久住女中本舗

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2007年 11月 01日

『我身にたどる姫君』 作者不明

道玄斎です、こんばんは。

先ほど、読了致しました。
日本最古の百合(レズ)描写を扱ったとされる『我身にたどる姫君』という作品を……。

多分、読んだことがある人は少ないんじゃないでしょうか。
『源氏物語』を超メジャーだとすると、本作は超マイナーですよねw


結構長い作品(全八巻)でしたので、読了後の気分は最高です。
こういった古典文学と日常的に関わりも無く、又素人である私があれこれと書くのは非常に烏滸がましい事ではあるのですが、記録として読書記録を付けておこうかと。
読書記録でブログを書くのはなんだか久しぶりです。

さて、ここで、改めて今回の記録の注意書きを。
百合・レズという語に対しての注意です。


私は、わりと百合とかそういうものに関心があるほうですので、たまに気が向くとそういうサイトを見たりします。『マリみて』の読書記録を付けた事からもそれがわかりますよね?
さて、割とそういった「百合」を扱うサイトを見ていると、「あんたの"百合"を押しつけないでちょーだい」ってな注意書きが書いてある事が屡々あります。

どうやら、ある状態を「百合」、或いは「レズ」と評すると、「それは百合ではなくレズです」若しくは「それはレズではなく百合です」といったような、コメントが付くんだそうです。何となく私も感覚的には分かります。淡い恋愛タッチのものに限定して「百合」を認定したり、或いは性関係を含む女性同士の関係は「レズ」としたりしたくなってしまいます。
人それぞれ、解釈が違うのは当然なのですが、無用なトラブルは回避したいw
ですので、私が以下に書く読書記録にあたっての、百合、もしくはレズの語を定めておこうかと思います。

・女性同士の恋愛(時に性関係も含む)を扱ったものをその程度の差も含めて今回は「百合」と一律に規定する。

これでOKですかね。
では、続きを……。



さて、私も噂には聞いていました、『我身にたどる姫君』。
どうやら日本最古の女性同性愛が描写される小説らしい、と。
少しは古文なるものが読める私は、「じゃあ読んでみようじゃねぇか」と意気込んで早速本を仕入れたのです。

しかし、まず本を入手するのが一苦労でした。
注釈のついたテキストは既に絶版で入手する事がきわめて困難だったのです。翻刻(昔の人の字を現代の活字になおしたもの)ならいくつか入手するアテはあったのですが、どうせなら注釈を読みつつ、しっかり理解していきたいな、と。

仕方がないので、ネットで、古本屋さんをサーチする事にしました。
今はネットで古本が買える時代です。やはり、こういう学術系の本は高い。しかも絶版だと値段が更に高くなる。余裕で新品の値段より高くなってしまいます。

あれやこれやと検索を続けた結果、オンラインで買えるお店を発見しました。
しかも、値段は新品の値段。絶版とはいえ扱っている所があったんですね。

今回、私が使用したテキストは今井源衛さんという方が注釈を付けていらっしゃるもので、全七冊のシリーズであります。一応現代語訳、系図、注釈、索引がついており、現時点で素人が読むのには最適なものでしょう。

ただ、曲がりなりにも「こいつを読んでやる」と決心したからには、安直に現代語訳に頼るわけにはいきません。基本は古文を読む、という事です。下手をすると、現代語訳に惑わされてしまう事もあるので、現代語訳は参照程度に留めておきます。
一番重要だったのが系図でして、各巻の最初に系図がついているので、そのページに付箋をつけて常に参照しながら読み進めていきました。
又、系図自体が間違っている可能性も否定しきれなかった為、読書に平行して、自分でも系図を書いてみました。


とにかく、「読むことが難しい」作品だったと思います。
文章が何故か非常に難しい。意味がとりづらい、というか意味が取れそうな所でするりと不可解なゾーンに突入してしまうような。
又、人物の呼び名が非常にわかりにくい。
例えば「宮」なる呼び方が本文でされるわけですが、この「宮」に該当するような人間がぞろぞろ居て、いったい誰が誰なのか、この場面では誰を指しているのか、が不明瞭。
勿論、場面によってはかなりスムーズに読み進めていく事が出来たのですが、全体的に見るとやはり難しい作品だったなという印象です。
『風葉和歌集』という物語作品の和歌を集めた作品集に、本作の和歌が載っていることから『風葉和歌集』が成立した1271年以前に、何らかの形で本作は成立していた事だけは分かっています(ただ、それは巻四までなのではないか、という疑問も出ているようです)。

大体、このくらいの時期の作品は割と読みやすいはずなんです。
おおよそ確実に、時代が現代に近づくにつれて読みやすくなってきます。
けれども、これは難しい……。


それでも頑張って読んでいきます。
系図を書いては消し、注釈を読み、時に現代語訳を参照したりと頑張ります。
けれども、全然百合は出てきません。
寧ろ、途中で出てきた女四宮なる人物が、ツンデレ大王みたいな感じで、そっちの方に気をとられていたくらいです。
もう、いい加減百合の事を忘れて、物語そのものに没頭し始めた巻六で、突如として百合描写が出てきました。

この巻六というのがクセモノでして、前斎宮なる人物と女帝(そう、途中で女性天皇が誕生するのです。どうでもいい事ですが、日本の最新の女帝は江戸時代の後桜町天皇ですね)を対比するような形で進んでいく巻です。
前斎宮VS女帝、前斎宮の女房VS女帝に使える女官達といった具合に、とにかくこの二つの勢力(?)が対比的に描かれる巻です。全巻読了後は、どうもこの巻六が、この作品の転換期というか、区切りみたいなそういう印象があって、気になる所です。

さて、お待ちかねの、百合描写です。
右大将なる人物が、前斎宮のおうちに行って、様子をこっそり覗く場面。

同じ程なるに若き人二人、いづれか主ならん、さしもあるべくもあらず。物暑れてなり行く頃を、薄き衣を引き被きたるうちに、限りもなく、息もせざらむと見ゆる程に、首を抱きてぞ臥したる。
~中略~
衣の下も静かならず、何とするにか、むつかしうものぐるほしげなるに、様変り、ゆかしきかたも混れど……


とこんな感じ。
その後も、前斎宮に仕える女房の寵愛争いとか、ちょっとソッチの世界が描かれていきます。前斎宮は小宰相なる新人女房に興味を持って、前からの百合友達(?)をないがしろにしてしまうのです。すると前からの百合友達は怒りを顕わに……みたいな。
その後の斎宮は「三人で寝よう」なんて発言もあったり、ヒステリーを起こして庭に飛び降りてそこで寝ちゃうとか、もうなんていうか……。

この前斎宮、敢えて言うならば「淫乱百合斎宮」という事になりましょうか。更に更にこの斎宮、どうやら女性オンリーで好きなわけでもなくて、男性の相手も出来る両刀遣いですw

斎宮というのは、皇族の女性がなるべきものでして、やはり素敵な女性を期待させます。しかし前斎宮はどうやらノイローゼの気もあったり、更に早口でもあるらしく(同じ言葉を重ねて発声したりする)、品性のかけらもありません。ほんのりとした同性愛、なんてもんじゃなくて、もっとおどろおどろしい世界です。
当時の規範から逸脱したちょっと異常な女性として描かれます。前述の女四宮もツンデレ大王なんて枠に当てはまるわけじゃなくて、実はやっぱり異常な女性に近い手触りです。

問題なのは、この前斎宮。一発キャラっていう訳でもないんですよね。
物語の〆、巻八のラストに出てくるんです……。寧ろこの前斎宮の周辺の事情を語り物語は幕を下ろすのです……。六巻になっていきなり出てくる前斎宮なわけですが、こいつをただの脇役で片付ける事は出来ないぞ、と。
最後の最後に出てくる登場人物は、前斎宮の所に新人女房(=メイド?)としてやってきた小宰相なのでした。
結局、小宰相はお兄ちゃんや伯母さんやらが頑張って、変態前斎宮から引き離してまっとうな生活をさせるわけですが、
小宰相は、前斎宮にも時々は手紙を送ったりする細やかな心遣いも見せてくれます。彼女は右大臣の家に仕えてしっかりと生活していきました。
みたいな文章で、この『我身にたどる姫君』は幕を下ろします。

いったい、この前斎宮何者なんだ……?
絶対にただのネタキャラとか、一発キャラじゃない。なんかこうもっとこの作品の根本に関わっているような……。なんか、百合というキーワードでこの作品を読んだんだけども、もっと別の好奇心が刺激されてしまいました。

興味のある方、是非是非、読んでみて下さい!
高校生の古文のお勉強にもいいかもしれませんよ?w
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by s-kuzumi | 2007-11-01 00:06 | 読書 一般図書


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