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久住女中本舗

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2011年 12月 03日

フリーサウンドノベルレビュー 『茜街奇譚』

フリーサウンドノベルレビュー 『茜街奇譚』_b0110969_187549.jpg

今日の副題 「文章随一伝奇ノベル」

※吟醸
ジャンル:不思議な街を舞台とする伝奇ノベル(?)
プレイ時間:2時間程度。
その他:選択肢アリ。選択肢によってエンドが分岐し、短編が見られるように。
システム:吉里吉里/KAG

制作年:2004/?/?(本レビューはVer.1.03
容量(圧縮時):30.6MB




道玄斎です、こんばんは。
最近、昔にプレイしてはいたものの、まだレビューしていなかった作品を読み直していく、という行為が気に入っています。温故知新と申しますが、この界隈で「古典」となっているような作品からは、まだまだ多くの事が学べるのではないかと思います。
というわけで、今回は「詩的廃屋」さんの『茜街奇譚』です。
良かった点

・界隈随一の文章力。

・その文章力故に、凡百の伝奇作品とは一線を画す。


気になった点

・選択肢により、ストーリーが分岐するが、一本道でも良かったような……。

・後半、展開が急で少し置いてけぼりにされる所も。

ストーリーは、サイトの方から引用しましょう。
それは、人と鬼とが棲む街の物語。
東京の「茜街」という、架空の街を舞台にした現代御伽噺(おとぎばなし)。

と、これだけじゃ、少し物足りませんので、若干私が補足しておきましょう。

加倉井元子と加倉井智子の姉妹は、茜街のマンションで暮らす、仲の良い姉妹だった。その頃茜街では連続殺人事件が起こり、人々は不安を抱えながら過ごしていた。そんなある日、智子が行方不明になってしまい……。

と、大体こんな所でしょうか。
歴戦のノベルゲーマー達がこぞって賞讃する作品、それが本作『茜街奇譚』です。
何と云っても、本職の物書きであった作者さんによって紡ぎ出される文章は、流石の一言。ノベルゲームの価値基準として、あまり話題にならない「文章の巧さ」なんですが、本作について言及がある場合、必ずと云っていい程、「高い文章力」という枕詞がついて回ります。
丁度、『クロスフェードに墜ちた夢』に「B級ハリウッド」という枕詞がつくが如し。

今更、その文章力についてあれこれ述べるのも無粋ではあるのですが、個人的に思う所を。
よくよく考えてみると、現行のノベルゲーム作品の多くが、「かなり読みやすい文章」で書かれている事、恐らく多くの人に賛同して貰えるのではないかと思っています。
「読みやすい」とは、「ライトノベル的」と言い換えてもいいかな……。文章そのもの、よりも個々の場面や、軽快なやり取り、ヒロインとの交情……その辺りに主眼が置かれています。勿論、それは悪い事ではなく、テンポ良く軽快に読んでいける、というのはノベルゲームの大きな利点ですし、テンポの良さ、は私も重視しているポイントの一つです。

ですが、そうした作品とは対照的に、「読ませる」文章を持った作品がごく稀に出てきたりします。
そうですね……パッと思いつくものだと『踏切』の中に収められている「羨望」という作品とか、『はるけきかなた』なんかもその中に入るかな。
こうした「読ませる」タイプの作品の筆頭に来るのが本作ですね。サラッと読み流す、というより、じっくりと文章を味わいながら読みたい……そんな作品になっています。


さて、中身に入っていきましょう。
大凡のストーリーの流れは、先に示した通りです。
が、それだけでは、ミステリーであって伝奇ではないですよね? そう、加倉井姉妹と関わっていく人物が、二人登場します。藤原姫乃と望月公信です。

ここで、もう一度、茜街について整理しておきましょう。
先ほどからサラリと「茜街」という言葉を使っていますが、云うまでもなくこれは架空の街です。どこにでもありそうな東京の外れの街。但し、この街には鬼が住んでいます。いや、この街に限らず作中世界では、あらゆる場所に鬼が存在している事が仄めかされています。
茜街に於いては、鬼と人の間に不可侵条約のようなものが取り決められ、鬼が人間を目に見える形で襲う、という事はありません。
その鬼と人との架け橋役となっているのが、望月公信です。

彼は、京都の陰陽師の総本山のような場所で修行した経験があるものの、落ちこぼれでまともに霊能力(?)を発揮する事が出来ません。何しろ破門されていますから。
が、彼にしか出来ない事があります。それは「鬼と意思疎通が出来る」という能力です。知能の高い、人間型の鬼ならば、言語で意思疎通は出来ますが、もっと原始的な鬼が相手だと意思疎通は不可能です。しかし、それが出来るのが望月であり、鬼達の「相談屋」として茜街の裏社会ではちょっとした顔となっています。

そして、その望月と共に行動する藤原姫乃は、かつて望月が修行していた総本山の跡取り娘。
生まれ持って、非常に強い破魔の力を持っており、望月と共に鬼が絡んでいる事件の解決を生業としているようです。

何だか、ストーリーの説明の延長のような形になってしまいましたね。
ともあれ、茜街で起こっている連続殺人事件を追う中で、加倉井智子の失踪事件にも関わっていく事となります。超自然的な力を持った人物が事件に介入する事で、一気にストーリーが伝奇らしさを帯びてきます。

又、作品全体を覆う、茜街の持つ雰囲気がいい感じですね。
裏には鬼が住んでいる、という少し暗い部分を持っている。だけれども、元子の元同級生が働いている居酒屋があったり、明るい部分も併せ持っています。どこか優しくて不思議な手触りを持つ世界で、世界観が非常に魅力的です。


特筆すべきなのは、その高い文章力故に、それが単なる伝奇とはちょっと違う趣を持っている、という点でしょう。通常、私達が「伝奇」と云った場合、思い起こすのは、超自然的なバトルが繰り広げられ、その中で友情や或いは恋愛感情が芽生えていく……と云った所ではないでしょうか? 少し図式的に過ぎますけれどもね。

確かに本作でも、そうしたバトルシーンがあります。
しかし、それは本当に後半の一場面であって、全体に渉って出てくるものではありません。又、チャンチャンバラバラ、といった感じでもなく、云ってしまえば割と地味。
寧ろ、このバトルシーンよりも、それ以前に積み上げられているストーリー。そこに重点があるのではないかと思うのです。
それは、元子にとっての智子の存在であったり、智子にとっての元子の存在であったりの姉妹の描写や、その裏側……。そこでは、「情」のようなものが描かれ、単なる伝奇より一歩踏み込んだ世界を見せてくれます。
又、上手い文章によって、「コテコテの伝奇」らしさが回避されているのも好印象ですね。コテコテのものもたまには良いのですが、毎回それだと食傷気味になってしまいますから。


さて、一方で気になった点に入っていきましょう。
本作の構成は、メインストーリーとなる「眠り姫と夢喰い。――そして桜の季節」と、三本の短編で成り立っています。メインストーリーにはいくつかの選択肢があり、ストーリーが若干分岐します。このメインストーリーで到達したエンドに応じて、短編が追加される、という仕組みです。
ですので、短編を全て見る為には、メインストーリーの選択肢で少し、試行錯誤が必要となります。

ただ……全4種類のエンドがあるわけですが、実質的には2種類なのかな、という気がします。
どのエンドを見てもバッドエンドっぽさはないのですが、それならば、いっそ2種類のエンドにする、とか或いは作者さんが「これがベスト」と思えるエンド一本に絞る、というのも手だったかな、と思いますね。
確かに、短編がメインストーリーのエンドに応じて追加される、という要素はあるのですが、一個読めば一個追加される、という形式もありかな。

もう一点は、後半が慌ただしく、読んでいて置いてけぼりにされてしまう部分があった、という点です。
これも先のも書きましたが、バトルシーン以前の場面、そこに多くの筆が割かれ、間違いなくそこに一つの主眼があるわけですが、後半になると、ガラッと伝奇テイストになってしまう。
勿論、伝奇的な作品であり、尚かつ伝奇以外の部分がシッカリと存在しているが故に、他の伝奇作品より一歩抜きんでている事、間違いありません。

とはいえ、それまで姿こそチラチラ出ていた姫乃が、急に表舞台に立つようになったり、或いは、望月の持つ鬼との意思疎通が出来る、という、所謂異能がフィーチャーされて、それまでの姉妹を巡る物語から、ちょっと離れたストーリーになってしまっている、という印象があります。それ以前のストーリーとの折り合いから、読んでいて「あれ? どうなってるんだっけ?」と思ってしまう部分もありました。
姉妹のストーリー、そして異能を持つ姫乃、望月のストーリーが相互に絡み合いながらストーリーが展開していくわけですが、そこに、ちょっと分かりにくさを持っている点、又、後半の慌ただしさ、置いてけぼり感があるという点、そこが最大の気になった箇所ですね。


他の短編ストーリーは、本編の補足、のような形で、大体どれも10分程度で読了可能なもの。
ストーリーを別の枠組みから捉え直したり、本編のその後を描いたり。選択肢云々いいましたが、是非全部読んでみて下さい。

今回は作品に触発されてか、結構真面目に……というかちょっとカタめに書いてしまいました。
何はともあれ、フリーのノベルゲームの中で、文章随一の呼び名も高い作品です。プレイして損はありませんよ。



それでは、また。



※追記

二周目をプレイすると、少しシーンが増えています。
それを見ると、大分ストーリーが分かりやすくなりますね。一周目で少し混乱した方は、是非二周目に挑戦してみて下さい。

by s-kuzumi | 2011-12-03 18:08 | サウンドノベル | Comments(0)
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