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2009年 05月 02日 ( 2 )


2009年 05月 02日

なんてことない日々之雑記vol.201

道玄斎です、こんにちは。

つい先ほどまで寝ていました。
昨晩、寝たのが四時半くらいだった(昨晩じゃなくて、今朝、だ)ので、グダグダと。
黄金週間は、微妙に溜まっていた作業やらを消化しなければならず、これから机周りを少し片付けて、作業に入ろうかと。



■お休みです。

まぁ、折角のお休み期間な訳ですから、色々やりたいわけですよ。
ゲームとかゲームとかゲームとか。
2時間くらいでさっくり終えることが出来るものがあれば良いのですが、プレイし直したいものなんかは、結構なボリュームがあったりして、上手く時間を捻出出来たら嬉しいなぁ、なんて。

そういえば、環境を整える、という意味で、又しても部屋、そして書庫の掃除をしました。例によって大型紙袋6袋分くらいゴミを出して、かなりスッキリしましたよ。ちょっと思い出として残っているもの何かも思い切って始末したりしちゃいました。
床に積み上げてある本も一端全部整理し直して、かなり部屋が広くなった! あとは冒頭で述べたように机周りを少し綺麗にしたい所。

他人が見れば「何だこのゴミためはっ!」と呆れるくらいの汚さな訳ですが、所有者である私からしてみれば、意外とシステマチックに整頓されていますw 「この山の中には○○に関する書類が積んである」とか、「ここの紙切れをどかすと印鑑が数種類置いてある」とか、本人は感覚的に理解しているのですw

ただ、絶対的に作業スペースが足りない為(パソコンで云えばメモリ不足)、少しそこらへんを整理しなきゃな、と。ただ、整理した直後は「あれはどこに置いたんだ……?」とか「もしや、捨ててしまったのではっ!」とかそういうちょっと困った事態になりがち。

この歳になって意外と便利だな、と思うモノがあります。
それは文鎮。そう、中学校のお習字の時間以来、全然使っていない、半紙を抑える鉄製のアレです。ほら、学期をまたいで取り出してみると、錆びちゃったりしているアレですよ。ああ、けどアレはステンレスなんだっけ? そういえば、良く誤解されるのは、「ステンレス」は錆びない、というもの。
確かに、stainがlessなんだから、錆びないような気もしますけれども、やっぱり手入れが悪かったり放置していたりするとちゃんと錆びます。一応、ちゃんと炭素が入ってますからね。

炭素の含有量によって錆びやすい、錆びにくいというのが発生する訳ですが、「完全に錆びない」というのは無いと思います。ちょっと今調べてみた所によれば、チタンだって、限りなく錆びにくいというか、錆が進行しにくいけれども、やっぱり錆びるという現象自体は起きるみたい。

っと脱線してしまいました。
文鎮でした。
ちょっとした紙の束を抑えるのに置いておく、メモが飛ばないように置いておく。
こういう時に文鎮があると、とっても便利。特に風が気持ちよい今日この頃ですから、窓を開けたりしているわけで。
で、だらしない事この上ない私が、中学校の時に使っていた文鎮を持っているハズはないので、勿論正規の「文鎮」ではなく「文鎮として使えるもの」を使用している、という事です。あっ、今書いていて気がついたのですが、文鎮ってちょっと字面がカッコいいですよね。文(ふみ)を鎮めるという。

文鎮代わりに愛用しているのが、「刀の鍔」です。
普通の刀用だと大きすぎるので、脇差し用の鍔を使用。縦5.5cm、横5.1cmくらいのヤツです。適度な重さもありますし、真鍮かな? で象眼もしてあるので、見た目も中々美しい。錆びもあるっちゃあるんですが、却ってぴかぴかのものよりも、このくらい適度の錆びていた方が美しいではないか。
一個でウン十万円もするような、高級で彫り物とかもガシガシ施してあるような、そんなものではなくて、もっと素朴な造型ですが、私の美意識としては、そういうものの方が好ましいのでした。

結構、文鎮、いいですよ?
紙の書類を多用する方は、是非おためしあれ。



■果たして出来るのか?

と、早速弱音を吐いています。例のゲーム制作です。
何か、コメントを頂いてしまったり、はたまたメールを頂いてしまったりプレッシャーがw

いくら何でも、仮タイトルとかも付いていないのはマズイなぁ、と思って無い知恵を絞って、あれこれ考えてみました。思いついたものは仮タイトルというか、コードネームみたいになっちゃったけどw
なんか、こう、しっくりとくるタイトルが現段階で浮かばないので、仮に「夏みかん」とか「敵性紅茶」とか例によって訳の分からないコードネームみたいなものになってます。
って、全然これじゃ内容分かりませんよね?w 私も何でこんな怪しげな仮タイトルを付けたのか、全然分からない……。
けれども、改めて考えてみると、微妙に「夏みかん」なんかは、イメージとリンクしているような所もなきにしもあらずという気がしないでもないかもしれないので、当面は“「夏みかん」(仮)”としておく事に只今を以て、決定しましたw

何事もそうだけれども、「設定」なんかを考えている時が一番楽しかったりするんですよね。
妄想炸裂で、自分だけのパラダイスを脳内で構築するという。だけれども、ゲームにする以上は受取り手がいるわけで、自分のパラダイスを主張するのとは又別の基準として、「どうやって分かって貰うか?」という視点が重要になります。

ベタってのは、ゲームとかに於いて、割とマイナス評価になりがちですが、優れた作品というのは「一般に訴求するモノ」ってのを必ず持っているんじゃないかと思います。個性とか特異性みたいのがガシガシ出てきて、一部の人にしか分からない、となっちゃうとそれはそれでマズイのかなぁ、と。
敢えて云ってしまえば、「優れたものは優れた一般感覚から生まれる」と云っても良いのではないかと。個性を出そうと思ったら、極めて一般的に物事を見ることが出来る、そういう視点も重要になってくるのではないでせうか。
まぁ、何て云うかその「一般」ってのも、実体がなくてアヤフヤなものだったりするわけですが……。

と、適度に予防線を張ったところでw ボチボチ作業に戻ります。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-05-02 12:31 | 日々之雑記
2009年 05月 02日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『杜子春』

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『杜子春』_b0110969_0273540.jpg

道玄斎です、こんばんは。
今日は、番外編。著作権切れの名作をサウンドノベルにしたもののご紹介。
というわけで今回は「ASN」さん制作、芥川龍之介原作の『杜子春』です。


なんとなく、今、こういう作品、読みたかった所なんですよね。
ご存じ『杜子春』です。多分……国語の教科書なんかにも録られているような、名作だと思います。ストーリーなんかは別に今更、いいですよね?

謎のじいさん(仙人)のススメに従って、土を掘ると財宝が出てきてお金持ちになる。
だけれども、お金は三年で使い果たしてしまう。そうすると今まで仲良くしてくれていた人もそっぽを向くように。それを何度か繰り返し、じいさんに「仙人にさせてくれ」と頼んで……

という感じです。
って、ストーリー語ってしまいましたね……。
大体、こういう感じのお話を「志怪小説」と呼びます。後にこれが発展して「伝奇小説」になるわけです。『杜子春』なんかはもう「伝奇」という事みたいですね。
で、志怪小説には仙人が付きものです。『杜子春』に於いても、仙人としてビッグネームの左慈が、名前を変えて登場しますね。「眇目」(すがめ)という描写から「もしや……」と思って検索してみたら、ドンピシャでした。

『杜子春』は志怪小説のまさに王道パターン。
大体、仙人が出てくる志怪小説って、こういう感じなんですよ。
何だか町中で仙術を見せていて、それを見て、「弟子入りさせて下さい!」と頼み込んだり、と大きく見ればパターンは一緒。
あと、すっごく多いのは、この手の仙人が「街の薬屋さん」をやっているケースw 薬屋さんって云っても、町中でツボを並べているような、そういう感じの、ね。確か、『道教百話』なんて本を見ると、こういうお話が沢山詰まっていたと記憶しています。興味のある方は是非どうぞ。

ただ、この『道教百話』は、著者は有名ではあるけれども、学術的にはちょっとどうかな? という感じの人みたいですよ。いや、私、そういうものとは全然縁がなくて、良く分からないのですけれども、昔、そういう風に教えてくれた人が居ました。まぁ、読み物として非常に面白いですから学術的にどうこう、って事は抜きにして、楽しいエッセンスだけ読めばいいかな? という気がしますね。


たまにこうやって、昔読んだ名作をサウンドノベルとして読んでみる、とまたちょっと違った味わいがあっていいですね。短い作品ですから、さっくりプレイするのにも向いてますし。
で、若干変則的ですけれども、サウンドノベル化するに当たって、注意した方が良い点についても述べておきましょう。

何しろ、昔の文章ですから、ビッシリと字が詰まっています。
だけれども、例えば「 」で括られるような発話の前後には一行くらい空白行なんかを入れると、グッと読みやすくなるんじゃないかな、っと。
或いは、画面一杯まで文字を表示せず、半分くらいで改ページを入れると、サクサクと読み進められるような気もしますね。

あとは、「タイトル画面」を付ける、というのもやっぱり大事な所。
文章が終わって、最後の行に「完」と出てくるだけだと、ちょっと味気ないというか……。出来れば、「完」が出てきた後にタイトル画面に戻ったりした方が、サウンドノベルとしてはベターではないかと愚案致します。


著作権切れの名作がサウンドノベルで読める。良い時代になりましたねぇ……。
昔読んだことがある方も、そして、まだ読んだこともないという方も、是非気軽に名作を楽しんでみて下さい。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-05-02 00:24 | サウンドノベル