久住女中本舗

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2007年 12月 26日

なんてことない日々之雑記vol.32

道玄斎です、こんばんは。

ちょっとダラダラしながら色んな事を書いてみようかと思います。
ここしばらくは、「日々之雑記」を書くのを控えていました。まぁ、理由は単純明快で「そんなもん誰も読みたくないから」ですw

とはいへ、三本とか四本とかレビューを書いたら一本くらい日々之雑記を挿入している事になりますね。面白いゲームの紹介はそれはそれでカタルシスを得られるのですが、たまに無性に何かを書きたくなることありません?w
これは非常に言い訳がましいのですが、レビューばっかり並んでいるよりも所々全く関係なさそうな記事が入っていた方が、何となくバランスも取れそうな気がします。

年末という事で大量に日々之雑記を書くという愚行をお許し頂ければと思います。年末って全然関係ないけれどもw


まずはニュースから。

http://www.asahi.com/national/update/1225/TKY200712250305.html?ref=rss

こんなニュースを見つけました。
良いことですな。
私は文系大学院出身者ですので、こういうニュースも意外とアンテナに引っかかってきます。この四つの大学のうちの一つが私の母校でもあるので余計に。

理系については殆ど分からないのだけれども、文系の大学院(特に人文系って言えばいいのかな?)は、「閉じこもり」というか閉鎖的な空気が蔓延しています。院生になると学校を越えた勉強会とか、或いは学会とかで他校の知り合いが出来るので、色々と情報が入るのですが、大体どこも閉鎖的な空気を持っている、というのが私の感じた印象でした。勿論、分野によっても違ったりするだろうけれどもね。

こういう閉鎖的な空気が出る最初の関門(?)は、入学試験の時でしょう。
この四つの大学のうちの某大学が大学院入試の試験問題を「自分の大学の学生に流出させていた」というニュースもちょっと前にあったと記憶しています。
文系の大学院入試の試験問題は不透明度が高い。例えばの話ですよ?ある教授が自分の研究室で卒業論文を書いている将来有望な学生を恙なく大学院へ入学させようとする。
そういう時に、試験問題の中に彼が得意とする分野の問題を多くしたり、なんて事が出来るんですよね。尤も多くの良心的な先生方はそんな事はなさらないと思います。これはたとえ話ですよ?

で、多くの場合、入学試験は共通問題と専門問題に分かれているのだけれども、点数の比重は圧倒的に専門問題にあるわけです。共通問題とかは持ち回りで試験問題を作るので恣意的な操作は入りにくい。けれども、自分が進もうと思っているコースの試験問題は、そのコースの担当者であり、自分の所属している研究室の主たる教授が作っている事が殆どだったり。採点だってその教授がやりますぜ。だからたとえ話だってば!

それに今回のニュースで流れたような大学間の交流みたいなものが、今ほど言われていなかった時代、かなり「純血主義」を採っていた大学もあります。つまり、自分の大学の学生だけを大学院に進学させようとする、という事です。
タテマエ上は、大学卒業の資格があったりすれば誰でも試験は受けられます。けれども、その大学のそのコースに所属していないと解けない(解きにくい?)問題なんてのが出たりするんですよね。例えばセンター試験みたいな感じの試験とは全然違うわけです。勿論それがそれぞれの学校の校風なり、特色なりを体現するものとして機能している面はあるにせよ、あまり健全ではないんだろうな、と私は考えます。
ですので、「試験問題流出」なんてニュースを見たときも「今頃そんなことを……」と正直思いました。

で、今回のニュースは研究室の移動が一年間出来るっていう事。
これは見識を広める上で多いに役に立つと思います。それだけじゃなくて、学生にとって有利な事が多いでしょう。
例えばA大学の修士課程の人が、この制度を利用してB大学の研究室に一年間移る。彼(若しくは彼女)はその後研究の方向性が変わって博士課程でB大学の方に進みたい、なんて考える場合の足がかりにもなったりしますからね。

ただ、問題なのがこの制度を利用する為に「推薦状」が必要なのかどうか、という点。
もし必要だとしたら、「書いて貰える人」と「書いて貰えない人」が出てきてしまうんですよ。それは単純に優秀さの違いから来るものかもしれないし、単に教授との折り合いが悪い、という事かもしれない。優秀であるか否かという判断であるならば、まだ納得出来る点はある。けれども、折り合いが悪いと、どうにも納得出来ない。
実際、大学院は教授=神様なわけで、超封建的社会です。まぁ、それは一般社会でも同じですけれどもね。 理系は修士課程まで出るのがスタンダードな形になっていますけれども(それも分野に拠るみたい。知り合いは数学科だったけど普通に卒業した)、文系はさにあらず。
経営学とか、そっちの修士課程は今後どんどん進学者が増えると思いますし、社会に出たときに実に役に立つし、有利に働く面が多い。
けれども、半分趣味みたいなそういう分野の大学院に行ってしまうと、結構その後の人生が厳しくなりますw
尚かつ、そこで教授と折り合いが悪くなったりしたらもう目も当てられませんw
難癖つけて追い出そうとしたり(退学を促す)、或いは指導を行って貰えないとか、そういう数々の不利益を被る事に……。だからこれもたとえ話だって!

自分の弁護をするみたいで、非常に心苦しいんだけども、寧ろ実学じゃない部分が重要なんですよw 陳腐な本を引くのは気が引けるんだけども『国家の品格』というベストセラーがありました。あれはかなり右掛かった主張が前編に渉って繰り広げられるんだけども、実学じゃない文学とかそういうのが実は一番大事、と言ってるんですよね。

自分自身の体験で考えてみると、現状の日本だとやっぱり実学以外は「趣味の領域」と捉えられる傾向がある。それに実際半分趣味でやってたわけですしねw
それに社会に出て役に立つ知識かっていうと、勿論、全然そんな事はなくて。
ただ、外国の方とお話する時に、妙にスムーズに話しが出来るというメリットがあるのかもな、と思っています。日本にやってくる外国の方は割と日本の文化や歴史に興味を持っている人が多いような。んで、アイルランドの人と雑談してる時とかに「ケルトの神話と日本の昔話でそっくりなのがあるぜ」とか話してやると、凄い話が弾みますよ。 共通する神話・昔話なんていうのはユングが既に看破していてこれを「集合的無意識」っていうもので捉えているのですが、実際に外国の神話とか昔話を調べてみると凄い面白い。
少しだけ人生が豊かになる、というメリットもあるのかもしれません、が、だからといってお嫁さんが見つかるとかそういう実際的なメリットは享受出来ないのでしたw

まぁ、何が言いたいのかというと、相互の大学の行き来が出来るようになった、というのは非常に良い事。だけれども、体裁ばっかり整えてもしょうがない面もあって、もっとお金を払って通っている学生に密着したサービスだとか、学生が変なところ(教授との折り合いが悪いとか)で不利益を被ったりしないような、内部浄化のシステムも必要だぜ、と。それだけ。



次の話題。

ネットでの立ち振る舞いについて。
色々、自分のネット上での活動で目に付いた事や、それに触発されて昔、我が身の上にもあった事など思い出したので、ちょっと書いてみようかと。
要は黄金律「自分がやられて厭な事はやらない」。 これだけ言えば十分でしょう。
昔、良く管理していたウェブサイトのメールアドレス宛に「殺してやる」的なものが来たりしたものです。こんなの貰って嬉しい人はそうそういないぜ。それだったら「ちょっと、むかつきますよ!」ってメールを呉れた方がよっぽど嬉しいw
日常生活でもネットでも黄金律を守れば、そうそうめんどくさい事にならないんですけれども、そういうの分からない人が多いというのは非常に嘆かわしい。

更に書いてみる。 以下、小学生向きのネットの心構えみたいな話になってますので、不快だと思われたかたはスルーして下さいw

ネットでのコミュニケーションは或る意味で楽な面があるけれども、或る意味ではリアルでコミュニケーションを取るよりも気を遣わなければいけない事もあるわけです。皆さん既にご存じですよね。
ひとへに、それはネットでのコミュニケーションが基本的に「文字によるコミュニケーション」である、という所にあるように思えます。日常生活だったら身振り手振りだったり、表情などの情報で喋っている言葉は辛辣であっても「冗談で言ってるんだな」とかそういう事が分かります。

所がネットは文字によるコミュニケーションが殆どですから、明示的に自分が「冗談で言っている」とかそういう情報を示してやらないと相手に伝わらない。
「(笑)」とか、私が良く使う「w」とかの起源はそういう情報を付与しようとしたものとして、私は捉えています。違うかもしれないけどw

喋るように書く、という所謂言文一致っていうのは、意外とへんてこな文章になるんですよね。
ニュアンスが全然伝わらないから。小説だったら地の文で場面説明なんかがあるからいいけれども、実際のネットでのやりとりでそんな地の文を書いたら、ただの変な人ですw
私自身、コメントのレスを付ける時に何度も推敲をしたり(その割へたくそで無礼な文章を書いているような気がします。この場を借りて陳謝いたします)、一旦投稿したものを消して書き直したり、なんて事も屡々です。
元々、私が書く文書はデフォルトのままだとなんかブスーっとしたそういう、仏頂面の男みたいなそういう文章になっています。それに実際私は割とブスーっとしているタイプみたいで、昔人に「あなた、笑ったりも出来るんだね……」と言われて猛烈にショックを受けた経験がw
そういう私が、そのまま文章を書くと、まるで怒ってるみたいなので、語尾をたをやめぶりにしてみたりするわけです。最近はすっかり丸くなったので、もうデフォルトでこんなグダグダな文章ですがw

ただ、別に本当にブスーっとした文章を書いてもそれは個人の自由(表現の自由?)ですから、本当は全然OKなんですよ。
だけれども、喧嘩をふっかけたいとかそういう意図が無いなら(普通無いよね)、文末に魔法の言葉を置いておくと良いでしょう。

文末に「お気に障ったとしたら申し訳ありません」とか一言付け加えるだけで心証は全然違います。「ごめんなさい」と「ありがとう」は魔法の言葉です。これを言われたら大抵の場合は、許しちゃいますよね。こういう魔法の言葉を上手くつかって、誤解されないようにすると良いですねぇ。尤も、物凄く嫌みな使い方をすれば話は別ですがw

最初に書いた「殺してやる」ってメールだけども、「あなたを殺してやろうと思います。ご不快になられたら申し訳ありません」って書いてあったら、私はなんだかこのメールを送ってくれた人と仲良くなりたいなぁ。そうそう、最低限の敬語というかそういうのも大事よね。
そりゃ、何度もやりとりしてお互いの人となりが或る程度分かっていれば多少崩してもいいとは思うけれども、いきなりやってきて初対面(ネットだから対面じゃないか)で無礼な口をきく、というのは文章作法以前に、人間としてどうかと。

私もまだまだ人間としての修養が足りません。
この文章が皆様にご不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません。



次、
今度は、自分の悪癖について。恥をさらす覚悟で書いてみます。

無くて七癖と申しますが、私は自覚しているだけでも108個の悪癖を持っておりますw
流石に108ってのは冗談ですが、「なんでこういう厭な性分なんだろう」と思う事が良くあります。自分が最大に嫌っている自分の性格は、微妙に完璧主義的な所があるという事です。完璧主義なんていうと、非常に高潔な人間のように思えるかもしれませんが、そういうのとはまた次元が違います。

何かをやろう、と思った時、私は大抵完成した理想の絵が見えます。
それは理想ですから、とても美しい。けれども実際に自分が取り組んでみると当然、理想通りにはいかないわけで、物凄いジレンマに苛まれる事になるのです。
で、あれこれ弄って出来ないと、投げてしまうというw 駄駄っ子そのままみたいなw
けれども、ちょっと前に宣告した通り、来年度の目標は「すぐに結果が出なくても、少しづつ確実に腰を据えて物事に取り組む」です。この歳になってこんな目標を設定している辺り、私のだめだめ振りが良く出ていますねw

特に遊びの分野でこういう傾向が顕著で、遊びはミッションクリティカルなものではないから、自ずと自分を甘やかしてしまうんですよね。けれども、遊びは遊びだからこそ真剣にやった方が楽しい。だから来年の目標の裏テーマは「頑張って遊ぶ」ですw

ただ、来年は結構忙しくなりそうで、どこまで遊べるかちょっとだけ不安ですね。勿論、隙を見てノベルゲームはプレイしたりしますよ?



次、
時間について。

私が書いた駄文の端々から、私が結構神経質なタチだというのは、そろそろ皆様も分かってきたのではないでしょうか?w

私は、人と待ち合わせをしたりする際には、公私問わず、待ち合わせ時間の最低15分前には待ち合わせ場所に到着しているタイプです。意識的にやっている、というよりも相手を待たせるより待つ方が好きというマゾ的な性質から来ているのかもしれませんが。

いや、ねぇ、それが結構な頻度で待ち合わせ時間の30分前とか下手すると一時間くらい前に既に居るなんてケースが多いんですよ。さすがに待ち合わせ時間の二時間前に到着してしまった時は、「俺って馬鹿だ……」と悲しくなりましたw

で、色んな人間が居ますから、「いつも遅刻してくるヤツ」っていうのもいるわけですw
ヤツと待ち合わせすると必ず、十分は遅れてくるって人いませんか?
最近は、大分丸くなったので大人しく本を読んでいたりして、有意義に時間をつぶして心穏やかで居られるのですが、若い頃はかなりこういう他人の行動にイライラしていましたw

若い頃の私の思考はこうです。

たまに、遅刻するとか、電車が急に止まってしまったとか、そういうやむを得ない遅刻はある。それは許容出来るし、実際問題、自分も電車が止まってしまったら遅刻するかもしれない。

けれども、毎度毎度遅刻するヤツがいる。これは頭に来るけれども何となくほほえましくも思える。が、そういうヤツは大抵、会議だとか試験だとかそういう時に遅刻する事はない。
もし、本当に会議だとかに平気に毎回遅刻してくるんだったら、そいつは大物だと思うし、仲良くしたい。けれども、実際そういう事は無い。

つまり、そいつは物事の優先順位を付けているんじゃないか。
そして、私はその優先順位に於いて、劣位に置かれているんじゃないか?

と、まぁこういうことを考えて一人で腹を立てていました。
若かったですねw 今じゃ寧ろ読書の時間が増えて喜んだりしています。 一日が30時間あって労働基準法がちゃんとまかり通る世の中ならば、毎月十冊くらいは多く本が読めるのに、と思う今日この頃。



次、
好物。

お酒です。お酒は弱いです。けれども好きです。日本酒が好きですけれども、焼酎も大好きです。大体一合も呑めばかなり酔います。だから本当は自宅で一人で呑むのが一番気楽なんですよね。

・明鏡止水

最近、好きな日本酒の銘柄です。これは美味しい。
日本酒は好きだけれども知識みたいなものはまだ全然ないなぁ。ちゃんと勉強したい。
日本酒って口を切って、冷暗所に保存しておくわけですけども、保存期間が長くなれば味が変わります。これは本当は駄目なのかもしれないのだけども、少し味が変化した方がふっくらとした味になるお酒もあるような気が。以前やはりここで書いた「梅の宿」というお酒がまさにそれです。普通に口を切ったばかりで呑んでも美味しい。けれども、少し時間がたつと味が更に良くなるような……。


・御幣

これは焼酎。「いつもの銘柄」というヤツです。
色々と試してみたのだけれども、これが値段と味のバランスが一番いい気がする。一瓶千円しないし、それでいて味の方もばっちり。蛇足だけどもネーミングがいい。

あと甘いモノが好きですね。お菓子。洋菓子も和菓子も好き。
一般的な意味の食べ物で言うと、基本的に何でも食べられるんだけども「紅ショウガ」が好きです。あとは蕎麦とか麺類は大好き。

けれども、素麺だけは嫌い。三輪の神様にゃぁ申し訳ないが、何故か素麺は大嫌い。


さて、今日はこの辺で。
こんなつまらんものに、お付き合い下さり恐縮です。
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by s-kuzumi | 2007-12-26 02:14 | 日々之雑記 | Comments(0)


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