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カテゴリ:読書 ライトなノベル( 9 )


2007年 12月 27日

「マリア様がみてる キラキラまわる』 今野緒雪 コバルト文庫

道玄斎です、ごきげんようw

一応、「ライトなノベル」のカテゴリで日記を書いているのですが、ちょっとだけ告知を。
向こう数日更新が出来ないかもしれません。というのも明日(というかもう今日か)四国に行かねばならないのです。ネットカフェなんかを利用して更新が出来たらやってみようかと。
大体、毎日更新していた(時たまそうでないときもあったけどさ)ので、なんだか自分の中でも調子が狂ってしまいますね。
今日(というか昨日)、レビューを書けて良かったと思います。最近、レビュー以外の記事が多かったしね。

まぁ、何だかんだで更新してしまうかもしれませんが、ネットカフェなんかだとゲームがプレイ出来ないので、こういうグダグダしたものを更新するかと思います。
旅路とはいへ、一週間とかそういう話ではないので、割とすぐに戻ってきます。31日は私も楽しみにしていますし。

ということで、だめ押しの告知。
さくらミント」さんが、31日のコミックマーケットに参加されます。
『月照 ~ツキノテラス~』のパッケージ版を頒布なさるのですが、私もライナーノーツを書かせて頂いております。まぁ、私の文章なんざどうでもいいのですが、是非コミックマーケットに行かれる方はお手にとってみて下さい。とても良い作品なので。



さて、本題です。
ネタバレもあるので、未読の方はご注意を。

『マリア様がみてる』の新刊を読了しました。
私はライトなノベルは読むのが早くて、「マリみて」なら大体30~40分で一冊読了してしまいます。子供の頃から本ばかり読んでいたせいでしょうか、割と本を読むのは早いのではないかと自負しています。

ですが、今回は読了するまでに凄い時間が掛かってしまいました。
最近、一気にライトなノベルを読むのがなんだか辛くて、半分くらい読んであれこれ作業をして、読むのを再開するという手順を踏んだので、購入してから12時間後くらいに読み終えた事になります。まぁ、いい歳こいてこんなのを読んでいるというのは、一般的には恥ずかしい事なのかもしれないのですが、好きなものはしょうがないw

それはともかく、今回は短編を予想していたのですが、見事に裏切られました。
ちゃんと「本編」のリリースでしたね。

今回は、なんだか少しだけ「??」が多かった気がします。
割と前半部のトーンは暗めだし、志摩子さんの生い立ちに関する衝撃的な事実がいきなりポンと出てきたり。
前巻での祥子様の異常行動は車の免許を取得する為だったというのは、なんだか拍子抜けしてしまいました。実際、瞳子と祐巳ちゃんのロザリオ授受を「あっ、もう終わり?帰っていいっすか?」とあっさり流したのは、この試験勉強のせいだったんですか……?
だとしたら、なんだかなぁ?という気がしないでもないw

意外と今回は、祐巳ちゃんと柏木さんが良い雰囲気(?)です。
しかも由乃さんと祐麒も微妙にいい感じでくっついています。祐麒にもいい思いをさせてやってほしいと切に思いますw

さて、今回一番いただけなかったのは69ページです。
本を持っている方は開いてみて下さい。イラストページです。
志摩子さんが、志摩子さんが……、帽子を被っている!!しかもニット帽と思しいものを。

志摩子さんは帽子なんて被らないんだい。しかも洋服もなんだか「普通の女の子」チックなんですよねぇ。俺は志摩子さんにはプリーツスカートにブラウスとかわりとカッチリとした小綺麗な衣装以外認めないw

どうでもいいのですが、私は「マリみて」占いなんかをやると、殆ど必ず「白薔薇」属性になります。白薔薇のメンツは大好きなので(聖様のお姉様もとても良いキャラです。一発キャラだったけど)自分としては嬉しい限り。

マリみて界隈では抜群に人気のある聖様ですが、それは言わずもがなであの「いばらの森」のエピソードが素晴らしかったからでしょう(あと「あの経験」を踏まえた上でのあのキャラクター造型もね)。
だけれども、考えてみるとああいう経験って割と誰でもあるような気がするんですよね。
聖様の唯一無二の最高に切ないエピソードでありながら、或る程度の普遍性を持っている。そういう所が聖様人気を後押ししているような気がします。

いよいよ、祥子達三年生は卒業となります。
次回は……けどやっぱり短編集かな?w
早く本編が読みたい気はするけれども、祥子様がいなくなると凄く寂しいですね。



さて、大分酔いも廻ってきました(そうアルコールを入れつつこれを書いています)。
明日はそれなりに早いのでぼちぼち床に就こうと思います。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2007-12-27 03:16 | 読書 ライトなノベル | Comments(2)
2007年 10月 02日

『マリア様がみてる 薔薇の花かんむり』 今野緒雪著 コバルト文庫

道玄斎です、こんばんは。

いい歳になっても、こういうライトなノベルを読むのは止められません。
しかも本来は、少女向けの作品ですしねw

まぁ、文化っていうのは大体、こういう「ライト」なものから始まってくるもんなんですよ。
一番簡単な例だと『源氏物語』ってあれ、同人誌だよね?
サークル名「紫式部」の代表でメインライターの紫式部さんが作った本です、みたいな。
いや、『源氏』を書いたから紫式部って呼ばれるようになったわけで、ちょっと違うか。

けれども、『源氏物語』は決して「高級志向の純文学」を目指して書かれたわけじゃないので、まぁ思い切って言っちゃえばライトノベルって事でいいだろう、というのが私の見解。
けれども1000年(来年で丁度千年)も残り続けているわけですな。
当時、正統派な文学っていうのは、漢文学なわけですよね。で、和歌なんてものが段々とライトな趣味から公的な性格も持つようになってきて、「六百番歌合」にて俊成が「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」とかなんとか言って、『源氏』という作品に、権威みたいなものも生まれてくる。

実際、あれだけの長編であれだけの面白さを持った古典は珍しい、というか皆無ですよね。
忘れ去られつつあるけれども2000円札に載ったりしながら今も生きている、と。

もっと言っちゃえば、能や歌舞伎だなんだって、元々は割とライトな芸能ですよね。
能や狂言なんて元々は野外とかでみんなでわいわいやりながら見たりする。当然下ネタなんかも含まれていたり、ね。
けど、世阿弥なる天才が出てきて、能の地位を一気に変えちゃうわけで、今に残る「伝統芸能」の一つとなっているのでありました。

こうして考えてみると、元々、日本の伝統的な文化っていうのは、出発点はライトなものなんですよね。ライトな芸能にライトな文学。
そこに、天才的な人間が強烈な一撃をライトなものにぶち込み、長い間それが生き続けると、それは文化になり、伝統的な権威のあるものになる。

だから、ライトノベルをいい歳こいて読んでいるっていうのは、恥ずかしい事じゃなくて、寧ろ新しい文化の創造を最前線で楽しむ行為なのです。
と、自己弁護したいが為にこんなに訳の分からない事を書いてしまいましたねw
血迷って書いてるだけですから、本気にしちゃだめですよ?w


で、読了しました。「薔薇の花かんむり」。
ネタバレもありますので、まだお読みになっていない方は要注意です。
えっ?誰も読んでいない??そうですか……。




本作で、何冊目かしら?文庫版のイラスト集も含めてカウントすると、31巻目ですか。
で、まぁ、ここまでよくも引っ張ってくれたな、と。

「妹オーディション」あたりから、瞳子が妹になるらしい……と判明してからずぅっとずぅっとお預けを喰らっておりました。
次こそは進展が!と期待して新刊を買うも毎回がっかり。前作もかなり期待していたのですが、短編集だったんですよね。まぁ、良作だったのでそれはそれでいいのですが。

とにかく、祐巳ちゃんと瞳子が姉妹になる、というその場面の為に「妹オーディション」から(イラスト集を抜いて)10冊も待たされてしまったと。

前向きに、すっごい感動的なシーンを出してくるんだろうなぁ……。なんて思っていたら、意外とあっさりロザリオの授受が終了。
寧ろ、二人が姉妹になった事に感極まって泣く、乃梨子の方にぐっと来てしまうわけで……。
いや、勿論ロザリオの授受や二人が姉妹になる場面は、感動出来るものなんです。けれども、二人の姉妹宣言と祥子様の挙動不審が重なって描写されているので、どうにも感情を思いっきり入れて読むことが出来なかったんですよね。祥子の方に気が逸れてしまったというか。

で、肝心の姉妹になっても、甘い描写は殆どゼロに近かったと。
せいぜい、瞳子が祐巳ちゃんを「お姉さま」と呼び、祐巳ちゃんが瞳子を「瞳子」と呼び捨てにする、くらいなもんで、なんだかなぁ?という感じです。

もう少し、姉妹になったその実感を読者にも伝えて欲しいと思うのですが、物語は無情にも(今までの遅延を取り戻すように)進んでいきます。
もう少し、時間を掛けると思っていたイベント「三年生を送る会」も無事終了というわけで、次の巻くらいでボチボチ三年生は卒業していきそうです。

初期の『マリみて』がもっていた、あの甘いときめきはどこに行ってしまったんだ……。
確かに、文章自体はどんどん読みやすくなっているし、質も向上しているように思えます。けれども、文章の上手いヘタを越えた、魅力みたいなものが段々乏しくなってきているような気がするのです。

んな事を書きつつも、『マリみて』は大好きなので終了までちゃんと見届ける積もりですよ?

※10/2午後十一時四十分頃、一応釈明の文章を追加w
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by s-kuzumi | 2007-10-02 22:25 | 読書 ライトなノベル | Comments(2)
2007年 08月 14日

『灼眼のシャナⅩⅤ』 高橋弥七郎著 電撃文庫

道玄斎です、こんにちは。

昨日は久住に『DDD』の二巻の感想を先に書かれてしまったので、今日は私が。
『灼眼のシャナ』の最新刊です。

今回は、本編とはちょっと違う番外編みたいな感じですね。五巻と十巻の時みたいな。
本編が急激な展開を迎えている中で、こういう番外編をやられると興が削がれるかと思いきや、結構面白くてですね、またしても一気読みです。

今までちらっと語られてきたエピソードが、ここに来て改めてしっかり語られたという事なんですが、例の「大戦」の時に出てきた、紅世の王「ヴェチェールニャヤ」と「ウートレンニャヤ」が二十世紀最初期の本作では、キアラなる女の子と再契約していましたね。

そういう過去のエピソードとの繋がりを感じつつ、物語として独立して楽しめるものでした。
色々とライトノベルを読んできているけれども、『灼眼のシャナ』は基本的に"読みやすい"本だと思います。
何て言うか、読んでいると読書スピードが加速度的に上がっていくというか、勿体ない勿体ないと思いながらも全部、一気に読めてしまいます。

さて、十六巻目はいつリリースされるのでしょうかね。
まだ暫く時間が掛かりそうですが、期待しつつ待つとしましょうか。
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by s-kuzumi | 2007-08-14 09:22 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 08月 13日

『DDD2』 奈須きのこ著 講談社

こんばんは、久住です。

今日、ようやく『DDD2』を読み終えました。
やっぱり面白いですね。

過去と現在、そして未来が入り交じる構成は『空の境界』と同じです。
『空の境界』上下巻、そして『DDD』も二冊読んだ計算になりますが、どうしても「似ている」感が出てきてしまいます。
それは勿論、同じ作者の本であるからなのでしょうけれども、全く違う世界も見てみたいとも思います。

『DDD2』の内容ですが、「野球」が一つ大きな部品となっていました。
私は全然野球にはくわしくないのですが、丁寧に球の種類や打撃の方法について描写されているので、「野球」そのものにも興味を持ちました。
文字通りの「魔球」が出てきたりと、読者を退屈させません。

後半からは、一気にラストに向けて(と思われる)の話が展開していきます。
ラストのページにカナタさんの書いたメモがイラスト風についているのですが、そのメモの最後の欄に「日守桜夏」との対戦記録がのっています。そこには「もしかしてもしかするとオリガで一番手強かったのかな、この人?」とちょこんと記述されているのです。
この「日守桜夏」という人物は、『DDD2』で出てきた不死身の日守秋星さんとの血縁関係が疑われます。

そういうメモが伏線になっているという遊びの部分が面白いですよね。
こういうのはライト系のノベルならではの手法なのかもしれません。

三巻。いよいよラストのようですが、今から楽しみですね。
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by s-kuzumi | 2007-08-13 23:08 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 08月 02日

『Decoration Disorder Disconnection. 1』 奈須きのこ著 講談社

こんばんは。久住です。
今日は、先日紹介した『空の境界』をお書きになられている、奈須きのこ氏の『Decoration Disorder Disconnection』という本です。

たまたま、本屋さんで見つけてちょうど『空の境界』を読んだあとでしたので、興味を持ち購入してみることにしました。
読んでみるとやっぱり面白いです。殺人鬼や肉体の不完全性みたいなテーマは『空の境界』とも通じているようです。

読み進めれば読み進めるほどに、『空の境界』との類似がみえてきます。
まずかなり特徴的なキャラクターのネーミング。そして人の良い男性主人公。この主人公が頭があがらない、クールな女性。
人が人ならざるものになり、暴れるというのもおんなじですよね。

おなじ小説を別の角度からよんでいるような、そんな錯覚をしてしまいます。
ともあれ、単純にライト系小説として高水準で面白いと思います。ちょっとミステリーの要素も入っているようですし、ライト系小説に興味がなくてもミステリーに興味のある人は手にとってみてはいかがでしょうか。

いま調べましたところ、8/10に二巻が出るみたいですね。
いまから楽しみです。
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by s-kuzumi | 2007-08-02 01:33 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 08月 01日

『空の境界』 奈須きのこ著 講談社

こんばんは。久住です。

最近、勧められて『空の境界』という本をよんでいました。
元々、同人小説であったものを加筆修正をくわえリリースされたもののようです。
加筆があるにせよ、同人小説でこの分量はすごいですよね。

本の後ろには解説文がついています。
ポストモダンなどの批評のための用語がたくさん出てきて、無知なわたしにはぜんぜんわからないのですが、一つ言えることがあります。

単純に面白い。

ということです。
なかなか時間がなくて一気によむことが出来なかったのですが、なんとか上下巻ともに読み終えました。

登場人物の名前はみんなかなり仰々しいいかにもフィクションな感じなのですが、そうした名前ですら類似と差異を出して「遊んでいる」ような印象をうけました。
各章も過去と現在をいったりきたりと、ちょっと複雑ですが、それも「面白さ」や「遊び」の構成要素なんでしょうか。

じっくりと理解しながら読まないと、なかなか話を追っていくことができませんでした。いえ、読了後の今でさえもはっきりと「分かった」とはいえない、そういう懐の深い作品です。
やはり、この作品も道玄斎さんのおっしゃる「ライト系」に分類されるのでしょう。純文学ではないけれども、それと等価でなおかつ表紙にイラストがついていたり、超自然的現象が起きるあたりが、ライト系ですね。
とはいえ、内容は単なるアクションとか伝奇とかそういうジャンル分けを拒否するかのように、複雑で「深い」テーマを抱え込んでいるようです。

どうやらこの作品は映画化されるようなのですが、果たして上手く映画化できるのでしょうか?作り方によってはものすごい駄作になってしまうような気もします。

そういえば、刀に刀装具をつけるシーンがあったのですが、鍔はともかくとして柄やハバキはやはり、特注でつくってもらうのが一般的でしょう。
手持ちのハバキが合わない、というのはあるいみで当然だと思いました。
ちょっと気になった点なので書いておきます。

最近は岩波文庫の青シリーズばかりよんでいるわたしでも、思わず引き込まれてしまいました。多くの人に読んでもらいたい作品です。
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by s-kuzumi | 2007-08-01 01:04 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 07月 10日

『食卓にビールを6』 小林めぐみ著 富士見ミステリー文庫

俺です。

最近のマイブームは、久住と大量の本を読むのを競い合う事です。
何の為かって?勿論、ブログを更新する為ですよ!
同人サークル(活動実体はゼロ。このブログのみ)のクセに、何をやってんだい、って感じなんだけれども、それはしょうがない。お互い絵が描けないし、本は好きだし……。まぁ、雌伏の時って事で一つ宜しくお願いします。

俺達は結構本を読んでいます。
そもそもお互い、一般の人に比べても少し、本を買う頻度=読む頻度が高いと思われるので、本気を出すと、一日一冊じゃたりなくて一日二冊とか、三冊とかになってしまいそうで、ちょっと恐いです。いや、今の所は一日一冊ペースくらいかなぁ?

久住は、最近妙に「岩波文庫の青シリーズ」に凝っていて、それっぽい本を毎日買っているようです。彼女がそういう真面目傾向の本で行くのなら、俺はライトノベルを!

そう思ったんだけどもね、岩波文庫の青シリーズは過去刊行分のストックが沢山あるのよ。けど、ライトノベルは岩波文庫ほど歴史がないわけで、ストックの絶対量が少ない。
つまり、自分が興味を持って読む事の出来るブツが、必然的にかなり限定的になってくるってわけです。

で、今日は俺の大好きな「小林めぐみ」先生の新刊が出たので、早速本屋に行って仕入れてきました。

小林めぐみ先生と俺について、少し語らせて下さい。
以前、小学校の読書感想文で、ただ一人ライトノベル(『ロードス島戦記』)で感想文を書いた俺は、当然の様にスニーカー文庫だけじゃなくて、富士見ファンタジア文庫にも手を伸ばしていたものです。そうさねぇ、当時流行っていたのは、例の『スレイヤーズ』とかかなぁ?

当時の俺は、本を手にとって、表紙を見て、後書きを見て、著者紹介を見て、自分に合う/合わないを判断する、なんて高等技術が無かったんだわ。
だから、兎に角買う。買う。買う。
勿論、父上様の百円玉を溜め込んだ洋酒の瓶から、五枚乃至六枚百円玉を失敬して、ですが。だって、当時お小遣いって月に1000円とか1500円とかだったしね。
確か、デフォルトで1000円。家事手伝いを勤勉に一月の間行うと500円追加されて、1500円だった。
だけども、その1500円を丸々、本(ライトノベル)に注ぎ込むことが出来るかってーとそれは又違って、1000円は「スーファミソフト購入費」として積み立てて、残りの500円を日常生活で使う、というスタイルでした。つまり一年経ってやっとスーファミソフトが一本購入出来るって計算ですな。勿論500円だけだと、本を一冊買う事も出来ないわけですから、父上様の洋酒の瓶にご登場願おうって事です。

そんな折りに、富士見ファンタジア文庫にて、小林めぐみ先生の本を購入。
一気にはまりましたわ。何て謂うか今まで読んできたファンタジーとは明かに異質な手触り。ファンタジックな世界で在りながら、非常にリアリティのある文章・描写。
兎に角、雰囲気が凄く好きだったんですな。当時の俺からしてみれば妙に「オトナっぽい」感じだったのです。
けどもね、当時の小林先生のご年齢はまだ10代だったり20代前半だったりして……。

今、俺は小林先生の既刊本は殆ど持っているのだけども、どうしても入手出来ない初期の富士見ファンタジア文庫のものとかもあるんだよねぇ。
いや、昔持っていたんだ。だけれどもどこかに消失してしまった。きっと母上様が、「部屋を整理する」という名目の下で、勝手に俺の部屋に闖入し挙げ句、目に付いたライトノベルの類を始末してしまったものと思われる。何て非道いんだ。

っと、そんな事はどうでもいいんだった。
兎に角、俺は幼少の砌から小林めぐみで育ってきたってわけだ。
小林先生は、富士見ファンタジア以外に、角川スニーカー文庫でも執筆をしていたわけだが、俺は個人的には、角川でリリースされる作品よりも富士見で出版される作品の方が好きなんだよなぁ。ま、尤も元々富士見は角川の子会社で、近年完全に合併しちゃってるわけで。



んで、小林作品の中で、俺が近年まれに見る程、嵌っていたのが、今回紹介する『食卓にビールを』シリーズ。
ちなみに富士見ミステリー文庫ですよ。ちなみに富士見ミステリーだと他に『GOSICK』なんかが面白いですな。いや作家は違うけれども……。
この『GOSICK』も一巻が出た時点から、目を付けているのですが、もうちょっとしたら絶対に流行ると思うんだよなぁ。内容自体は、まぁ良くありがちな感じなんだけども、何故か惹かれるものがあります。自慢なんだが、俺が「何か」を感じる作品は大抵流行るんだよ。特にライトなノベルの方では。けど、「何か」があるって、やっぱりみんなが思うから、流行るんだろうなぁ……。

また大幅に脱線してるので、話を戻すと『食卓にビールを』は実は今回の六巻目で最終巻となってしまいました。
非常に残念。俺はもの凄くレンジの狭いSF好きでもあるので、小林先生のバックグランドが遺憾なく発揮されているこういうSF作品(?)は大大大好きなのですよ。

『食卓にビールを』シリーズは、別名「幼妻シリーズ」と申しまして、女子高生にして26歳の夫を持つ、我らが主人公が、日常生活の中で宇宙人やら不思議な現象やらにさり気なく巻き込まれていく。というのが筋立て。
ポイントは「さり気なく」です。超常現象が起きようが、ブラックホールが生成されようが、我らが主人公は「のんびり」「まったり」しつつ、事件をズバッと解決してくれます。

日常生活が、いつの間にか超常的な世界にすり替わってしまい、大量の正確な科学知識が活かされているというのはアーサー・C・クラークの短編に近い感じですね。『白鹿亭奇譚』とかね。
俺は、『食卓にビールを』シリーズは、現代日本の『白鹿亭奇譚』だと思っているのですよ。
けど、ハリーは出てこないし、アーサーだって出てこない。出てくるのは幼妻たる主人公と、主人公の夫。あとは主人公の所属する文芸部とかの面々が、所謂レギュラー要因で、後は一回ぽっきりのゲスト宇宙人とか。イラストも可愛いしね。
『白鹿亭奇譚』のオイシイ所を取って、現代日本のライトノベルのオイシイ所を組み合わせると、『食卓にビールを』になると俺は思うね。

まぁ、最終巻とは言え、今回も飛ばしてますよ。
宇宙の大王の正体が「宇宙マイクロ波背景輻射」だったり、こういう科学知識が最高のスパイスになっていますな。
読者の距離っていうのかな?そういうのがまた巧みでさ、物語の中に読者がどっぷり浸かり込むっていう感じじゃなくて、ちょっと離れたところから観客として見ている感じ。
それが、一見荒唐無稽なSFコメディにぴったりなのです。

科学知識が使われてるからって、別に予備知識としてそういうのを持っていなくちゃ駄目って事じゃないよ。俺も全然わかんないもん。文系ですし!
ちょっと面白くて、センスのあるSFを読みたい人は、是非是非読んでみて下さいな。自信を持って推薦します。
一応1~6巻まであるから、結構な時間楽しめるんじゃないかな!

そうそう、最後に一つ。
表紙がね、微妙にパンチラが……。
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by s-kuzumi | 2007-07-10 19:08 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 07月 03日

『マリア様がみてる』「フレーム オブ マインド」雑感

久住です。

いまさらですが、『マリみて』の新刊、「フレームオブマインド」の感想というか、そういうものでも書いてみよう、とおもいます。


前の巻(「あなたを探しに」)までは、瞳子ちゃんと祐巳ちゃんが、全然姉妹宣言をしないまま、ズルズルと何やらやっていました。
正直、かなりじれったくて早く姉妹宣言なり、なんなりをして欲しいと切に願っていたのです。

そして、新刊発売のニュースが。
「今度こそやっと、瞳子と祐巳ちゃんの間に決着が!」と期待していたのですが……。

何と、短編集だったんです。

もう発売されてますから、みなさんご存知ですよね?
けれども、新刊が短編だった、ということで、もう失望を通り越して怒りまで覚えていたのです。


「なぜ、瞳子と祐巳ちゃんの問題をここまでズルズルと延ばすのか?」
「なぜ、このタイミングで短編集なのか?」
「もっと、姉妹同士の甘やかな関係がみたい!」


と、そんなことを考えて怒っていました。
ただ、朗報もまたあったのです。

表紙に武嶋蔦子さんが出る、というのです。
彼女は『マリみて』の世界では所謂一つの「脇役」なのですが、高校生とは思えない程に老成していて、とても素敵で、味のある良いキャラなのです。
「フレームオブマインド」の「フレーム」が示す通り、写真部のエースたる蔦子さんにスポットを当てた一冊(実際には短編の「のりしろ」部分での、メインキャストといった所ですね)、という事で、激昂したわたしの気持ちも少し落ち着いてきました。

それでもやはり、少し「本編の方が進んで欲しい」という気持ちがあった事は事実です。

しかし、「フレームオブマインド」読了後、わたしは自分の浅はかさを呪うのでした。
これは凄く良い短編集だったのです。

特に良かったのは、

「三つ葉のクローバー」
「不器用姫」

の二作品。
本編でのメインキャラは全然出てこないのですが、

「女の子の数だけドラマがある」

というものを、まざまざと見せつけてくれた、作品です。
敢えて、選ぶならやはり「不器用姫」が一番好きですね。

こういう事っていうのは、意外とあるものです。
もちろん、女の子同士でなくても、男女間でもありますよね。
最初に読んだときは、ちょっと志摩子さんが押しつけがましい感じがしたのですが、ラストの伏線になっていたんですね。

決してハッピーエンドではないけれども、妙に心に残る、そんな作品でした。
最後の最後での蔦子さんのセリフは最高です。

さて、次こそは本編ですね。
こんどこそ、瞳子と祐巳ちゃんの仲が、ちゃんと落ち着きますように。
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by s-kuzumi | 2007-07-03 11:23 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)
2007年 07月 03日

涼宮ハルヒと一般図書。或いは夏の100冊

こんにちは。

俺は久住ではありません。名はまだない。仮に「裏」とでも読んで下さい。
彼女のお手伝いをしています。

今回、何かブログで記事を書いて欲しい、という事だったので書いてみる事にしました。


今日のお題は「夏の100冊」です。
夏の100冊。このくらいの時期になると、本屋の文庫本コーナーに山積みにされている、各出版社が、小中学生の夏休みの宿題の為(?)に名作シリーズをリリースするアレです。

本屋に行くと、俺や久住は大抵、全てのコーナーを一通り回って、めぼしいものをチェックします。勿論、文庫本コーナーも。
さて、ライトノベルが好きな俺は、当然そういうコーナーもチェックです。
いつものように、「涼宮ハルヒ」が山積みにされていて……。

しょっちゅう、本屋に行くと本の帯が変更されているのにも気が付きます。
今回は「ハルヒ」の帯が変更されていました。

帯をみて吃驚です。


角川の夏の100冊に「ハルヒ」が入っているじゃないか!

http://www.kadokawa.co.jp/dis/bookcover/bunko.php


俺が若かった頃は、もう少し硬派な本が多かった気がするのだけれども、随分ライトな(ライトノベルって意味じゃないよ)本が、この夏の100冊に入るようになったもんだ。
ライトノベルも何冊か入ってますね。これも世の流れか。

けど、夏の100冊に「ハルヒ」が入ったってのは、一大革命な気がする。
他の顔ぶれを見てみると、『竹取物語』、『源氏物語』、『徒然草』、『おくのほそ道』など正統派クラシックなんかも見える。

『竹取』、『源氏』、『徒然』、『ほそ道』。そして『涼宮ハルヒ』

これは革命だよ。レボリューションだよ。日本文学史の一大事件だよ。
こういうライトノベルが夏の100選とかの所謂「名作」シリーズに入る事を、快く思わない人が居る、ってのは承知している。
だけれども、俺はこういう動きを肯定的に捉えたい。

聞きかじりの知識でものを言うけれども、文学史ってのは大体「正統派」と「ライト派」(そんな言い方するのか?しないよね……)に古代から別れてるもんだ。

漢文の正統派の文書に対して、仮名文字の文学。
純文学に対して、大衆小説。

そして、「ライト派」読者ってのは往々にしてちょっとした後ろめたさを持ちながら、ライトな文学を楽しんできたような気がする。
小学生の夏の感想文を『ロードス島戦記』で書いたのは、俺だけだった!
挙げ句、「読書の時間」なるものが小学校の時に設けられ、休み時間に読書をしよう!という動きがあった。みんな「子供らしい」いかにもなものを読んでいた。

なんていったっけ?
あの三人組でさ、快活で運動神経の良い少年と、ひ弱だが頭の良い奴、そしてマスコット的な心優しく太った少年の物語。
ああいうのとかさ、女の子になると、「わかったさん」とかあのシュークリームを作ったりする本を読んだり、ちょっと硬派な奴になると『坊っちゃん』とか読んだりしてたもんだ。

その中で、ライトノベル派は俺だけであり、俺は『ロードス島戦記』だった。
父親が、洋酒の空き瓶の中に溜め込んでいた100円玉を、五枚乃至六枚失敬して、ロードス島を買っていたんだ。

実際、例の三人組にせよ、「わかったさん」にせよ、イラストが付いていた。
『坊っちゃん』だって、小学生は別に岩波文庫で読んだりはしない。講談社とかが出してる子供向けのイラスト入りの奴で読んでいたんだ。

だが、俺のロードス島戦記は、「本ではない」という理由で没収された!

こんな悲劇があっていいものだろうか。
けど、こうやって夏100冊に「ハルヒ」が入った事で、俺のようなマインドを持った小学生や中学生が「本の没収」という憂き目を見ることなく、大手を振ってライト派の文学を楽しめるようになったのは、素晴らしい事じゃないか。

そもそもさ、『竹取物語』だって『源氏物語』だって、当時のラノベじゃないのか?
宇宙からやってきた美少女が、男を袖にして月に帰る。
血筋も容姿もいい男が、母との死別、臣籍降下によって天皇になれない、父親の妻との密通、最愛の人との死別、そして彼の子孫(薫は源氏の血は入ってないけど)の恋愛と苦悩……。
今で言えばコバルト文庫じゃねぇか。

まぁ、1000年の長きに渉って残ってきたってのは、やはり名作である証なわけで、そんでもってそういう時の試練に耐えうる作品だったって事なんだけどもさ。

兎に角だ、角川の夏の100冊に「ハルヒ」が入った今年を、俺はライトノベル元年と呼びたい。
ライトノベルがやっと「普通」の文学として「正統派」と差別される事なく、享受される土壌が整ったのだ。

しかし、ここからがライトノベルの試練の時である。
今度は一筋縄ではいかない。時の試練に耐える必要がある。
ともすれば、流行を貪欲に取り入れてしまった為に(けど、これって非常に日本文学的だと思うんだけど)、どれがどれだか区別が付かないような、作品も多いのだが、そうしたライトノベルの中から、どれだけの作品が後世まで残るか、俺は非常に楽しみである。
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by s-kuzumi | 2007-07-03 07:24 | 読書 ライトなノベル | Comments(0)