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2014年 01月 08日

フリーサウンドノベル関係の雑記 箸休めvol.62

道玄斎です、こんばんは。
今日は、久しぶりの箸休め。気楽に読み流してやって下さいまし。



■バトル描写を巡る問題

サウンドノベル/ノベルゲームに於いて、「戦闘シーン」が描かれる作品ってありますよね。
全部が全部とは云いませんけど、伝奇モノなんかに多いイメージ。セーラー服を着た黒髪のロングヘアーの女の子(可愛い系ではなく、綺麗系の女の子)が、日本刀を持ってチャンチャンバラバラやる、なんてのは、一本や二本、思い当たる作品があるんじゃないでしょうか? まぁ、サウンドノベル/ノベルゲームに限りませんけれどもね。漫画なんかだと、鬼咒嵐さんとか……。

そういう、刀とかを遣うバトルでなくても、肉体をぶつけ合う格闘、或いは、銃なんかを使用したバトル、色々なバトルが想定出来ます。こうしたバトルシーンを持った作品って、結構熱いものが多くって、私は結構好きだったりします。

でも、そうした「バトルシーン」を描写するのって意外と難しくないですか? 実体験を作品に活かす、というのが、説得力のある描写や作品の一つの要件だと思われるのですが、実際に刀で斬り合った人なんて、皆無ですし、それなりに普通に生きていれば、ケンカくらいはあるかもしれないけど、激しい戦闘に巻き込まれる事も無いと云って差し支えないと思います。

例外は、何か格闘技をやっている(やっていた)人の場合ですね。
日々の練習や試合で培った、経験を活かしてバトルシーンを書いていったりすると、やっぱり、そこには説得力が生じるのではないでしょうか。私も、色々サウンドノベル/ノベルゲームをプレイしている方ですけれども、バトルシーンを読んで、たまに、「あっ、これは、何かの経験者だな」と気付く事があります。それは、描写される「技」だったりが、実在していたり、「実際にその技を使った事のある人しか分からないであろう実感」、みたいなものも併せて書いてあったりする場合です。
まぁ、勿論、書籍なんかで知識を得て、それを巧みに使用した、という可能性も否定出来ませんけどもね。


前置きが長くなりましたが、「説得力のあるバトルシーンを描く」というのは、バトルを内包した作品に於いて、それなりの重要度があるんじゃないかと考えるわけです。

私の知り合いのゲーム作者さんも、バトルシーンを描くに当たって、結構悩んだようです。
で、私に、「バトルの描写をしたいんだけど、上手い方法ないかな?」と、聞いてきたわけです。私は、その時、割といい加減に、「んー、本屋さんで格闘技とか、お目当ての武術の本とかを探してみて、技とかを取り入れてみたら?」と、答えてしまったのです。

で、その後、色々考えてみたのですが、「バトルシーンの描き方」って云っても、大きく二つに大別されるんじゃないかな? と思い至ったのでした。
一つは、「技や技術の描写」です。つまり、どういう構え方があるのか、とか、或る技を使うと、どう体が動くか、とか、或る打撃を食らった際、人がどう倒れるか、とか、そういった部分の描写の仕方。
もう一つは、「それを、どのような文体で描写するか」という、「描写テクニック」とでも云うべき、描き方の問題です。

もしかしたら、私が聞かれたのは、後者の方だったのかもしれません。
私が、バトルシーンに定評のある作品を何作も作っているならともかく、そうでないわけですから、その可能性は低いんですが、もしかしたら、「今までプレイした作品の中で、ハッとするような描写があったら教えてくれ」という意味だったのかな、なんて考えると、ちょっと悪い事をしたなぁ、と思ったり。



■「意識の流れ」を取り入れてみる

で、もし、後者だった場合を考えて、「どういうアドバイスが出来るのか?」を考えてみた結果、行き着いたのが「意識の流れ」です。

これはジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』という作品で取り入れられた技法で、非常に有名なものなのですが、海外作品だけでなく、例えば、川端康成も取り入れた事のある技法です(『ユリシーズ』に影響されたんですね)。
川端康成には、例の『伊豆の踊子』だけではなく、『水晶幻想』なんて作品があるんですよね。で、その『水晶幻想』が、意識の流れを取り入れた作品となっています(川端の他の作品にも、意識の流れを取り入れたものがあるんですが、便宜上省略します)。

で、まぁ、意識の流れってのは、どんなもんじゃい、っていうと、一言で説明するのは難しいんですが、「登場人物の意識の流れを、連想ゲームのように叙述していく方法」って云えば、伝わるかな……。
試しに、ちょいと、『水晶幻想』を引用してみましょう。

廃墟。栄華と逸楽の町、ポンペイ。ポンペイの廃墟には、スペキュラムも埋もれていた。死の町。埋れた私の日々、埋れた日々の廃墟である私。この人と結婚してほんとうによかったと思ったことが、私に一日でもあったかしら。ほんとうに、私はこうしてお嬢さんと向い合って坐っていて、私は私の内に坐っている。二人いながらひとりぼっち。夫の腕のなかにいる、あの時の孤独。孤独なありさまの獣類の感情はどんなものかしら。乳児の孤独。子供の見るもんじゃありません。(川端康成、『水晶幻想|禽獣』、講談社文芸文庫、1992年から、114ページ目の一部を引用)


と、こんな感じ。
適切に分かりやすい所を引用出来てるかどうか、定かではないんだけど、何となくイメージは掴めるんじゃないかと。登場人物の頭の中、その時の思考を、思考の脱線をも含めて、進行していくような様子を書き留め、そのまま叙述する。厳密な定義はともあれ、大凡、こんな感じの文章です。

これが、どうして、バトルシーンに良さそうか、っていうと、上記の文章を見て貰えれば分かるように、「意識の流れ」を描こうとすると、一つ一つの文章が、短くなります。下手をすれば単語の連続になったりもするわけです。
バトルシーンの描写は、迫力とか、そういう部分も大事だと思うのですが、「スピード感」も重要要素です。手に汗握るはずのバトルを、だらりと描写されたら、きっと締まりがないものになってしまいます。
なので、戦いながら、主人公なりの「意識の流れ」を、上手く描写する事が出来れば、バトルのスピード感が出せるんじゃないかと思うのです。

ただ、「意識の流れ」をそのまま使ったんじゃ、余計なノイズも入り込むかもしれません。
私達も、普段、何気なく物を考えたりする時、ふと、何となくその思考のスキマに「かまぼこ」の事を考えたり、「数年前無くした小銭」の事を考えたりすると思いますw 

バトルの描写で、「かまぼこ」が入り込んじゃどうしようもないですよねw
なので、飽くまで「戦闘に関する意識の流れ」と、限定して使ってみるのが、基本になるのではないでしょうか。



■けど、たまに目にするよ?

……と、つらつら「意識の流れ」を、バトルシーンに使ってみる事について書いてみたんですが、もしかしたら、「似たようなの、見たことあるぜ?」という人もいるかもしれません。実際、私もサウンドノベル/ノベルゲームで見た事があります。

「斬られた!? 温かい。血。右足。濡れている。後ろ。後ろに下がらなきゃ。足、動かない。」

みたいなw
ちょっと、あんまりな文章ですけどもねw
これを、そのまま「意識の流れ」と云っていいのか、はともかくとして、ちょっとしたアイデアの一つにはなる、かも、しれません……。

あんまりこれをバシバシ使うと、それはそれで間延びしちゃいますし、だらけちゃいますから、「ここぞ」って時に、ちょこっと拝借してみる、みたいな感じで使ってみると面白いかもしれません。
私達にとって大事なのは、「意識の流れ」に対する理解ではなくて、その効果的だと思われる部分を、こそっと(いや、こそっとしなくてもいいんだけどさ)掠め取ってしまうという所なので、盲信せず、使えそうだと思ったら、お試し下さいませ。



という辺りで、今日はおしまいです。
たまには、こういう記事もね、あった方が、個人的に楽しいです。



それでは、また。
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by s-kuzumi | 2014-01-08 20:29 | サウンドノベル | Comments(0)


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