、『僕と君の夏休み』よりも「熱い」盛り上がりがあったと記憶しているのです(勿論、『僕と君の夏休み』がたいしたことない、とかそういう事を云いたいわけじゃありません。単純比較の為です。念のため)。

プレイした人は感動して、その思いを文章で綴る。
そしてそれを見た別の誰かがダウンロードをしプレイする。
更にその人が、やはり感想なりを綴り、それを見た人が……。

という、非常に良い形での循環があったんですよね。
こうした循環の中では、勿論、ネガティブな面もありました。
それは、『BITTESWEET FOOLS』という商業作品に似ている、という指摘があった、という点です。逆に云えば、そうした指摘が為されるほど、『TRUE REMEMBRANCE』が人々に浸透していた、という事でもありますし、それが商業の作品に迫っていたと逆説的に証明する事になっています。

実際、私も『BITTESWEET FOOLS』を購入してプレイしてみました。
そりゃ、『TRUE REMEMBRANCE』に似ている、とあればプレイしてみたくなるのが人の常。

でもね。
プレイしてみて思ったのは、「ストーリーは全くの別物、但し、絵柄や絵の雰囲気は似ている」というものでした。ヨーロッパ風の街並み……みたいな感じも少し似てたかな?
けど、少なくともそこに因果関係がある、とは思えませんでした。

でも……イラストの感じや雰囲気が似ていたのは事実。
となれば、全然里見しばさんのイラストでも商業として通じるもの、になっているんじゃ? という素朴な疑問も出てきます。少なくとも相当数の人が「似ている」と云っているのですから。
そこでは、ストーリー的にパクリだというネガティブな意見ではなく(前述の通り、私はストーリーなんかは似ているとは全く思っていません)、ポジティブな意味での「似ている」を優先させて考えたい所。


で、話を戻すと、『TRUE REMEMBRANCE』の一つの弱点はそれが「コミックメーカー」製だった事です。
そこが残念、という意見は当時から多くありましたよね。
そうした意見を承けて(か、どうかは分かりませんがw)……豪華なOPや追加シナリオ、追加一枚絵が付いた吉里吉里/KAG版の『TRUE REMEMBRANCE』が制作され、公開されました。

使いやすく、遊びやすくなったインターフェイス。
コミックメーカー時代からの作品としての良さを残しつつも、追加されたシナリオや一枚絵は大変美麗なものでした。
多くの『TRUE REMEMBRANCE』ファンは、このリメイク版もプレイしたハズです。

こんな風に、ノベルゲームを愛する人達が居て、その人達が支持したからこそ『TRUE REMEMBRANCE』という作品が、ここまで有名になり、リメイクを通して、より多くの人に愛される作品になった、と思うのです。

わたしゃ、フリーゲーム至上主義者じゃないですけれども、フリーゲームをこよなく愛する人達、という人的な土壌の上で熟成されて不動の地位を築いたのが『TRUE REMEMBRANCE』である、という感触は常に感じています。まぁ、私個人の感触かもしれませんがw

ともあれ、こういうコンテクストを少し知っている私からすれば、『TRUE REMEMBRANCE』の商業化は兎も角(というか、それ自体は賛成)、イラストが他の人によって刷新される、という事態は、それを支えてきた人達にとって、心情的にあまり面白いものではないだろうなぁ、と思われる、という事。というか、私個人があまり面白くないんですがw

何かね、こういう事書くと、「俺が支えた!」みたいな感じに聞こえちゃうかもしれないけれども、勿論、そうじゃありませんよ? 多くの人が『TRUE REMEMBRANCE』を愛している現場を見てきた、そして自分も亦その中で作品を楽しんで、愛してきた、くらいの意味です。

ここら辺になってしまうと、感情論に近くなってしまうのですけどね。
兎にも角にも、里見しばさんの文章・イラストであるから、支えられた来たのが『TRUE REMEMBRANCE』です。そこらへんのコンテクストを無視して、中身だけ取ってきて、ガワだけ変えちゃう、みたいのはどうもねぇ……。
例えば……元々『TRUE REMEMBRANCE』をプレイして作品を愛していた絵師さんが居て、更にその人がプロであって、商業化するなら俺にやらせてくれ! っていうんだったら、私は許容出来ていたかもしれません。

これは邪推なんですけれども、「名作だから、商業化しよう!」という感じではなくて「人気作品と人気の絵師を使って、一山当てよう!」的な雰囲気を感じるんですよw 今回の商業化はw や、勿論商業化には反対しているわけじゃなくてね。一応念のため、再度書いておきますw
教えて頂いたURLで紹介動画を見た時も「有名作品」である事、そして「有名な絵師」である事は強調されていたわけで、その「有名作品である」「有名な絵師である」という事を露骨に利用しているような……って段々穿った見方にw

兎に角、ある作品を支えてきた土壌や基盤。
その文脈を無視した商業化には、やはり私は違和感を覚えるのでした。何て云うかね、もうちょっとそれまで作品を支えてきた人、そしてこれからプレイする人のどちらにとっても、或る程度納得出来る形であって欲しかったなぁ、という感じでしょうか。

あと、多分、商業版の『TRUE REMEMBRANCE』をプレイした人がフリーのノベルゲームに興味を持つか、
って云ったら、かなり怪しいと思いますw
ご指摘のあった通り、フリーと商業では目的・ターゲットが違うのですから、フリーゲームをプレイするような人達をターゲットにしているわけじゃないですよね? なので、フリーゲームの方に目を向けてくれるようになるか……って云ったら相当怪しいんじゃないかな、っと。



■一番恐い事

一番恐い事は、『TRUE REMEMBRANCE』の商業化を承けて、フリー版の『TRUE REMEMBRANCE』の公開が停止してしまう事です。

こればっかりはどうなるか分かりませんね。
けど、一番恐い事ですね。

男女関係なく勧められて、且つ内容もバッチリな作品が、一つ減ってしまうわけですから、もし、そうなった場合、私は結構ダメージを受けますw

もしかしたら……そういう可能性もある、と考えて、今の内にダウンロードしておいた方が……いいのかも、しれませんね。




うーん、一気に大量に書いたら疲れちゃったよ。
なんか自分が書いた中に矛盾とかありそうな気もするし。

なんだろ、一つ申し添えておきたいのは、コメントに対する「レス」であって、「反論」じゃない、という事ですね。結果として意見が対立する事はあるでしょうし、そこでどちらかがどちらかに無理して意見を合わせる必要はないじゃないですか。

頂いたコメントを承けての私のどうしようもないレス、くらいに考えて下されば幸い。


というわけで、近々また一本作品レビュー致しますので、その折りはどうぞよろしう。



それでは、また。
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by s-kuzumi | 2011-11-03 20:50 | サウンドノベル | Comments(5)
Commented by 通りすがらなかった人 at 2011-11-04 00:16 x
丁寧な返信ありがとうございます+お疲れさまでした。と、それだけ言いたくて。
元々今回の商業移植についてはほぼ同意見で言う事ないし、また主さんが面倒になりそうなレスはしませんw
というか論点の整理を投げっぱなしで申し訳なく。私が突っ込んだのはまさに「まだまだ語る事が出来そうですが、そうすると論点がずれてしまう」点で、字数制限の壁もあり、読み手視点と作り手視点、今回の「TRUE REMEMBRANCE」移植による絵変更と創作全体の普遍的な話を論点の切り分けが足りないまま横断したので、混乱を招く面もあったかと反省。
なにはともあれお疲れさまでした。これまた偉そうな言い方ですみませんが、有意義な記事だと思います。
Commented by shio120 at 2011-11-04 01:24
通りすがらなかった人さんに続き、私からも丁寧な返信ありがとうございますと言わせてください。
私は色んな意見が聞けること自体が大切と考えておりますので、道玄斎様含め前回コメントされていた方々の意見で納得できる部分も多々ありました。
こう、自分たちの考えを言い合えるってのは素晴らしいことだなぁと。(皆さんこの世界? が好きだからこそですしね)
私も有意義な記事だと感じました。
Commented by 通りすがっちゃう人 at 2011-11-04 10:45 x
前回と今回のお話し、読み応えがありました。
書かれている内容は概ね同意ですが若干、考えが違います。

というのは「TRUE REMEMBRANCE」という作品が一昔前のものである以上、今風のデザインに置き換える必要性があると思うのです。

これはフリーか商業かは関係なく、今出すのだから今の世代に合わせた視点にならざる負えないというジレンマを古い作品ならどれもが持つからです。

例えば、漫画などでも長期連載しているものは初期の絵と現在の絵では違いが見られます。
これは漫画家が描き慣れるということもありますが、それ以外にも客層や物語に合わせて作風を変えている場合などあります。
それと同じ事だと思うのですね。

商業化する上での販売側からの条件を付けられたという理由などもあるかもしれないですが、元絵師でも制作から幾年も経過していることから当時の雰囲気を保った絵が描けるのかという思いとか時間が取れず参加できないなどの理由もあるかもしれない。

そういう裏を読むと、サンプル絵を見ないことには……という感じですね。
作品をリメイクするという事は古くなればなるほど難しく割の合わない事なのだなーと、思いました。
Commented by 今更通りすがった人 at 2011-11-07 06:48 x
面白い話題だなと思って通りすがりました。
この話題、まずは作者本人の意見を聞きたいというのが一番ですね。
例えば、本人自身が一新してもらおうと考えたのであれば全然いいことだと思います。
そう作者が判断したのであればそれが作者の考えなのですから。

商業化における一番の軸は作者がどのように考えているかだと思います。

商業化における作者のメリットと言うのはいくつかあると思います。
1.自分の作った作品がより多くの人に見てもらえる
2.自分の評価が変わる(より良くなることもあれば下がることもあるでしょうが)
3.金銭的にげふん。
etc.

このメリットに関して作者がどう考えているのかだと思います。
絵が変わることを納得していないのに商業化するのならそれは苦言を呈したくなりますが。
今後、製品情報や作者の言葉が出てきた後にまた議論できたら面白いでしょうね。
Commented by s-kuzumi at 2011-11-08 00:58
>>色んな形で通りすがっちゃった人

なんか又レスが付いちゃったので、少しだけ。

イラストのアップデートに関しては同意見で、その旨記事に記載してあったかと。作者さん自身によるアップデートが一番、私としては望ましいのですが、限りなく元のイラストの雰囲気を出してくれる人の手によるアップデートや、あの作品を愛してくれている人の手によるイラストだったら許容出来るなぁ、と。


作者さん自身がどう考えているのか?
これは、恐らく公式に発表される事のないハズなので、どう考えているのか? は一切不明というしかありませんねw けど、そこで思考停止しないで、プレイヤーの側から、という形で二つの記事を綴ってみました。

作者さんの言葉……もしかしたら製品に付いてる……かな? ただハード持ってないので、どなたか購入する方がいたら、是非教えてやって下さいw


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