久住女中本舗

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2009年 02月 28日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『テーブルの上には。』

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道玄斎です、こんにちは。
今日は休日なので、気になっていたゲームをプレイしたり、ちょっと面白そうなゲームを探したりしています。
その中で、ちょっとさっくりとプレイ出来そうで、且つ面白そうな作品を見つけたので早速ご紹介。
というわけで、今回は「mio」さん(でいいのかな?)の『テーブルの上には。』です。ベクターのリンクを張っておきます。
そうそう、20~30分くらいと書いてあったのですが、私がプレイしてみると10分くらいで終わってしまったので番外編でお送り致します。


久々のミステリーですね。
ホラー風味のミステリーというか。ちょっと独特な雰囲気を持っている作品でした。

何の前置きも無く、主人公達の目の前のテーブルに死体が置かれている、という状況から本作はスタートします。
そして、ストーリーが進むにつれ、主人公達は全く見ず知らずの男女5人(+死体)である事、自分たちの居る部屋が密室であり、外に出ることが出来ない事といった状況が明らかに。

面白いのは、この密室に集められた人たちは、ある共通項がある、という事。
それは、監察医であったり、葬儀屋さんであったり、或いはネクロフィリアの人、怪しげな宗教(死体崇拝をしているっぽい……)に入信している人など、「死体を見ても驚かない人」で、且つ「世の中に無気力になっている人」が集められているのでした。

ネクロフィリアなんて言葉が出てきますが、これは「死体愛好」の事ですね。
一見、奇抜で馴染みのない感じがしますが、実はノーベル文学賞を受賞している川端康成なんかも、このネクロフィリアを題材とした『眠れる美女』という作品を書いていますし、古くは『源氏物語』にも、それっぽい描写が出てきている事、先学が指摘しております。
具体的に云うと、『源氏』の後半で、宇治の大君というキャラが死亡するわけですが、その死体をじっと見つめる薫がネクロフィリア的だ、と云われているわけですね。薫は表向き光源氏の息子という事になっていますが、ご存じの通り、柏木と女三宮(光源氏の後妻だ)の密通によって生まれた子です。念のため。

と、また脱線でしたね……。
ともあれ、こうした「死体を見ても驚かない」とか「世の中に無気力になっている」といった特徴が、この密室に閉じこめられた人たちの共通項、なのですが、そうした共通項をラストで捉え直す、というのが本作のオイシイ所。ただ、ラストまで見てもスッキリするかどうかは……ちょっとねw

或る意味で、結構救いようがなくて、本当に密室みたいな息苦しさを感じる作品でした。
BGMも、メロディアスなものではなく、寧ろ暗くて、ちょっと隠微な雰囲気を出すリズム主体の音楽といった感じ。

ラストで少し分かりにくさがあるような気がするのですが、短いながらも、緊張感のある作品に仕上がっていて、久々に面白かったです。幽霊とかじゃないホラーが好きな人、或いはミステリーが好きな人はどうぞ、プレイしてみて下さい。


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-28 14:32 | サウンドノベル
2009年 02月 27日

フリーサウンドノベルレビュー 『シグマの世界』

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今日の副題 「永遠に忘れられた世界」

ジャンル:SFアドベンチャー(?)
プレイ時間:トータルで3時間くらい。
その他:選択肢アリ。バッドエンドと思しきものも。本レビューは全年齢版にてプレイ。
システム:Nscripter

制作年::?(15禁版が2007年だったので少なくともそれ以降)
容量(圧縮時):60.9 MB



道玄斎です、こんばんは。
今日、東京は雪が降りました。ちらっと降った事は以前にもあるのですが、感覚的に今日が初雪、という感じですね。雪が降ると、寒いし、歩いててこけるし、良いこと無しですが、今日も今日とてゲームを楽しみます。
というわけで、今回は「サイコロード」さんの『シグマの世界』です。
SFチックな作品で、尚かつちょっとダークな感じで終わるので、私好みでしたよ。
良かった点

・理解しやすい描写。

・イラストは可愛いし、背景なんかも気合いが入っている。

・ちょっとダークなラスト。個人的にこういうのも好きw


気になった点

・誤字とかが微妙に気になる。

・エンドリストがあると良かったかも。

と、こんな感じです。
ストーリーは、サイトにリンクを張っておきましょう。こちらからどうぞ。


というわけで、久々に長目の作品をプレイしました。
しかも、結構好きなSFテイストの作品、尚かつ微妙に、というか結構ダークな世界観で面白かったです。

意外に選択肢があって、バッドエンドと思しきものに進んでしまったりする事もあるのですが、(多分)コンプリートするのはそこまで難しくないのではないかと思います。元々は15禁版が先行してリリースされていたようで、そちらの方はかなりルートの数が多かったみたいですが、全年齢版はそういう15禁ルートがふさがれている為(そっちに進もうとするとバッドエンドになる)プレイしやしやすいみたい。

最初、プレイした時は、所謂「近未来人類衰退型」のノベルかと思っていたんですよね。
実際、それをほのめかすような描写が沢山出てきて、或る意味定番の展開かと思っていたら……。
本作の良い所の一つは、そうした世界観の説明が非常に分かりやすい、という点です。

最初に提示した「A」なる世界があって、けれども、実はそれは本当は「B」なる世界だった。けれども、そこには実は「C」という要素と「D」という要素が入り込んでいて、実は「A」は単独で「A」ではなく……的に、設定がドンドン上乗せされていき、何だか良く分からなくなってしまう事が、SF作品ではたまにあります。
尤も、それは私が馬鹿で脳みそで設定を消化しきれないだけだったりしますがw

しかし、本作の場合、最初に提示された世界に設定が上乗せされて、重層的になっていくわけですが、凄いすんなりと理解出来るものになっています。
ちゃんと会話文の中で、それを分かりやすく解説してくれたり、或いはどちらの世界もしっかりと描いてくれ、尚かつその二つの世界の境界点なんかで、世界観の示唆が行われたりと親切設計。

敢えて、本作の作品世界の構造的な面を述べるとすれば、例の入れ子構造というものになります。ただ、単純なAを包むBが存在している、というだけでなく、Bという世界にもそれを包含するB’がある、という感じかしら? そこらへんの事情はオマケシナリオをプレイする事で理解出来ます。
と、云ってもBとB’は同一世界なんですが、構造的に、という事で。
更に全体を簡潔にまとめるとすれば、「箱庭」の入れ子という感じでしょうか? 入れ子構造自体はそんなに珍しいタイプではないのですが、SFでは定番の構造ですし、普通に面白いから不思議。
単純に私が入れ子構造が好きっていうのも勿論、あるんですけれどもね。


さて、もうちょっと中身に踏み込んでいきましょう。

結構、キャラクターの趣味指向というか、そういうものが倒錯しているような、そんな印象がありますね。
主人公(?)の友人役ある、七緒と直兎の関係とか、はたまた、後半から出てくる、ナツキとその姉の関係とか。詳しくは言及しませんが、こういうある種の「倒錯」的な設定があっても、不思議と違和感を感じなかったというか、寧ろ作品を面白いモノにしているように感じました。ちょいと近親相姦的な要素もあるわけですが……。
で、なんでそこまで違和感が無いのだろう? と五分くらい考えて気がついたのは、その手の手法が古典的だから、という事実です。勿論古典的というは、古くさいという意味ではなく、日本の古典文学的、という意味ですな。
流石に本作ほど、複雑に絡み合っている訳ではないものの、それに近いもの、或いはもっと云ってしまえば、それの原型となっているような、そういうものは古典を読むとちらほらと散見されます。ま、それは蛇足ですね。

で、まぁ、バッドエンドが出たら、都度別の選択肢を摂ると、何とかエンドまでいけるのですが、最後に「HAPPY END」と表示されるものが出てきます。んが、見てみると全然ハッピーエンドじゃないというw
そこでも、別の選択肢を選んだりすれば、更なる世界を見ていく事が可能。

けれども、やっぱり本編のみだと、少し捉え所がないような、そういう印象があるのは確か。
オマケシナリオの方を読むと、一気にいままでの伏線が繋がっていくように。ただ、オマケシナリオの一発目は起動すると「できればシグノエンド後に読んでくれ」との文字が。されど、エンディングリストとかが存在しないので(先ほど述べたように「HAPPY END」なんて文字はたまに出てきたりしますが)、果たしてそれを見たのか否かがイマイチ微妙な気が。
ただ、それを見ても、ちゃんとストーリーは繋がるようになっていたので、きっとシグノエンドは見ていたのでしょう。多分……。
欲を言えばエンディングリストなんかがあると、便利だったと思います。いくつかのエンド(バッドエンドを含めて)を見る事で、世界の全体像が見えてきたりするわけで、そこまでシビアな判定ではなく、全然正規エンドにたどり着けないなんてことはないのですが、ちょこっとそういうリストがあると良かったかな、と。

んで、気になった点は、意外と誤字が気になりました。
「なお、○○である」という文章があった場合、普通「尚、○○である」と漢字変換します。が、「直、○○である」とか、そういう誤字があったように思えます。あと、これは商業のゲームでもよく見られるのですが、クオテーションの問題。
「俺は、“たこ焼き”が大好き」なる文章があったとして、それを「俺は、”たこ焼き”が好き」となってしまっているという。「“○○”」とすべき所を「”○○”」になっている、という事ですな。そんなに気にする所ではないのですが、一応。


大体、こんな所でしょうか?
イラストは可愛らしいですし、背景なんかも力が入っていて、ビジュアル的にも楽しめるのではないかと思います。ストーリーも私好みのSF風味。
クオリティは高いと思いますので、是非興味を持たれたらプレイしてみて下さい。


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-27 21:51 | サウンドノベル
2009年 02月 26日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『がんばれっ みなみ!』

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道玄斎です、こんばんは。
未プレイの作品を掘り起こしてきてちらほらプレイしているのですが、結構長目のものばかり残ってしまっています。3時間くらい掛かるヤツとか。
でも、中にはどうも短編の匂いのするものもあって、プレイしてみたら案の定、という。
というわけで、今回は「Wataame Castella」さんの『がんばれっ みなみ!』です。
どうもサイトの方にダウンロードリンクが無かったようなので、ベクターのそれを張っておきましょう。こちらからどうぞ。


ショートサイズで、しかも極めて淡い百合作品でした。
私個人の意見ですが、百合系の作品はロコツなものよりも、このくらい淡い雰囲気の方が好みですねぇ。
見ていて、ちょっと微笑ましくなってしまう、そういう綿菓子のような雰囲気が魅力の作品。

短いながらも演出面では物凄く頑張っている印象です。
というのも、台詞が所謂「ふきだし」で出てきたりするんですよね。
「ふきだし風」っていうと、例えば学園ハートフルコメディ『S-H』なんかも、それっぽかったですが、本作の場合、もっとマンガなどでお馴染みの「ふきだし」です。って変な物言いになってますがw

又、立ち絵というものが無くて、全部一枚絵で構成されているって云っていいのかな? 
ですので、ビジュアル面も中々。個人的にとっても良かった所は、本作のヒロイン(?)桃ちゃんのスカート丈だったりしますw あのくらいの長さだと膝がちょっと見えるくらいですね。寧ろそのくらいの方が上品で、奥ゆかしくて私は好き。

奥ゆかしいって、落ち着いて言葉を分解してみると「奥(が)/ゆかしい」わけで、現代語(?)に直すと「奥を見てみたい」という事に。「ゆかし」は「見たい/聞きたい/知りたい」とか、そういう意味の言葉ですよ。
スカート丈の問題でそんな言葉を使うと、変態みたいですが、ご了承下さいw

恒例の脱線ですが、女性はやっぱり「奥ゆかしい」方がいいと私は思います。
何もかも開けっぴろげにしているよりも、「どういう人なんだろう?」とこっちが興味も持つような、そういう秘密の部分っていうのかな? そういうのを(外見でも中身でも)持っている方が素敵ですよ。


プレイ時間は本当に短くてせいぜい3分と云った所でしょう。
だけれども、ふきだしの演出あり、ちょっと豪華な感じのイラストありで満足度は高め。
内容も、特に激しいものは無いのですが、思わず、くすりとほほえんでしまうような、そういう作品。

百合好きの方は是非是非プレイしてみて下さい。


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-26 19:46 | サウンドノベル
2009年 02月 26日

なんてことない日々之雑記vol.182

道玄斎です、こんばんは。
何だか寝付けず、しょうがないのでお酒を呑んでいるのですが、皆様は如何お過ごしでしょうか? っていうか普通寝てるわな、この時間なら……。



■ウォーミングアップ

というわけで、どでかい案件が片付いたので、少しだけ余裕が出来ました。
最近、あんましレビューを書いていなかった、いや、ゲーム自体あまりプレイ出来ていなかったわけですが、少しはゲームのレビューが出来るのではないかと。

んで、まぁ、折角ですからダウンロード済みの作品の中から、気になっていたモノをプレイして、ウォーミングアップをしています。直球の学園モノという感じなのですが、安易に恋愛に走らない所が好印象。
最近、恋愛を主軸としない作品も増えてきていますね。
時々、無性に恋愛モノはプレイしたくなるのですが、あんまり恋愛恋愛していない方が私は個人的に好きかもしれません。こっちが赤面するくらいの恋愛描写を出してくれたりすると、またそれはそれで嬉しかったりするんですけれどもw

んで、ウォーミングアップとしてプレイしていたゲームもレビューでご紹介しようと思ったのですが、readmeを見てみると「引用も駄目」ってな事が書いてあったので、泣く泣く断念。
引用ってのは、権利としてあるっちゃあるんだけれども(引用元を明記するとか、引用に対して自分の著作物が主従の「主」になっていることとか、いくつか条件はあるのですが)、引用自体も厭だって明記してあるのに、引用するのもまたそれはそれで何となく気が咎めるので、止めにしました。

良くあるストーリーっちゃストーリーなんですが、堅実に作られていて、一つのスタンダードとなっているような作品だったので、ご紹介したかったのですが、まぁ、しょうがないですね。


そういえば、ネットを徘徊している途中で、ゲーム制作に役立つページ(?)を見つけました。

やる夫がVIPでエロゲ製作をするようです

です。
結構、リアルで面白いと思いますよ。一度目を通すだけでも結構為になるのでは?
実はワタクシ、某巨大掲示板はあんまり、というか殆ど見ないんですけれども、たまにこういう為になるものは、まとめページ的なもので見たりします。
普通に凄い勉強になるようなものもあって、中々侮れない。


さて、コップ一杯日本酒を呑んだら眠くなってきました。
というわけで、今日はこのへんで。

それは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-26 02:25 | 日々之雑記
2009年 02月 24日

『日本の文章』 外山滋比古著 講談社学術文庫

道玄斎です、こんばんは。
今日は、お昼過ぎからちょっと遠出をして、戻ってきてから書き物をして、そいつを郵便で出す、という結構めんどくさい一日でした。添付ファイルが通用しない事もこの現代に於いてまだまだあるようです。
で、結局、郵便は最終便ギリギリで出しました。郵便局って八時までやってるのね。


というわけで、滅茶苦茶久しぶりの読了記録。
「ノベルゲームと関係ねーじゃん」と言う勿れ。ゲームシナリオのライティングなんかにも大いに関係のある本だったように思います。
この本自体は、かなり昔に「面白い本があって、読んでいる」とちらりと名前を出したように記憶していますが、本が常時積み上がった部屋で生活をしていたりすると、読みかけの本がどっかに行ってしまう、という事がままありまして……。
先日、書庫の整理をしたらひょこりと出てきて、今日も移動時間なんかに読んで読了。

本のタイトルから、「文章指南の本」と思う向きもあるかもしれませんが、さにあらず。
読みやすい文章とはどういうものか? 一方で読みにくい文章とか何か? 翻訳に関する諸問題、日本人の作文下手はどこから来るのか? など「文章」にまつわる話が沢山詰まった良書。聖書の欧米人に於ける作文に及ぼす影響なんかもかなり興味深い話でした。
一本の大きな本、というよりは、一話につき6~10ページほどの文章にまつわるエッセイ集といった趣です。著者は英文学・英語教育に精通している先生でもありまして、却って日本語を専門にしている先生の書いたものよりも鋭い視点で文章というものを捉えています。

今、見てみると、本の後ろには「¥450」とシールが貼ってあって、その下に「BOOK・OFF」なんて文字が。
多分、結構前にブックオフで興味を持って購入したっぽいです。
本筋からは離れてしまうのですが、私は「本は購入する」ようにしています。図書館で本を借りる、というのはどうしようもない場合(既にして入手不可のものとか、貴重書など)はそれはそれとして、どうにも読んでも記憶に定着しない気がするんですよ。
それに、私の場合、読んでいて気になった部分があると、(文庫の場合は特に)本の隅っこを折って目印を付けたり、或いは鉛筆で線を引いたり、チェックを付けたりします。図書館の本はそういう事をしちゃ駄目ですからねぇ。

これからお話しようと思っている、この本の内容も、私が付けた折り目を元に、読書した記憶を辿るわけですな。


著者である所の外山氏は「何でもいいから書いてみなさい式」の幼年期に行われる作文教育が、我が国に於いて上手い文章の書き手の少ない理由の一つとして挙げています。
そもそも、自分自身の記憶を辿ってみても、国語の先生が上手な文章を、或いは印象に残るようなフックのある文章を書いていた事は皆無です。
まぁ、私自身、「上手い文章とは?」というどえらい問題を語る資格があるのか、という大前提の問題がありますが(こうやって駄文を書き散らかしているしね)、そこはそれ、割り切って書いていく事にしますw

著者は「型を覚えさせる事が大事」というような主張をなさるのですが、これは私も大賛成です。
別に外国の真似をしろってんじゃなくて(アメリカなんかは、こういう文章の型を覚えさせるのが国語教育の大事な要素になっているようです)、最低限の型があって初めてオリジナリティが出てくる、という考えです。

昔、やはりどなたかの本(もしかするとこの著者かもしれない)で読んだのですが、そこにも「何事も型が大事だ」と書いてありました。更に、印象に残っているのは「型が出来ているから、型を壊して“型破り”な事が出来る。一方で型がないと“型無し”になってしまう」という趣旨の文章。

私も最近、特に文章を書く上での「型」という問題を意識するようになっています。
いや、意識していても自分の文章はいつものまんまだけどもw
何で、文章の型を意識するようになったのか、というと、私の所に良く論文の添削みたいな依頼が来るからです。論文といっても、エッセイと区別の付かないようなものではなくて、一般的な学術論文の類。
で、博士課程に一応身を置きつつ、これから学術の世界に打って出ようとする人の論文を読んでも「何だこりゃ?」と思う事が屡々あるのです。

敢えて、学術論文(人文系だと思って。理系は分からん)の型を示すとすれば、それは三拍子になると思います。つまり、

①「結論」

②「論証」

③「結論」

という順番の型です。
勿論、好みやスタイルというものは個々人であると思いますし、こうした型に囚われずに文章としても素晴らしい論文を書く方も大勢いらっしゃいます。
だけれども、自分が経験したり考えたり、人の物を読んだりして感じた学術論文の基本型はこの三拍子になるのではないかと思うのです。

最近、私の元に添削依頼がやってくる論文は、こういう型を持っていません。
あわてて付け加えておきますが、私は人の文章に添削出来るような、そんな大層な人じゃありやせんぜ? だけれども、半ば一方的に送られてくるんだからしょうがない。

で、どういう論文が送られてくるかってぇと、先ず序として、なにやらゴニョゴニョと先行する研究史の纏めみたいなパートがあって、何だか良く分からないままに、論証パートが始まって、かといって結論部がその論証の結果を示すものでもなくて、何だか更に新しい結論が導き出されたりして、最後の跋文では「紙幅の都合で……」云々云々、というタイプ。

あちらさんは私にそれなりの信頼度を以て、添削を依頼してきているわけですから、私も全力で自分の考える所を明らかにして、フィードバックしてやらねばなりません。
ですので、「最初に結論を述べて、論文の全体像が見えるようにしろ」と多少厳しい言い方になってしまうのかもしれませんが、主張しております。
個人的に、結論部が分からないまま、論文のような文章を読むと、何だか足下が危なっかしいというか、どこに行くのか分からない妙にフワフワとして落ち着かない気持ちになるのです。最初に結論を示し「終着点はここですぜ」という主張があれば、後は安心して読める。

で、最初に示した結論がどうして導き出されるのか? という論証パートを経て、最終的にやっぱり結論は○○です。という再確認をする。やはり、この型が私は一番学術的な論文には合っていると思います。
勿論、先行研究の問題を取り上げるのは大事な事ですし、それが無いと説得力もゼロになってしまいます。けれども、そうした部分に気を取られ、却って論文そのものが分かりにくい何だかヘンテコな文章になってしまっている事が多い気がするのです。

これって、もしかすると、作文教育なんて殆ど行わない我が国の国語教育であっても、誰しもが習う「起承転結」という文章作法に根本的な問題があるのかもしれません。
それを我々は(と一般に敷衍してますが、きっとそうだよね?)何でもかんでも「起承転結起承転結」とお経の様に言われてしまったので、結論は最後に持ってくる、というやり方が、染みついてしまっているのかも。
ただ、これも何度も書いてますが、この起承転結って元々漢詩の「型」なんですよね。漢詩を書く文には便利かもしれないし、適切な型であっても、「現代」の「事実を伝えるタイプの日本語文章」を書くにはあまり適していない型なのかもしれません。特に論文とかでは。
つまり、起承転結が適切な文章と、適さない文章がある、という事ですね。

漢詩ってのは、ある種の「ドラマ」な気がします。
五文字四行だったりの文章に、世界を与えて、ドラマを見せる。そういう或る意味でドラマチックな文章ではないかと愚案致します。
だからこそ、実は「起承転結」型は、ドラマを描くノベルゲーム/サウンドノベルにも適用可能なわけです。うんと単純に一般的なハイスクール恋愛アドベンチャーを例にしてみましょう。


①朝、学校に行く途中の曲がり角で、食パンを加えた女の子にぶつかる。ついでにパンツ見える。殴られたりと、暴力的な被害に遭う主人公。教室に着くと「転校生が来るぜ」という話題で持ちきり。何と転校生は朝ぶつかった(そして殴られた)あの娘じゃないか!

②朝ぶつかった事が縁になって(プラスして、朝の女の子は、何故か主人公の周囲に空いた席があって、そこに座る事になる)、少しづつ親密になっていく主人公と女の子、というかヒロイン。

③このままラブラブ展開一直線か? と思わせておいて、ヒロインには何か悩みや過去に何かあったらしい事が分かり、波乱の展開に。

④実は、転校生は、主人公が幼い頃仲良くしていて、今も夢の中に出てくる名前も忘れてしまった女の子だったんだ! 何故、そんな大切な事を主人公は忘れてしまっていたんだ? そう、そこには主人公とヒロインの間にとても悲しい出来事があったからなのです。だけれども、主人公は記憶を取り戻し、「あの時、守ってやれなかったけど、お前が好きなんだ!」と告白。二人ともそこでようやく過去の柵から解き放たれ、ラブラブハッピーエンド。


と、まぁ、こんな感じw
伝えたい事は分かるでしょ?w
で、大事なのは、①②③④が、起承転結に対応しているという事。
逆に、こういう(というにはあまりにもベタ過ぎるけど)ドラマにおいて、結論が先に出てしまったら、全然面白くないというか、ドラマにすらならないという。
今の例で言うと、朝ぶつかった時に「お前……○○じゃないか!」と一発で思い出して、一瞬でアベックになってっしまうというヤツです。そんなゲームはないよねぇ。勿論、「結」か? と思わせておいて実はそれが「起」だったという可能性もあるわけですが。ああ、そうだ。「ぼたんゆきタイプ」がそういう展開をするんだったw 久々の『ぼたんゆき』への言及ですな。

さぁって、何を書いていたんだか分からなくなってきたぞ……w
そうそう、日本の文章の問題でした。
だから、ノベルゲームで「起承転結」というのは或る意味で、スタンダードな型なわけですね。
一方で、新事実をお知らせする「論文」はこんなドラマチックな展開である必要な無かったりします。要はその新事実がちゃんと読み手に伝わるかどうか。問題はそこです。
ちゃんと内容も伝わって、その上でドラマチックで読んでいて興奮してしまうような、そういう優れた論文もあるっちゃあるんですが、そういう事が出来る人は本当に希。下手すると訳の分からない、電波系の文章になってしまう恐れだって十分あるわけです。だったら、最初っから型を守って、先ずはスタンダードに最も確実に相手に伝わる文章にしようじゃないか、その上で、一旦作った型を破って、「情報伝達」と「文章の美しさ」が両立するようなものを、少しづつ確立していったらどう? というのが私の考えなのでした。

だから、送ってもらった文章に、畏れ多くも結構駄目出しをしてしまったりします。
いったいてめぇは何様だよ? という事が聞こえてきそうですが、その責任の半分は私に送ってよこした方にもあるとおもふw


ここらへんで、話を『日本の文章』に戻していきましょう。

「どんな偉い人の文章でも、おもしろくなければ三行で投げ出すことができる」とい一文がありました。これはスピーチと文章に関わる章での文章なのですが、ここまでさっぱりと書かれると却って清々しいですねぇ。なんか「名作」とか「偉い人」が書いた文章となると、無理をして読んで、結局なんだか良く分からなくて、ある種の「苦行」みたいになる事が屡々。でもって分からないのは自分の頭が悪いせいだ……と思いこんでしまうのですが、偉い人だろうが何だろうが、「宜しくない文章」を書く事があるわけです。

翻訳の章とも重なってくるのですが、所謂「名作」と呼ばれるもので、私がどうしても読めない本があります。『失われた時を求めて』です……。いや、各巻のサブタイトルとかを見ると、んもう私のモロ好みな感じで「うわっ、今すぐよみてぇ!」と思ってページを繰るのはいいんですが、30ページも読むと辛くて辛くて。
で、「もう少し発酵するまで置いておこう」なんて考えて、暫く放っておくと、今度は読んだハズの30ページ分の内容が全て吹っ飛んでいる。
それで、また読み直すと、やっぱり30ページとか、頑張って60ページくらいまで読むんですけれども、やっぱり辛いので置いておく。そうすると読んだ部分の内容が吹っ飛んでいて、最初から読むんだけども……。

この無限ループをもう、15年くらいやってますw 
私の読んだのは勿論、訳本です。プルースト研究の第一人者の方が書いた訳本。だけれども、『日本の文章』に勇気づけられて敢えて言ってしまえば、きっとこの訳者は、「宜しくない日本語」を書いている! とおもふ……みたいな……?w
や、真面目な話、多分「訳」としては、ヘタクソなんだと思います。だって、日本語を母国語として、それなりに色々な本を読んできたりしている私が読めないのですから。って書くと何だか自信過剰な人みたいで厭ですねぇ。というか、普通に日本語を使って生活している人が読めないってのは、どうにもねぇ?
興味があれば、是非筑摩文庫の『失われた時を求めて』、読んでみて下さい。私の言った事の意味が少し分かるんじゃないかな、と思います。単純に私の頭が悪いだけ、だったら厭だなぁ……w

その他にも面白く、興味深い章は本当に沢山あるのですが、流石に長くなってきたので、あと一つでやめにしましょう。
それは「後と後の連結のついて述べた国語辞典が無い」という問題です。落ち着いて考えれば、そこまで言葉を規定するのは不可能に近いから、そうしたモノがないんでしょうけれども、ちと思い出した事があったのです。

そう、それは中学三年の初夏の事でした。
私の中学校は、修学旅行が三年に上がるとすぐに実施されます。実質二年生の時からコツコツ準備をしているわけです。で、三年になりクラス分けがなされると修学旅行の班決めが平行して行われ、あれよあれよという間に、京都に居るというw

で、卒業文集に生徒達が書く文章の内容は大体「部活」もしくは「修学旅行」についてです。
私もその例に漏れず修学旅行を卒業文集のネタにしました。ほら、だって部活って言っても囲碁将棋部だったし……w
それは兎も角、今でも覚えているのが、そのイントロ。

「今を去る事八ヶ月前、私達は修学旅行で京都に行きました」

それから、云々云々いつもの調子でどうでもいい事を書き散らかしていたのですが、何と担任であった国語教師からクレームが付きました。「今を去ること」という表現はオカシイから改めよ、というものでした。
うーん、確かに「今を去ること」っていうと、感覚的に「年単位」で時間が経った時に使うような気もしないでもないのですが、そんな事は些末な事のような気もする。
実際、卒業文集に載っている私の文章は「八ヶ月前、私達は~」と「今を去ること」だけを削除したもの(させられた)となっているのですが、「今を去ること」が付いていようと付いてなかろうと、そんなに関係ないような気がします。
こういう時に、「今を去る事」という表現は「年単位の過去を示す時に使われるものである」という辞書なり、学説なりの根拠があれば、納得出来るんですが、そうしたものを寡聞にして私は今までお目に掛かった事がありません。割と「今を去る事」なんて表現は普段何の気なしに使ってしまう事も多い言葉ですが、正しい用法(なるものがあれば)を調べるたつきが分からない。
「今」で辞書を引いても絶対載ってないのは分かるし、「去る」でやっても多分載ってないだろうな。

そうやって考えていくと、日本語ってかなりアバウトにみんな使っているんじゃないかな、なんて思うわけです。使い方の問題はともかく、そういう意識なりを持つ、という事に意味があるんじゃないかしら、とも。


もうタイピングも疲れたからこの辺で打ち止めにしますけれども、兎に角面白い本です。
文庫ですから、持ち運びも楽々。シナリオを書く人も、或いはレビューを書く人も、はたまた普段、文章を書いたりする事が多い人も是非読んで貰いたい本です。

で、もし、詳しい方がいらしたら「今を去る事」の正しい用法を教えて下さいw


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-24 23:02 | 読書 一般図書
2009年 02月 22日

なんてことない日々之雑記vol.181

道玄斎です、こんばんは。
書庫は片付いたのですが、書庫に着いている戸棚の中がとんでもない事になっているので、これを書いたら整理に着手しようと思います……。今日中に終わるか……?



■久々にRPG。

今日はノベルゲームではなくて、久々にRPGというか、シミュレーションゲームというか、そういうものをプレイしました。先日プレイした『Hundred Wires』をお作りになっている「礼門屋」さんのゲーム。
その名も、『メイドさんと紅のドラゴン』。そして、その続編(?)『メイドさんと最低の野郎ども』です。

面白かった!
主人公の名前は「メイドさん」。異世界に放り込まれて戦争に巻き込まれます。
メイド好きとしては、やはりプレイしなければならない作品でしょうw
で、最初にRPGって書いちゃったんですが、シミュレーションRPGというのが適切かな。実際、シミュレーションRPGツクール95(え? 95???)にて作られています。
イメージが湧かない人は、例のコーエーの『信長の野望』を思い浮かべてみて下さい。あれに、もっとキャラ同士の会話というか掛け合いを増やしていったイメージ。

かなりギャグもトバしてますし、下ネタも多め(アイテムの名前とか酷いのが多いw)。
だけれども、コミカルで飄々としていて、尚かつシリアスもたっぷりで大満足でした。
クリアし終わった後も、もっともっとプレイしたくなるような、そんな魅力に溢れた作品でした。
やっぱりメイドさんいいですねぇ……。
メイドさん好きなら、是非プレイしてみて下さい。
っと、シェア版もあるのかな? そちらは18禁になっている模様。



■いつのまにやら300個。

昨夜、「一体いままで何本くらいレビューを書いたのだろう?」と思ってチェックしてみたら、300本をバッチリ越えていた事が判明。ノベルゲーム/サウンドノベルオンリーで300本だから、まずまずと言った所でしょうか?

最近じゃ、ちょっと自分で数えるのも億劫だったんですけれども、こんな所を見ると、勝手にリストアップしてくれていて、本当に助かりますw 
とはいえ、まだまだたった300個という見方も当然出来るわけで、世の中にはもっと沢山の面白いノベルゲーム/サウンドノベルが眠っているので、今後もマイペースにプレイしていきたいですね。

最近じゃ、「サウンドノベル レビュー」とかで検索してもこのブログが出てこなくなっちゃったんですけれども、別にヒット数を稼いでもそんなに良いことはないので、このまま草の根活動的に頑張っていけたらな、と。

そういえば、もうすぐ「日々之雑記」も200回目が近くなってきました。
いつも思うのは、「どれだけどーでもいー話を垂れ流してるんだよ……」というw
本当は、ゲームの合間に挟んでいけばいいんだけれども、最近は日々之雑記の方が多めで、ちとマズイかな、と自分でも思っているので、少しづつそういう所の調整も出来たらいいな、と。



というわけで、今日はこのへんで。
書庫の戸棚、整理してきます……。
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by s-kuzumi | 2009-02-22 20:34 | 日々之雑記
2009年 02月 20日

なんてことない日々之雑記vol.180

道玄斎です、こんばんは。
ここ何日か、天気が安定しませんね。妙に暑かったり、逆に妙に冷え込んだり。
季節的なもので言えば、今の時期は通常「すっごい寒い」時期なんですけれども、地球環境がいよいよ危なくなってきているのかもしれません。



■機材についてあれこれ。

ちと、思う所があって主にネットを通して活躍されている声優さん(ボイスコーポレーターさん)のページをあれこれ見ています。
無料でお手伝いして下さるのに、クオリティの高いお声を持つ方も多数いらして、ページを見ているだけ(んでもって、サンプルボイスを聞く)でも楽しいものです。

勿論、有料でお手伝いして下さる方も多いのですが、そうした方の中には防音室まで持っていて、相当本格的な機材を揃えている方もいらっしゃいました。一概には言えないと思うのですが、やっぱり機材をしっかりと揃えていらっしゃる方のボイスは、クリアに聞こえますね。

多分、或る程度、ノイズが入っていても波形編集を行えば、やはり或る程度はカットする事が出来るハズなので、あまりノイズに関しては神経質にならず、広く色々なボイスコーポレーターさんのサイトを見てみようと思っています。
それ専用の強力なソフトがあれば、編集もパワフルに出来るわけですが、フリーでも使い勝手の良いソフトはいくつかあります。Audacityとか、SoundEngine Freeとかね。こういうのを使えば、ネットでの音声配信なんかでも効果を発揮してくれるハズ。エフェクトも掛けられるし、何よりフリーなので、効果音作りの仕上げとかにもガシガシ使用したいところ。

そういえば、マイクっていったら例のSM58、俗に「ごっぱ」とか呼ばれるものくらいしか知らないのですけれども、本当に色々な種類があるようで、そういうカタログなんかも併せて見てみるとあっという間に時間が経ってしまう事も屡々。や、私は声質が良くないので、自分の声を表に出したりする事はないので、ご安心あれ。

とはいへ、以前やりたいなぁ、と思った事の中にはネットラジオなんかもあって、これもやっぱりそれなりの機材が揃ったりしたら烏滸がましいけれども、やってみたい気もしますw
トータルでのクオリティを手っ取り早く上げる方法の一つとして「しっかりとした機材を導入する」というのは、やっぱりあるわけで、お金は意外と掛かるんだなぁ、と。

で、そのボイスコーポレーターさんの中には、音圧を上げたり、ノイズカットとか、そういう事もやって下さる方もいらっしゃいましたよ。使用しているソフトはCUBASEが多かった気が。
例の超人気の音楽制作ソフトですな。確か定価で最上位版が11万くらいするんだっけ? WindowsでもMacでも使えるのは凄いのだが、流石に少し高い気もw 
私のメインで使っているソフトが最上位版で42000円ですから、二倍以上もする……。

とはいえ、CUBASEはオーディオファイルの扱いに長けているようで、やっぱり値段に見合った、若しくは値段以上の価値があるソフトなのでしょう。
ちなみに私のヤツはオーディオはイマイチらしいですw シンセは沢山付いてくるんだけども。


機材絡みで話しを進めると、微妙に今使っているキーボードに不満があったりします。
キーボードって文字を打つやつじゃないですよ? 鍵盤です。
何が不満かっていうと、所謂MIDIキーボードなので単体では音が鳴らないのです。「ちょっと弾いてみるか」って時にわざわざパソコンを立ち上げて、音源を当ててやって初めて音が鳴る。
MIDIキーボードですから当たり前なんですけれども、もうちょっと「弾きたい」と思った時にレスポンスが早くなると嬉しいですよね。カシオとかの「きらきら星」とかが自動演奏されたりする、ちょっぴりおもちゃっぽいキーボードとかも欲しくなりますねぇ。

ちなみに使用しているブツはEDIROLのPC-50。
恐らく、MIDIキーボードの中では最安値の一角に名を連ねているものだと思います。確か1万円くらいだったかしら? けれども、余計なものが付いていなくて使いやすい事は使いやすい。
49鍵で、場所もあまり取らずに済んでますしね。
さっきから、その手のカタログをつらつら見ているのですが、どうも単体でもピアノ音源が入っており演奏出来るMIDIキーボードもあるようです。お値段は25000円くらい。そういうのに置換してもよさそうですけれども、鍵盤のさわり心地とか押し込み具合とか、そこらへんが気になる所。ろくに弾けないくせにそういうこだわりだけは大きいというw

明日はちらりと秋葉原でも見てきますか。
多分、何も買わないと思うけれどもw


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-20 23:38 | 日々之雑記
2009年 02月 19日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『Hundred Wires』

b0110969_210955.jpg

道玄斎です、こんばんは。
ちょっと作業が煮詰まってきたので、さっくり遊べるゲームをプレイしてみたら、かなりの当たりでした。
全部のシナリオを見ると、やっぱり小一時間くらい掛かるんですけれども、3分ゲーコンテストに応募された作品ですから、番外編で扱う事に致しました。
というわけで、今回は「礼門屋」さんの『Hundred Wires』です。

これ……、本当に3分でエンディングまで見れるのかなぁ?w
多分、一回クリアーした人が「スキップ」機能を使えば3分で終わりますよ、的なニュアンスかも?

まぁ、それは置いておいて、本作は短編SFアドベンチャーという事になりましょうか?
かなり渋いSFの設定が見所の一つ。要するに他国と「無人戦闘機による代理戦争」を行う、というもの。
代理戦争……。なんか昨今のサッカーだオリンピックだってのも、代理戦争の一種のような気がしますが、本作のそれはSFらしく「戦闘機」に乗せる人工知能で戦わせる、というものです。

ゲームの進め方としては、プレイヤーは天才少女として、CPU、どういった人工知能を組んでいくかを選択していく事に。一種のシミュレーションゲームですよね。
その人工知能の組み方によって、戦闘機の能力が決まりエンドが分岐します。バッド・ノーマル・グッド・トゥルー・レアと5つのエンドが存在します。

そういえば、一応登場する国名は実在のものではないのですが、何となくうっすらとどこの国がモデルになっているのか、分かるような気がしますw そこらへんはプレイした方が想像力を使って……。
あと、本作、最後までプレイすると「礼門屋」さんがお作りになっている『ファインダードアイズ』との繋がりが見えてきたりして、『ファインダードアイズ』をプレイした人にも楽しめるようになっています。ちなみに私も以前レビューを書いております
私としても、順番はどっちでもいいから、この二つの作品は併せて楽しんで欲しいですねぇ。

短いながらも、イラスト(立ち絵)はちゃんと高レベルのものが搭載されていて、戦闘機の画像とかも見れますので、見た目も楽しい。
で、私が一番、本作で「ををっ!」と思ったのは、全体の構成というか、エンディングの締め方というか、そういう作品の構造、全体像に関する部分。かなり沢山のゲームをお作りになっている所ですから(良くみたら、商業のお仕事もなさっているようです)、ノウハウも蓄積されているのでしょう。やっぱり一味違う「作り慣れている感」というか、そこらへんの呼吸が良く分かってるなー、という。

この喩えは以前、出した記憶があるんですけれども、『ガラスの仮面』で主人公のマヤが、『二人の王女』という芝居のオーディションを受ける時に「かくれんぼ」をテーマにした寸劇みたいのをやるんですよね。
んで、その寸劇でマヤは「もーいーかい?」とか、隠れん坊らしいアプローチをしてシメるわけです。
それを見たプロデューサーは「こいつ、芝居ってもんをわかっていやがる……」とか何とか心の中で思ってマヤの才能にビビるというw

脱線しかけてますが、まさに、その感覚が、本作のシメにも出ているんじゃないでしょうか?
兎にも角にも、短いながらもしっかりとした作品だと思います。
SF好きや、或いは『ファインダードアイズ』をプレイなさった方は是非本作もプレイしてみて下さい。

それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-19 21:00 | サウンドノベル
2009年 02月 18日

なんてことない日々之雑記vol.179

道玄斎です、こんばんは。
日中は暖かいのに、夜になると急に冷え込みますねぇ。こういう時は体調を崩しやすいので、どうぞお気を付け下さいまし。



■またしても本棚。

というわけで、又しても書庫の整理。
こういうのってやり出すと止まらなくなっちゃうのよ。忙しくてゲームは出来ないけれども、「これは生産性を結果的に上げる為の行為だから仕方ないのだ」とか、誰に言う訳でもなく言い訳して、シコシコ作業しています。

今回、思い切ってかなりの数の本や雑誌類を処分しました。
でっかいデパートの紙袋で三袋分を取り敢えずは始末しました。
どういうもんを始末したかってーと、「コンピュータ絡みの本」が多い気がします。流石にもう古くて情報が役に立たないものとかが増えてきたので、ざっくり始末。だって、今更『MS-DOS入門』なんて持っていても使わないでしょ?w その他にも過去の遺産になりつつあるような、技術的な本を沢山始末しました。
ただ、オライリーのでっかい本(sendmailとか、BINDとかのヤツ)はどうにも捨てるのが忍びなくて、そのまま残してあるのですが……。sendmailも段々使われなくなって久しいですしね。最近はPostfixとかばっかりに思えます。

で、まぁ、ざっくざっくと自分でもすっかり存在を忘れていた本が出てくるわけですよ。
この前も一回、書庫掃除したのにね?
好きだった人に勧められた本(岩波文庫の青シリーズだw)とか、好きだった人に貰った本とか、やっぱり好きだった人がくれたポストカードだとか。
こいつらが出てきた時点で、相当アンニュイな気分だったわけですが、頑張って整理を続けます……。
私の好きだった人は、それはもう、天才的な人で、特に所謂一般的な「勉強」に関しては、あの人よりも凄い人を私は今まで見た事がありません。

私はモノを知らなくて、恥ずかしい思いをする事が多々あるのですが、彼女は脳みそが私の100倍は発達していて、知りたい事は何もかも瞬時に脳内検索して取り出すことが出来るという。ちょっと美化しすぎかしら?w けれども、本当にそのくらいのインパクトのある人だった事は確か。
少なくとも、勉強とかに関して、私は彼女に一切太刀打ち出来ませんでした。だって、大学卒業時に彼女は余裕の首席卒業です。私ですか? 彼女の成績と自分の成績表を付き合わせてみた事がありますが、多分三番か四番くらいだったんでしょう。けれども、こういうのは一番じゃないとあんまり意味がないですからね。
彼女は、別に東大とか、或いはハーバード大学とかオックスフォード大学とかコロンビア大学とか、そういうのだって、その気になればいくらだって現役で合格出来た人だったのに、敢えて私の通う芋大学に通っていたフシがあったわけです。それは、恐らく、彼女の学びたい分野は、たまたまあそこが適切だったからであって、そこまで超越しちゃうと、少しでも偏差値の高い学校を、とかそういう考えも無くなるようです。

ただ、彼女について私が思い出す度にいつも思うのは、大変失礼ながら「可哀想だった」というものです。
彼女は頭が良すぎるが故に、普通の人ではあまり考えないような事で色々と苦労があったのですから。
処理能力は本当に異常なまでに高く、インプット、そしてアウトプットの能力は群を抜いていたものの、自分の頭をブラックボックスにして、インプットしたものを全然別の形でアウトプットする、という事は苦手だったようです。なまじ処理能力が高いばかりに、そういう感覚的というか、そういう部分で悩んでいたのではないかと今は思います。
勿論、やっぱり異常なレベルで努力をしていた人だったんですけれどもね。こればっかりは、努力しても必ずそれが結果に結びつくわけではないので……。


っと、脱線しすぎましたね。
そんな「彼女」にまつわる思い出の品やらがゾロゾロと出てきたわけです。
で、なんかね、掛け軸が見つかったのよ。「これはもしや、お宝では?」と思って解いてみると(勿論、巻いてありました)、私の父の幼い頃の習字大会の「銀賞」のお習字でしたw まぁ、多分インチキでしょうねぇ。彼が書いたのではなく、彼の母親、つまり私の祖母が書いた気配がヒシヒシとしています。
かく言う私も経験ありますものw 祖母が書いたお習字をそのまま「お習字の宿題」として持っていったら、区の習字大会で金賞を獲ってしまったというw

それはさておき、昔は学校のお習字でも綺麗に装丁をしてくれるんですね。
所謂「掛け軸」として装丁されていましたから。軸がついて、風帯こそは無いものの、巻いて留めるヒモもちゃんと完備。
この手の掛け軸や古典籍の扱い方については、昔昔大学院で教わりました。宮内庁の人が来てくれて付きっきりで何度か指導してくれましたねぇ。教材として使う掛け軸や古典籍はレプリカもあったけれども、本物のとっても貴重なモノを使ったりもしました。だから、日常では全く使う機会が無いですけれども、巻物を巻くのは結構得意だと思いますよ?w

ですので、父の書いた習字を綺麗に丸めて、隅っこに押しやったら、又、すっかり存在を忘れていた本を発見。それは所謂心理学系の本なんだけれども「女の子にモテる心理学の応用テクニック」みたいなw
これは恥ずかしい! こんなのを読んでいたとは……w
だったら、ここで暴露しなきゃいいじゃん? という声も聞こえてきそうですが、そこを敢えて暴露してしまうのが私の流儀w
問題は、その手の「恋愛心理学」の本に載ってるテクが効くのか、効かないのか? という所にあるわけで、その辺りについてもざっくり語っておきましょう。端的に言えば、

・短期的にはそれなりに「使える」。

です。飛び道具ってわけじゃないけれども、短期的に見ればちゃんと使える技術である事は間違いないと思います(状況とかにも拠るけれども)。だけれども、それが長期に渉って持続するのか、は別問題。
本当に長期的に見ても効くものならば、私はとっくに結婚くらいしているでしょうw
大体、いつも思うのですが、女性向けにもその手の本、ありますよね? 「恋愛の達人が教える極意」みたいなのがさ。ちらっと好奇心で本屋でパラパラみてみると、どうにも胡散臭い。
それもそのハズ、著者は「結婚した事がない女性」だったりするわけで、本当に結婚までしたい人にとって有益な示唆を与えてくれる著者ってのは、その著者自身が結婚して円満で幸福な家庭を築いている人なのではないでせうか? 或いは何度も結婚しているとか、兎に角結婚歴がないと何だか説得力に欠けるような……。

経験則ってのもあると思うけれども、どちらかといえば、ちゃんと心理学の成果を踏まえたものの方が(それが短期的であっても)効くみたいです。
以上、未婚の男のつぶやきでしたw



まぁ、そんなわけで、今日は寝るまで書庫の掃除をする予定。
あと数時間であれだけの量が片付けられるのか、かなり怪しいのですが、ちょっと頑張ってきます。


それでは、また。


※追記

結局、先ほど大雑把に書庫の整理が終了。
疲れたので、日本酒を頂く。今日のお酒は「黒帯」。珍しく吟醸とかではなく普通の純米。
いつも買っている酒屋のおばちゃんが言うには「甘めで、女性に人気」との事。お値段もかなり安い。おばちゃんは「お燗にしても美味しい」と言っていたのだが、取り敢えず基本は冷やで。

確かに、女性に人気というのは分かる気がする。
凄くすっきりとしていて、酒っぽさを感じない。酒というよりも水に近い感じかも。その分、日本酒の持つコシというか、味の強さみたいのは薄い。呑みやすさと引き替えに強さが無い印象。淡い味のせいか、酔いもそんなに回らない。こういう日本酒があったのか、という感じ。
ただ、個人的な好みでいうと、もう少ししっかりと日本酒の味が出ている方が好き。

すっきりと味の深みのバランスでは、やはり愛飲している「明鏡止水」が一番。大吟醸だと一升で一万円を超えるものもあるから、お値段は高めなんだけれども。

甘みというか、旨味が強い酒で好みなのは「白笹つづみ」。
以前も書きましたが、この酒造では酒にモーツァルトを聴かせているそうな。
そのせいかどうか分からないけれども、確かに美味い。吟醸酒しか呑んだ事はないんだけど、滅茶苦茶美味い。720mlで1800円くらいというお値段に見合った味がする。
日本酒度から言えば、甘口というよりは辛口に近いハズなんだけれども、何故か甘く感じる。不思議。
最寄り駅にあるちょっと高めのスーパーの日本酒コーナーにて、ちゃんと温度管理をして置いてあったんだが、最近、入荷しなくなった……。残念。もう、蔵本から直接送って貰おうかしら?
ご近所で購入出来るお店があるならば、是非おためしあれ。


というわけで、少し良い心持ちになってきたので、ぼちぼち床に就きます。
それでは、お休みなさいませ。
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by s-kuzumi | 2009-02-18 21:27 | 日々之雑記
2009年 02月 17日

ノベルゲーム愛好家のDTM勉強会 第八回目

道玄斎です、こんばんは。
色々作業がこの時期、立て込んでいて、中々ゲームが出来ずイライラすると昨日書いたような記憶があります。段々終わりは見えてきているのですけれども、結構厳しいものがあるなぁ、と。

んで、ゲームが出来なきゃ、日々之雑記とかしか更新出来ないので、少しでもゲーム寄り(?)という事で又してもDTMの話題を。
いえいえ、今日はもう効果音は作りませんw 流石にあれだけやると私も飽きてきてしまいました。かといって、また何か新しいものを作って、ってやると時間が無いし、めんどくさい。よって、今まで上げた音源で使い回せるものを利用して、ちょこちょこっとw



■和風っぽい曲を(再び)考える。

先ずは、お聞き下されば幸いです。

こちらからだうぞ。

そう、これは第二回目の時にブチ上げてみた、和風っぽい曲です。
こいつを、解剖して「和風っぽい曲」の本質(っていうと大げさだけども)に迫ってみようじゃないか、という企画。
勿論、内容は私が書いてるくらいだから、超易しい。
誰でも分かる、即試せる、がモットーですよ。詳しい方のご意見やご指摘があったらうれしからまし。

で、上の曲は、本当に何となく鍵盤にお琴の音をセットして、適当に自分の気持ちよい感じに弾いていったものです。和風っぽさは多少意識しましたが、だからと言って何かをしたわけじゃなくて、和風っぽい音(=お琴、本当は大正琴)を使う、「お琴の音に合うようにする」くらいのもんです。

さて、聞いて頂いて、何か気がつく事はありますでしょうか?
「ヘタクソだな……」「マジでどーしよーもねぇ……」とか、そういう感想もありましょうが、そこは今回は放っておいて頂戴w

もうちょっと分かりやすくする為に、メロディ部分だけを切り出してみましょう。イントロの所は無視してね。
あっ、ちょっとDAWを変えたりして、当てている音色が異なりますが、お琴系である事は間違いないと思うので。。とにかくベタっと打ってます。

というわけで、こちらもだうぞ。

さて、如何でしょうか?
気がつく人は気がつくけれども、作った本人でも気がつかなかったんだから、意外と気がつかない人も多いかもしれません。
そう、似非和風の曲はメロディ部分に「ファ」と「シ」の音を一音も使っていないのです。ちなみに、普通に白鍵のみしか使ってませんよ?



■こいつが「47抜き」(よなぬき=四七抜き)だ。

というわけで、似非和風の曲は、ドレミファソラシドの中で「ファ」と「シ」の音を避けて作られていました。私も気がつきませんでしたw

つまり、

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド

という一般的なハ長調の音階ってのがあって、その四番目と七番目の音、「ファ」と「シ」が抜けているわけですな。
よって、

ド レ ミ ソ ラ ド

なる音階になっている、という。
これを俗に「47抜き」(=よなぬき)と呼ぶようです。勿論、四番目、七番目の音を抜いて音階が構成されているから「47抜き」です。
別にハ長調でなくても、四番目と七番目の音を抜けば47抜きになります。その場合は四番目と七番目に相当する音が「ファ」と「シ」じゃ無かったりするわけですが、そこらへんは分かりますよね?

この47抜き音階は、日本の伝統的な音階だそうな。
だから、これを使って曲を作ると、自然と和風っぽい曲になるという寸法。というか、「和風っぽくしよう」と思って、適当に鍵盤を弾いていると、47抜きを意識せずに行っていたりするわけです。私のようにw
や、本当に、適当にファとシを避けて鍵盤で弾いているだけで、和風っぽくなりますぜ。音色を和風っぽい音にしてやると効果倍増。
是非是非おためしあれ。



■折角だから沖縄風も。

和風の音階を見たわけで、それに派生して、沖縄風というか琉球風の音階も調べたら見つかったので、ついでにご紹介しておきましょう。
例によって、白鍵のみ、「ドレミファソラシド」でいきますよ?

今度は「レ」と「ラ」を抜きます。
つまり、

ド ミ ファ ソ シ ド

となるわけですな。

こんな音になります。

どうでしょう? かなりそれっぽい感じが「ミ」「ファ」の辺りから漂ってきませんか?w
これはつまり、先ほどの47抜きと同様に、ドレミファソラシドから二番目の音と六番目の音を抜いているわけです。

というわけで、ジングルっつーか、それっぽいものをこの琉球音階で作ってみました。

こちらからだうぞ。

適当に、このドミファソシドから音を選んで打ち込めばOK。意外な程簡単にそれっぽいものが出来るでしょ?
ゴメン。補足。今Wikipediaを見たら、ちゃんと解説がありました。それによれば、この26抜きは、
同じように、ニロ抜き音階は「二六抜き音階」とも表記し、ニロ抜き短音階を西洋音楽の短音階に当てはめたときに主音(ラ)から二つ目のシと、六つ目のファがない音階のことである。俗楽の陽旋法がこれに当たる。

だ、そうです。



如何でしたでしょうか?
和風にしたけりゃ、47抜きを、琉球風にしたけりゃ26抜きをしてみろって話ですな。
詳しい方にとっては「常識」レベルなのかもしれないのですが、鍵盤で実際に弾いてみたりすると面白いですよ?
和風っぽいノベルゲームを作る際とか、結構使えるテクではないかと。こういう考え方が合っているのかどうか分からないのですが、ドレミファソラシと七音の中からメロディを考えるのではなくて、五音の中からですから、少しは楽なのではないかとも。


というわけで、今日はこのくらいかな?
何かのお役に立てれば幸いで御座います。


それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-02-17 20:01 | 日々之雑記