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久住女中本舗

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2007年 07月 08日

『日本の弓術』 オイゲン・ヘリゲル述 岩波文庫

久住です。

先日の「新陰流」の本は無事読了いたしました。
付録として、実際の伝書が数ページにわたって、印刷されていまして、剣の型を解説したものがあったのですが、どの技もみんなイラスト(?)が同じで、結局良く分かりませんでした。

① 仕太刀が打太刀に~

② そこで打太刀が、左前によけて~

と、このように段階的にイラストをつけて解説してくれると、一番わかりやすいのですが、昔の伝書ですからね。


今日は、また岩波文庫なのですが『日本の弓術』という本の読了記録です。
非常に薄い本で、ヘリゲル氏の文章は70ページに満たない程度の分量しかありません。
お値段も500円でおつりがきます。ちょっとした移動時間に読むのには最適ですね。

ざっとあらすじを。

大正年間に日本に大学講師としてやってきたヘリゲル氏は、日本の心は「禅」にあると考え、「禅」と関係の深そうな習い事として、弓術を習う事を決める。
そして阿波研造氏に入門し、弓術を学び、弓術を通して日本人の精神を学んでいく。


というような内容となっています。
阿波氏の指導は厳しく、「無心になろうとする事自体が無心ではない証拠である」といった調子で、ドイツ人であるヘリゲル氏は困惑するのですが、これはヘリゲル氏がドイツ人であるから、というのはあまり関係がないようです。
実際、今のわたしたちも阿波氏の目指しておられた弓を射る事が出来る人は、本当に稀なのでしょう。しかも阿波氏は「的に当てる」というある意味で、弓道の一大目標すら重視していなかった事がわかります。

阿波氏の達人ぶりは、次の一節が雄弁に語ってくれます。


先生は先刻から一語も発せずに、自分の弓と二本の矢を執った。第一の矢が射られた。発止という音で、命中したことが分かった。第二の矢も音を立てて打ちこまれた。先生は私を促して、射られた二本の矢をあらためさせた。第一の矢はみごと的のまん中に立ち、第二の矢は第一の矢の筈の中たってそれを二つに割いていた。 (47ページから)


先日、テレビを見ていた時に、アーチェリーの凄い技で、「ロビンフッド」というものがあることを知りました。矢を二本射て、一本目の矢筈に第二の矢を打ち込む、というものです(ウイリアム・テルなんて名前の技はないのでしょうか?)。
韓国の名人が、何度か挑戦した末達成していたようですが(それも素直に凄いと思うのです)、上記の描写では、阿波氏は暗闇の中で同じことをしているのです。明かりはわずかに蚊取り線香のものだけで、です。

本の後半に納められている「ヘリゲル君と弓」で、実はあれは偶然だった、と阿波氏が述べていた事が語られるのですが、それにしても全く凄いことだとおもいます。

わたしの知り合いのお嬢様が、大学で弓道を習っている、という話を最近聞きました。
お嬢様は、夏休みの間でも腕の筋力を衰えさせないために、ゴムのチューブを引っ張ったりとそういう修行を行っているそうです。聞いた話しですと、そういう鍛錬の仕方はわりと一般的に弓道の世界で行われるようです。

しかし、阿波氏は、力んだ射を戒めていたことが、この本によって分かります。
筋力ではなく、心で弓を引くのだそうです。
一見すると、非合理的で近代的ではないのですが、それが実際に一発で「ロビンフッド」と同じ事を暗闇の中でおこなってしまうエピソードを聞くと、そういう近代の合理的なもので解釈出来ない「何か」が、昔の武道家、武術家にあったと思えてしまうのです。

決して近代の武道や弓術を否定しているわけではないのですが、わたしは個人的に、そうした「何か」にひかれてしまうのです。

『日本の弓術』という本の紹介のつもりだったのですが、阿波氏の弓術に焦点がうつってしまいましたね……。
ともかく、昔の「達人」と呼ばれる人に触れてみたい人は、必読の書だと思いますよ。

by s-kuzumi | 2007-07-08 03:37 | 読書 一般図書 | Comments(0)
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