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2009年 12月 26日

なんてことない日々之雑記vol.260

道玄斎です、こんばんは。
クリスマスも終わってしまいましたね。皆様はどんなクリスマスをお過ごしになりましたか? 私は基本的にお酒かお菓子の二刀流なんですが、今年はお菓子の方に比重が傾いていたかな、という。
お菓子って云ってもケーキとか、そういうものではなくて、金鍔とか羊羹とか、その手の和風のお菓子ばかり食べていたような。

洋菓子のお店って(デパートの中とかだと)、何だかんだで栄枯盛衰、入れ替わり立ち替わりが多いですが、和菓子だと「創業100年」とかそういうお店も多いので、好きなお菓子がいつもそこに行けば買える、みたいな所があるような気がしています。
最中だったらどこそこで、金鍔だったらどこそこで、と贔屓のお店が誰しもあるんじゃないでしょうかね。

っと、すっかりお菓子の話になってしまいました。
いや、何て云うか風邪が治らなくてねぇ……。お菓子を食べたりご飯を食べたりって事は出来るんだけれども、胃も弱っているようでして、あんまりヘヴィなものは食べられません。微かな頭痛と、バカみたいに出てくる鼻水(汚い話でスミマセン)、気怠さがあって、ゲームのプレイの方、少し自重しています。
土日に年賀状を書いて、って事を計画していたのですが、今年もギリギリになりそうな気がします……。

風邪のせいなのか、何かここ数日、死ぬほど眠たい、というのもゲームをプレイ出来ない要因です。
十時くらいになっちゃうと、クラッときて、意識が遠のいてしまうというw ここ何年か味わっていなかった「眠くて眠くてしょうがない」という状態をここに来て味わえているので、それ自体は喜ぶべき事なんですが、如何せん風邪ひいていますから、素直に喜べないわけで。


本当は、もうちょっと色々やりたいことがあるんですけれども、取り敢えず自重しておきます。
この時期、どこもかしこも人でごった返していますから、皆様も風邪には是非お気を付け下さいまし。インフルエンザなんかも怖いしね。

そんなわけで、今日はこのへんで。
明日くらいに、何か一本作品をプレイ出来たらいいなぁ、なんて思いつつ筆を擱こうと思います。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-26 20:03 | 日々之雑記
2009年 12月 25日

フリーサウンドノベルレビュー 『年末年始の恋模様』

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今日の副題 「はじめて手を繋いだ日のこと、覚えてますか」

ジャンル:恋愛ノベル
プレイ時間:30分程度
その他:選択肢なし、一本道。
システム:NScripter

制作年:2009/12/?
容量(圧縮時):5.82MB




道玄斎です、こんばんは。今日、というかもう昨日になっていますが、クリスマスイブでした。そして今日はクリスマス。皆様は如何お過ごしでしょうか? 私は普通に酒呑みになっていますw クリスマス絡みの騒ぎを見るにつけ、どこかそこに「白々しさ」を感じ取ってしまう私は、もう枯れてしまったのかw
今日は、まさにそんな年末年始を意識した青春恋愛ストーリーをプレイ。ゲームの中でくらいは青春したって構わないでしょう……。
というわけで、今回は「九州壇氏」さんの『年末年始の恋模様』です。
良かった点

・ノベルゲーム「らしさ」が大分表に出てきて、具体的なストーリーの展開があり成長が見て取れる(って、ちょっと上から目線でスミマセン……)。

・ちょっぴりツンな主人公の女の子がいい感じ。


気になった点

・些かオーソドックス過ぎたかも?

ストーリーは今回は、久々に私が纏めてみましょう。
受験を控えた高校三年生の冬。高野みやびは受験と幼なじみのマサルへの思いで、心が乱れていた。
そんなある日、マサルから「彼女が出来た」と告げられて……。

と、このくらいにしておきましょう。

今まで、この作者様の作品は全てプレイしてきています。
本作は三作目。コンスタントに作品を創る事、それはとても難しいわけで、凄いなぁ……と思う事頻り。
一作目は比喩というか、割と抽象的な事柄を描いたもので、二作目はそれをより具体化したようなものだったわけですが、三作目にして、はっきりと分かるストーリーを持った作品が出てきました。

良かった点とも気になった点とも関わる問題ですが、凄く堅実な作り込みだったと思います。
どのキャラクターにも厭味が無いですし、恋愛モノではともすれば「そこに居てギャグを連発する役」になりがちな「親友キャラ」も凄く良い子で、ホッと出来るような、そういう部分がありました。

そうそう、ちなみに主人公は女の子。
主人公が女の子で、ギャグを連発するような親友が居たらそれはそれで、なんかアンバランスな気もしますねw
女性向けと限定しなければ、主人公は多くの場合男の子ですから、そうした主人公の性別という意味でも既存の恋愛作品と少し差異化が為されているという感じ。

で、まさに十二月二十四日に千々に乱れる乙女心を描いた作品でした。
今日はもう、お酒入ってますから脱線しまくるんですが、高校三年生で受験を控えており、且つ恋愛事情にも頭を悩ます。今だから云えるんですが、それって「高校生の特権」みたいなものですよね。
私も18歳の時そうでしたもんw 受験があって勉強しなきゃいけなくて、だけれども付き合っていた相手とは音信不通、みたいなw 本作に於いては、主人公みやびは、マサルと付き合ってる訳じゃないんだけれどもね。

センター試験対策の勉強とかが作中で出てきて、何だか久しぶりに色々思い出しました。
まぁ、センター試験って半分「条件反射」で解答していく、という感じだった気がしますねぇ。難易度の高い所謂「悪問」みたいのは御法度ですから、ちゃっちゃかちゃっちゃか解答出来なきゃ駄目だった記憶があります。けれども、私、センター試験の成績そんなに良くなかったんですよね。受験した教科を平均してみると8割五分くらいだったと思います。しかも、どの教科が足を引っ張っていたのかってーと、実は国語でしてw 170/200くらいだった気が……。一見すると八割五分って良さそうに見えるでしょ? けれども、センター試験って9割取れていると安心、なんて当時から云われてましたから結構微妙なラインだったんですよね。結局センターを使って合格した国公立大学には行かず、普通の私大に行ったわけですけれども。

それは兎も角、結構そういう受験の緊張感みたいのもしっかり描かれていたんじゃないかな、と思うわけです。図書館で勉強とか、誰しも経験あるんじゃないでしょうか? しかもそこには幼なじみとか友達もゾロゾロ居て結局、勉強にならなかったり、とかねw

ただでさえ、受験という一大事が控えているのに、そこに恋愛という或る意味で受験と相反する要素が入り込むと、本当に大変な事になります。恋愛の進捗状況が勉強にも影響を与えてしまうわけですよね。一方で、恋愛が上手く行きすぎてラブラブ一直線でもそれはそれでマズイ。
そういう場合、結果、大抵「女の子だけが合格」という事が多いんですよw いや現実の世界での話ですw 多分……ですけれども、女の子の方がメンタル的に強い部分ってあるような気がしますね。

っと、流石に軌道修正をしておかないと……。
みやびは、片思いをしている幼なじみで隣の家に住んでいるマサルから「彼女が出来た」という話をされて落ち込んでしまいます。この辺り、胸が痛いんだけれども、親友キャラがダウナーになった主人公を一生懸命支えてくれていて、ちょっと良い感じでもありました。


とはいへ、全体を通してみてみると、かなりオーソドックスな恋愛モノなんですよね。
オチみたいな部分は、すぐに推測可能ですし、造型としては良くあるタイプ。音楽素材が耳慣れたものが多かったのも、オーソドックス感を感じさせる一因かな。
受験の問題、或いは主人公が女の子、といった部分で差異はあれど、もう一押し、「この作品ならでは」の要素が欲しかったです。
これも、何度も書いてますがオーソドックスなものをオーソドックスに作る、というのは実は難しいと思いますし、完成品をお作りになられている、という時点で十分敬意を表すに値するのですけれども、オーソドックスだからこそにじみ出てくる「持ち味」というか個性みたいな部分が見えても良かったかな、と。

そういえば、親友キャラだけでなく、主人公の「ちょっぴりツン」な感じは良かったですね。
あんまりツンケンされても困っちゃうし、表面的には「リアル感」のあるツンで、心は乙女、みたいな主人公は中々魅力的でした。
キャラクターで云えば、出番はほんの少しですけれども、みやびの父親がいい味出してましたねw あのお父さん私は大好きです。もし、私が結婚して、女の子が出来たとして、その子が年頃になって泣きはらした顔をしていたら、きっと佐々木光太郎宜しく「誰に泣かされたんだ!」とか何とか云って、刀を掴むくらいの事はしちゃいそうw 
本当に本作でのお父さんの出番は少ないんですけれども、年頃の娘を持った父親のオロオロした感じが素敵で、キラリと光っていたのではないかとw


今回、脱線しまくった挙げ句若干辛口になってますけれども、ラストは凄くいいですよね。
しっかり着地しているというか、「ああ、良かったなぁ」と素直に思え、又ちょっとニヤニヤっとしてしまういい落とし方だったと思います。
オーソドックス、という事でこの手のノベルゲームを散々プレイしている方からすれば、少し物足りない部分はあると思いますが、逆にオーソドックスの利点で、入門者(?)には向いているかもしれません。もし、あまり直球の恋愛タイプの作品をあまりプレイした事が無い、なんて方が居たら是非プレイしてみて下さい。

それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-25 01:19 | サウンドノベル
2009年 12月 22日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『いけにえのかごめ』

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道玄斎です、こんばんは。
既にして軽くアルコールが入った状態なわけですが、今日も作品のご紹介。
実は、昨晩寝しなにプレイしていて、ファイルサイズからそれなりに長いかな? と思っていたらさっくり10分程度だったので番外編にて。
というわけで、今回は「かくざとう」さんの『いけにえのかごめ』です。作者様のサイトが分からなかったため、ふりーむへのリンクを張っておきます。


最初、タイトルを見て、「ホラーか?」と思ったのですが、ふりーむに載っていた紹介文を見て、「これはホラー以上の何かがあるに違いない」と思い、にわかに興味が出てきて結局一気にプレイしてしまいました。案の定、ホラーでは無かった、と。っぽい雰囲気は前半部に少しあったとしても、ね。

10分、ゆっくり読んでも恐らく20分は越えないであろうと思われますが、容量はかなり多めの約97MB。多分……これは音系のファイルに因るものかな? 高品質の音素材が多く使われていたと思います。

「ハッピーエンドじゃないけれども心があたたまる」ような作品、という事になってますが、私はこれ、意外とハッピーエンドなんじゃないかな、とも感じてしまいます。心あたたまる、というか「じわっと来る」部分も当然あって。

タイトルから考えて貰うと一番分かりやすいのですが、所謂「人柱」的な、そういう風習が作品の背景の一つとしてあります。手前味噌というか自分語りになっちゃいますが、窃かに暖めている『夏みかん(仮)』が、まさにその手の作品でしてw そんな部分で親近感を感じたり、という事は個人的にありました。
それと、本作、例の「かごめかごめ」の唄の解釈を巡っての説、なんかも取り入れられていてソッチ系が好きな人は「をっ!」となるような、部分も。

ちなみに、本作の舞台は、所謂「昔々」というような、明らかに現代とは異なる時代に設定されています(多分……)。そうした昔、人柱にされかかった少女と、その世話役をしている青年との関わり合い、みたいなものが描かれていきます。
何度も云ってますが、10分で読了可能です。が、密度は結構濃かったんじゃないかな? と思います。少女と青年の心が通い合う、その瞬間がキチンと描かれており、そこが一つの作品の盛り上がりにもなっていて、満足度は高かったです。

やっぱり、「何だかわからねぇけど、おらぁこいつの事好きなんだ」ってな事は、現実では良くあるんですが(ん? 無い?)、ノベルゲームで、その「リアル」な部分を出しちゃうと、却って分かりづらくなってしまい、結果「リアルを追い求めたが故にリアルで無くなる」みたいな部分があるような気がしますねぇ。
「何故惚れたのか?」という、お互いの心が通い合う瞬間、みたいのをプレイヤーにそれと分かる形で提示した方が、やっぱりゲーム的な意味ではリアルに感じられるんですよね。

恋愛一本タイプの作品では、何故惚れたのか? って所よりも「どうやってOKして貰うか」、又は「ヒロインの抱える問題を主人公(とヒロイン)が、どうやって乗り越えていくのか?」 「またヒロインはどういう問題を抱えているのか?」という部分の方が比重が大きい気が個人的にしています。
勿論、そういう作品があってもいいし、そうした中に名作もあります。ただ、やっぱり「恋の芽生え」みたいな部分までしっかり書かれていると、私は嬉しいですし、共感度も高くなるというw

作品のジャンルによって、こうした「恋の芽生え」の重点の置き方も、当然まちまちだと思います。
ツンデレ、だったら「何か、ツンツンして怖かったけど、意外と優しいところもある……なんかこの娘気になるぜ……」みたいに、割と明確に「恋の芽生え」みたいのが出てきたりしますが、一方ヤンデレ、になると下手すると「恋愛が成就」してから、彼女の隠されていたブラックな属性が明らかになり……みたいな事もあるわけで、「恋の芽生え」よりも、ブラック属性に重点が置かれる傾向があるような。

っと、早速脱線しまくってますが、そういう意味で、恋愛の本当に発端部分、そこがちゃんと描かれており、且つ作品にとっての一つの盛り上がりになっていた、という部分で、凄く良かったな、と。


ここで、ストーリーから一端離れて……。
実は、本作「句読点」がありません。これにはちょっと吃驚しましたw 読点(「。」ですね)が普通なら置かれるであろう場所まで来ると、「クリックで改行」になりますし、句点(「、」)でも又然り。
けれども、読みにくいか? と云われると「それほどでもない」と云う感じ。やっぱり、何だかんだで句読点が付いている文章の方が慣れていますから、違和感を感じないわけではないのですけれども、意外な程すんなり読めていけます。寧ろクリック回数が多めになる為か、テンポ良くプレイ出来る感じ。

こういう体裁をとっているのは、何か理由があるのかな? まぁ、句読点なんて昔は使っていませんからねぇ。うんと昔(1000年とかそのくらい)前は、歌(和歌ですな)が来たら、字を下げて「歌の存在を示す」ってくらいで(物語、の場合)、句読点なんて意識は無いんですよね。
江戸時代の版本とかになると、句点はないけれども、読点らしきものは出てきたりするような。今みたいに「。」ではなくて「○」と普通の字と同じ大きさで、文章の切れ目が示されます。まぁ、これも句点的に「○」を使っている事もあるんですが、やっぱり現在とは事情が異なります。

でもでも、現代では寧ろ「句点・読点」を使う方が普通で、例外としては、演出として例えば「空に文字が浮き上がる」みたいな時に、句読点は付けず、句点はスペースで示したり、なんて事はありそうです。
こういうのは、所謂「キメ」というか、ここぞって時に使う技で、だからこそ、本作が何故句読点を使用していないのか? 善し悪しの問題は別として何だか凄く気になります。


既に、番外編にも関わらず結構長くなっちゃいましたけれども、このまま突っ走りましょうw
一つ、本作で「こうしてみては?」と提案出来る部分としては、頻繁に入るアイキャッチ、でしょうか。背景素材が変わるたびに、っていうと大げさですけれども、割と頻繁にアイキャッチが入ります。
もう少し、使用頻度を押さえてみると(ここぞ、という時に使うと)、よりテンポの良さが引き立ちますし、グッとくる場面の「タメ」としての効果も出せるんじゃないかなぁ、と。


作品自体は短いですけれども、容量がちょっと大きめだったり、句読点が無かったりと変わり種の一作。
内容は、近しさも相俟って私は好きなタイプで、「さっくり遊べる感動もの」としてお勧め出来るんじゃないかな、と。
興味を持たれたら、是非プレイしてみて下さい。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-22 23:02 | サウンドノベル
2009年 12月 21日

なんてことない日々之雑記vol.259

道玄斎です、こんばんは。
今日も今日とてちょっと調子が出ない、私はそんな年末ですが、皆様は如何お過ごしでしょうか?
そろそろ、年賀状とか書かないとマズイんですよね……。墨をする気力もないので、今年も万年筆が確定しましたw もうちょっと気力があれば、小筆を……。



■何となくしんみり

何となく、今年のクリスマスは地味な気がしますねぇ。
例年だと、もっと華やかに「クリスマスだぜっ!」ってな感じで、無理矢理盛り上げようとする感があるのですけれども、今年は割と控えめ。景気のせいでしょうか?

まぁ、控えめの方が私なんかにとっては喜ばしいんですよね。
寂しい思いを余計に感じずに済むというかw 例によって今年のクリスマスも大人しく家でお酒を呑んで過ごす予定。憂さを払う玉箒かな。


で、、溜まっていたノベルゲームのプレイも再開したい所。
少し長目の作品が多いので、のんびりじっくりプレイ出来たらいいなぁ。別にクリスマス的な用事でもないけれども、友人から電話が掛かってきて「どっか行こうぜ」なんて云われたので、もしかすると、合間合間でどこかに出かけるかもしれん……。
ただ、何が悲しうて男だけで集まらんといかんのかw とか何とかいいつつも、結局人一倍楽しんできてしまうのが私なわけですが……w

その私を遊びに誘ってくれた首謀者(?)と電話でつらつら話していたら、何かの曲をリミックスするとか何とか云ってました。割とこっち系(ノベルゲーム系)の曲らしい……。
で、どうやら彼は何か、同人的に音楽活動をしているらしいんですよね。ただ、十年以上付き合いがあるのに、彼が音楽を作っている所を見た事がないし、彼が作ったというブツも聞いた事も無いというw よっぽど人に言えないようなコアな活動なのか、謎は深まるばかりですw


で、そんな話を聞いていたら、久々にシーケンサーを立ち上げたくなって(というか、今朝立ち上げたんだけれども、あっ、効果音作りました。音がおかしなまま上げてしまいました。寝ぼけた頭で作るとろくな事がない!)
、ぽちっと立ち上げて、『夏みかん(仮)』用の日常曲その二、のサビの16小節だけ音色一つで打ち込みました。抑揚も何もついていなくて、ドラムもてきとーにループ素材をはっ付けて仮に当ててある、「スケッチ」みたいなもんです。こんな感じなんですけれども。

で、それやったら、ドッと疲労感がw
取り敢えず、眠くなるまで失敗した効果音を修正してこっそり差し替える作業に従事しようと思います。


本当にどうでもいい日々のつぶやきでした。
それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-21 23:20 | 日々之雑記
2009年 12月 19日

フリーサウンドノベルレビュー 『Space Freeters! ~天駆ける宇宙の乙女たち~』

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今日の副題 「さっくり軽快、SFファンタジー(?)」

ジャンル:SF的ガールズトークストーリー(?)
プレイ時間:三十分程度。
その他:選択肢なし、一本道。
システム:NScripter

制作年:2009/9/30
容量(圧縮時):18.9MB



道玄斎です、こんにちは。
今日も割とさっくり軽めにプレイ出来るものを持ってきました。見る人が見たらちょっと吃驚する作品かもしれませんね。
というわけで、今回は「Fly me to the sky!」さんの『Space Freeters! ~天駆ける宇宙の乙女たち~』です。
良かった点

・相も変わらぬ丁寧な作り込み。

・作者様の新機軸が垣間見える。


気になった点

・この作者様の作品に慣れ親しんだ人がプレイすると、ちょっと一瞬面食らうかもw

ストーリーはサイトの方から引用しておきましょう。
遠い昔、遥か彼方の星の海で……。
時は、宇宙大航海時代。
一攫千金と名声と自由と冒険を求めて宇宙を駆けめぐる
にぎやかな女の子たちのガールズトークストーリー。

こんな感じのストーリーです。
そう、何と本作はSFしてるんです。それだけでも吃驚してしまう訳ですが、百合作品を集めた「Girls Party」の応募作の一つ、という事で微百合的な描写もあったり、立ち絵・一枚絵ではないですけれども「会話ウインドウ」に顔のアイコンが表示されるというか、かなり色々な試みのある作品でした。

「Fly me to the sky!」さんの作品というと、俗っぽい言葉ですけれども「切なさ」とか「淡さ」とかそういうテイストが先ず頭の中に浮かんでしまいます。加えて文章も、サラリと流す、というよりは「じっくり読ませる」タイプで、「滋味に富んだ」作風のものが多かったですよね。
で、背景などの素材を丁寧に作ってあるからイラストの類は全然無くてもOK、というか、寧ろそういう要素が無い方が「らしい」というか、そういう感触を私は持っていました。

ところが、本作、女の子の掛け合いが中心で、文章それ自体も割と「ラノベ」っぽい感触があったりして、新機軸になってますよねぇ。これ、予備知識無しで「作者を当てよ」なんてクイズが合っても正解出来そうにありませんw 沢山フリーのゲームをリリースしている作者さんの作品を集めて、「どれがどの作者さんの作品か当ててみな!」って云われたら、結構正答率には自信があるんですけど、流石に本作に関しては分からなかったでしょうね。
いや、本当にそれくらい今までの作品とはかなり違うテイストになっていました。

けれども、従来通りの「丁寧な作り込み」は本作でも健在。
SFというジャンルに合わせて、タイトル画面で流れる音楽はスペーシーな音が鳴ってますし、システム画面(セーブとかロードの画面ですね)では、ボタンを押した時の効果音も凄いそれっぽいですし、ボタンそのものもシステムチックというか、そういうデザイン。


さてさて、中身の方に触れていきましょう。
舞台はSFの定番とも云える「宇宙大航海時代」。一攫千金を求めてフリーランスで仕事を請け負う「ランナーズ」の一チームである「フリーターズ」の女の子三人組が主人公。

ラリホー号なる宇宙船(このネーミングもいい意味でユルいSFっぽさ全開ですよねぇ。レッドドワーフ号を彷彿とさせる……w ちなみにこの宇宙船はAI搭載。HALみたいなもんだ)を駆って、今日も今日とて宇宙を飛び回るわけですが、宇宙ステーションからの救難信号を受け取り、その宇宙ステーションに宇宙船を着け、救助へと向かうのだが……。

と云った感じでストーリーが進んでいきます。
殆どが、女の子同士の掛け合いで話が進んでいくわけで、吃驚するのと同時に凄い新鮮でしたよ。勿論、「Girls Party」応募作ですから、微百合的な要素や描写もアリ。とはいえ、それがメインって感じでもなくて、フレーバーの一つというか、そのくらいなので、そういったものに抵抗のある方でも気にせず楽しめるんじゃないかと思います。

「こんな作品も作れるんだ……」とちょっと本当に吃驚しましたw
普通に読みやすいですし、面白いんですよね。
舞台は未来の宇宙、なんですけれども、ノリは「中世ヨーロッパを模した架空の世界で、冒険を生業とする女の子達の活劇」みたいなw 所謂ラノベ的な「ファンタジー」っぽいって云うと分かりやすいかも。
要するに、ハードSFではなくて、もうちっとユルめのSFという感じでしょうか。そうは云っても、SFってひとくくりにしていますけれども、色々なジャンルがあるわけですし、こういうノリは「ファンタジー」なSFもアリだと思いますよ。『史上最長のSF』(だったかな?)なる怪作もアーサー・C・クラークにはありますし、多分SFってかなり自由度の高いジャンルなんだと思います。

「本作が本当にSFかどうか」ってのは読んだ人それぞれが判断するとして……。
私は宇宙船に乗っている、という時点で「SF認定」しちゃいますw 個人的な見解ですけれども、舞台が宇宙であろうが、中世ヨーロッパ風の謎の世界であろうが、それが楽しく読めて、満足出来ればいいんですよねw

一方で、気になった点、というのは意外と難しくて。
強いて挙げれば、一番最初に挙げた「テイストの違い」に戸惑う人がいるかも、ってのと(まぁ、これは気になった点、という訳じゃなくて、余計なお世話って感じですけれどもね)、本当にガールズトークストーリー、といったテイストで、少しストーリーそのものというよりも、そのストーリーと共に繰り出される女の子同士の掛け合いの方に重点が置かれている感じですから、合わない人は合わないかも、というくらいでしょうか。私は、こういうノリは凄く好きなんですけれど。


30分の本編とオマケが何本か付いた気軽に楽しめるSF作品です。
SFファンじゃなくても、そして百合に抵抗がある人でも気軽に楽しめる、ライトなノリの軽快な一作。是非、プレイしてみて下さい。

by s-kuzumi | 2009-12-19 12:08 | サウンドノベル
2009年 12月 17日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『悪夢の呪文』

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道玄斎です、こんばんは。
久々に一日二度更新ですね。いや、もう眠る気満々で、お酒呑んでいたくらいなんですけれども、妙に「怪談」が読みたくなって、ネットで怖い話が一杯載っているサイトでも探そうかな、と思っていたら、習慣とはげに恐ろしきもので、いつの間にかベクターに繋いでいて、新着のゲームを探していましたw
幸い、タイトルから怖い話です! というオーラがヒシヒシと出ていたので渡りに舟とは、まさにこの事。
というわけで、今回は「逢坂瀬菜」さんの『悪夢の呪文』です。
作者様サイトが見つからなかった為、ベクターへのリンクを張っておきました。


多分……読了するのに10分は掛かりませんね。
私がプレイして7分くらいでした。
内容は、タイトルの示すとおり、「悪夢」に関係する怖い話です。怖い話って云っても色々ありますよね。本当に妖怪みたいのが出てくる話とか、なんとなく気味が悪いとか、はたまた「全然怖くなかった」なんて思いつつもその怪談を振り返って考えてみたら、何か決定的に異常な部分(や事やモノ)があって後になってゾッとする、とか。

本作は、二番目と三番目の混交タイプって感じかしら?
直球に「妖怪が出たぞ!」ってのとは違う、最後の最後でジワッと来るタイプ。「薄気味悪い」話で、且つ最後で、ストンと落ちない、一瞬こちらを考えさせるような、そういうテクニックで怖さを演出しています。

私は結構怪談、好きですから(でなきゃ、んなもん読もうとは思わない)、ちょっぴり怪談には一家言あってw
いや、別に優劣とかそういう話じゃないですよ? 

こちらが本当に怖くなって夜中にコンビニに行けなくなっちゃうくらいの怪談って、実は「リアルさ」に欠けている事が屡々あります。
実体験では「口裂け女」とかね。昔、すげぇ流行ったんだよね。テレビでも連日放送されてたし、雑誌にも載ってたりして、一時期本当に「口裂け女ブーム」みたいなものがありました。昔付き合っていた女の子が「口裂け女が一番最初に目撃された近所に住んでいた!」と自慢していた事を覚えていますw

けどね、常識的に考えて、主に子供を狙って刃物を振り回す女が居たとして、そいつが捕まらない事があろうか、とw 普通に考えれば、あれだけ目撃例があったんだから、本当にそうした女が居たとしても、すぐに足取りは掴めるだろうし、日本の警察の力を以てすれば逮捕なんて簡単だと思うのですよ。
だけれども、怖さってのは、そういう常識を一瞬忘れさせる部分があって、でなきゃ、あれだけの騒ぎが起きないもんね。
私も例に漏れず、滅茶苦茶怖くて、「なるべく外に出ない」を金科玉条にしていましたw で、あれこれ口裂け女の情報を入手しては「俺の血液型なら狙われないらしい……一安心だぜ……」とか、「とはいへ、万が一襲われたら困るからポケットにあめ玉を入れておこう」とか一喜一憂していた記憶が。
一応、フォローしておくと、口裂け女は「べっこう飴」が好き、という顕著な特徴があって、彼女に声を掛けられてもべっこう飴を渡せば、それを舐めるのに一生懸命になって、こちらは難を逃れられる、と、そういう事がまことしやかに信じられていました。

べっこう飴って云って分かる人、意外と最近では少ないんじゃないかとも思いますけれども。
まぁ、簡単に言うと「お砂糖を溶かして出来るアメ」です。
当時、私は学校の理科部の部長をやっていたんですが、良くガスバーナーを使ってべっこう飴を作った記憶がありますねぇ。お玉にアルミホイルか何かを敷いて、少量の水とお砂糖をガンガン投下して、きつね色になったら火から下ろして固まったら完成、という非常にお手軽な飴ですw 
他には、「合金」を作るなんて事も良くやってました。しかも熱湯で溶ける合金。ビスマスとか使うんですよね。

って、脱線しまくってますがw
話を元に戻しましょう。

多くの人が恐怖を感じるであろう怪談ってのは、実は冷静な目で見てみると穴ぼこだらけなんですよ。口裂け女で云えば、「私が見た」という直接的な体験を聞くという事はないわけですし、実際に身近に襲われて怪我した人、というのも皆無でした。
一方で、本当に体験した怖い話、みたいなものは、そうした穴ぼこを超越してしまうリアルさがあって(勿論穴ぼこはあるんですけれども)、実は怪談としてはあまり怖くない、という。というかその怪談自体が「あれは何だったんだろう?」みたいな不確定な事項である事が示される事も多いわけで……。

まぁ、世に出回っている怪談はどれもこれも少なからぬ文飾が加えられているものと推測されますけれども、あまり怖さを感じさせない「リアル系怪談」をほんまもんの「怪談」にする、というのは、作者(体験者?)の文章構成の力に拠る部分も大きいんですよね。
そういう意味で、本作で云えばシメの部分の提示が、本作を「怪談」にしていたような部分がありました。

実は、タイトルから分かる「悪夢」の内容自体は全然怖くないんです。
悪夢を含めた、本作全体、それが結構怖いというか、どこか薄気味の悪さを感じさせるものになっていて、「こりゃ、確かに怪談だわ……」とw
怖さで云えば、小辛くらいなんですけれど、気味の悪さはかなりのものがあったんじゃないかな、と。実は、構造としては凄く凝ってるんですよね。だからこそ、一瞬こちら(プレイヤー)は思考活動をしてしまって、それによって怖さ(というか気味悪さ)を感じる、という、そういうタイプでした。

この作者様の作品も、結構プレイした気がするんですけれども、設定やら仕掛けやらの部分で結構凝ったものが多い気がしますねぇ。割と気軽にプレイしやすい尺の作品を創って下さるので、いつも息抜き的にプレイしています。

本作も、本当に怖いかどうかは兎も角として、さっくりとプレイ出来、且つ少ししこりが残るような、そういう余韻が漂う作品ですので、普段怪談などあまり読まない方も気軽にプレイしてみて下さい。



脱線しまくりましたけれども、今日はこのへんでw
それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-17 23:41 | サウンドノベル
2009年 12月 17日

フリーサウンドノベルレビュー 『よみがえる思い出』

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今日の副題 「ラストで大化け、変わり種」

ジャンル:ロリコン恋愛ノベルゲーム(?)
プレイ時間:20分程度。
その他:選択肢なし、一本道。
システム:NScripter

制作年:2009/11/25
容量(圧縮時):876KB




道玄斎です、こんばんは。
今日は久々に番外編でもない普通のレビューになります。とはいえ、短めな作品でした。正直、番外編にしようかどうか迷ったのですが、20分あれば普通の枠でいいだろ、と。エンターテイメントとして色々楽しい作品でした。
というわけで、今回は「ガムベース」さんの『よみがえる思い出』です。
良かった点

・正直、ああいうオチが付くとは思わなかったw 或る意味でつかみ所のないストーリーが、ラストの衝撃と相俟って良いコントラストに。


気になった点

・ロリコンなどに嫌悪感のある方は要注意w

ストーリーの方はふりーむの紹介文から引用しましょう。
プレイ時間10分から30分程度の短い話です。
青年時代に出逢った少女への恋を男が追想していく物語です。

こんなストーリーになっています。
って、紹介文だけ読むと、何だかジワッとノスタルジックな感触がしそうですけれども、実はさにあらず。
まぁ、ネタバレにならない程度に順を追っていつものように書いていきましょう。

主人公は、もう立派な大人です。
妻子持ちですからw そんな彼が、夜、自分の専門学校に通っていた11年前に綴っていたブログを読み返して、初恋を思い出していく……みたいな、そういう導入部分。


何か凄いいい感じ、するでしょ? 或る意味で素っ気ないタイトル画面とかも、「いい感じ」感がヒシヒシと感じられたりもします。
私はこういうテイストが結構好きで、以前ご紹介した作品にも「妻子がいるのに初恋のあの娘とそっくりな女の子を見つけてしまって……」なんて作品がありましたよね。
やっぱり、初恋ってのは特別なもので、絶対に一生忘れられないようなものだと思います。初恋、の段階を過ぎて色々やっていくと、その中でもやっぱり特別に好きだった人、みたいのは必ず出てくると思うんですが、そういうのとは別に、特別な感触、それが初恋にはあるんですよね。

で、まぁ、こんな感じのストーリー紹介文に、導入部分ですから、私も結構シリアスな「大人の心の動き」みたいなそういう個人的に好きなテーマで話が進んでいくと思いきや、思わず笑ってしまうようなギャグが入っていたり、一方でちょっと怖いホラー的な要素もあったり、バラエティに富んだ構成だったんじゃないかな、と。
或る意味で、少しストーリーにつかみ所が無い感触はあって「どういう所にオチていくんだ……」と思っていたら、予想の斜め上を行く展開で吃驚しましたw


さて、ここまで書けばお分かりのように、本作は所謂「サンドウィッチ型」です。
そう、結構いい歳になった主人公の「今」に「11年前の初恋の物語」が挟まれているわけです。メインは過去の記憶だというのは、恐らくタイトルとのリンクから見て間違いないでしょう。

引っ込み思案だった主人公が、曲がりなりにも結婚し、子供まで出来て、ごく普通ではあるけれどもかけがえのない幸せを手にしたのは、その初恋の君のお陰だった、なんて書いてあるもんだから、その11年前の物語に、嫌が応にも期待が高まるんだけれども。。

まぁ、ぶっちゃけると当時主人公はロリコンだった、とw
初恋の相手は何と小学生。ふとした事がきっかけでその女の子と出会い、そして恋に落ちて……という。
ロリコンってのは、私の主観でもなんでもなくて、実際に「ロリコン」としてのキャラ造型が為されているわけです。
正直、どん引きする人はいるかもしれませんw
けれども、そこがギャグ的に描写されているから、何だかんだで笑ってしまって。普通に「面白い」って云ってもいいんじゃないかとw

そんなちょっとロリコンな青春ストーリーを回想し、再び、「今」に戻ってくる。そういうお話でした。
ネタバレは回避しつつ書けばこんな所でしょうか? 「しんみり」とか「モヤモヤっとした気持ち」とか、そういう甘く、時にトゲのあるストーリーではなくて、実はギャグ、そしてホラー(?)の風味があるという変わり種。
ボカして書いたラストの部分とかを含めて、エンターテイメントになってるなぁ、と。ただのロリコンものでは終わらない、という感じ。


これは、ちょっと普段の「吟醸」「大吟醸」とはまた別の括りで、お勧めしておきたい作品ですねぇ。
最後までプレイして、どんな感想を持つか、非常に興味があったりします。

あっ、ちなみに製作年などの情報がreadme.txtに記載されて居なかったので、機械的に?にしていますけれども、昨夜探してきたばかりのものですから、極々最近リリースされたものだと思いますよ。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-17 20:27 | サウンドノベル
2009年 12月 16日

なんてことない日々之雑記vol.258

道玄斎です、こんばんは。
何故か今日は鼻水が止まりません。ってのっけから汚い話で申し訳ない……。
風邪って程大層なもんじゃないんですが、風邪気味、くらいでしょうかね? 何にせよ少し養生しつつ日々過ごす事に致します。



■アナログなゲーム

パソコン上で遊ぶゲーム、シューティングありRPGあり、ノベルゲームありと色々あるわけですが、一方でアナログなゲームというものもあって、うんと分かりやすい例えだとチェスだとか将棋だとか。

将棋とチェスは似てるけれども、コマの動きが違ったり色々細部が実は違うんですよね。
わたしゃ、小さい頃から慣れ親しんだ将棋の方がいいなぁ……。

いや、今回の話は将棋とかでもなくて、実は「缶蹴り」です。
アナログなゲームの例としてチェスや将棋を挙げたのですが、またちょっと趣が違いますねぇ。チェスや将棋は子供から大人まで幅広く楽しめる知的遊戯ですけれども、「缶蹴り」になると「子供限定」(別に大人がやってもいいけれど、変な目で見られる事は間違いないでせうw)で、「野外」で遊ぶ、いわば、懐かしの遊びみたいな、そういう感じでしょうか。

いや、ふとね、朝「缶蹴りっていつから遊ばれていたのか?」と考え出したら、一日中缶蹴りの事が頭から離れなくて。
缶蹴りっていうくらいですから、缶(空き缶ですね)がないと遊びが成立しないんですよね。となると、缶製品がこの世に出現した以降に、この遊びが成立した、という事になります。

ただ、そうはいっても、内容は缶蹴りとほぼ同一なのにも関わらず、缶を使用しない遊びがあって、「ベース踏み」とか「円踏み」とか、そういうものもあるわけです。
ベース踏みは野球のベースを、円踏みは白墨で書いた円とか、マンホールの蓋を缶に見立てて遊びます。

先ず、問題の切り分けとして「缶を使用するか否か」で、成立の順番を問う事が必要だと思われます。
ただねぇ……普通に考えれば、缶蹴りという名称が今日に於いて「ベース踏み」や「円踏み」よりも一般的である(だろう)という事、又ベースや円は、「代用的」な要素が強そうだという事で、恐らく……缶そのものを蹴る方が最初にあって、缶がない状況でも同様の遊びを可能にしたものとしてベースや円があるのではないだろうか、と思うわけです。

ここらへんは考えていても、証拠となる資料がなければしょうがない事ですから、缶蹴りの方が元祖、という事で強引にいきましょうw

次に考えるべきは、缶、もっと云えば「廃棄された空き缶」が日本のどの時代から一般的になったのか、という問題が出てきます。
恐らく(というか、何一つ証拠がないから恐らくを連呼せざるを得ない……)、缶蹴りなる遊びの発祥の背景には、「そこらへんに良くおちている缶」を子供が創意工夫で以て、遊び道具にした、というものがありそうです。となると、缶、缶詰というものがまだ珍しい、という状態では、発生しにくい遊びです。
要は、空き缶が惜しげもなくそこらへんにポンと落ちている状況、そうした状況になって初めて缶蹴りなる遊びの芽生えがあるのではなかろうかと。

自分の祖父母の話や自分の実体験を総合して考えると……多分……昭和の初めくらいなんじゃないかなぁ? なんて思うんですが如何でしょうかね。
明治生まれの祖父は、缶蹴りなんぞ知らない感じでしたし、そんなに空き缶なんてのが、ゴロゴロ落ちていたとは考えにくい。大正年間もなんかもそうしたイメージじゃないですよね。となると、どうも昭和の初期に発祥した遊びなんじゃないかなぁ? と考えるわけです。

昭和は、私もよく知っている年代ですけれども、私が幼かった頃からして、結構「古式ゆかしい遊び」の一つだったような気がしています。
となると、どうしても昭和初期でないとつじつまが合わない気がするんですよねぇ。昭和の最初から太平洋戦争の間くらいに考案されて、現代に至るまで残っているんじゃないかなぁ、と。や、今、缶蹴りやっている子供とか見る事も無くなってますけれども。

と、するならば、もしかすると、缶蹴りなる遊びは20年くらいの比較的短い時間の中で、子ども達の間で、爆発的に流行った一種のブーム的な側面もあるのかも。
同年代の友人に何時間か前に電話を掛けて、聞き取り調査をしてみたところ、多分、日本全国どこでも缶蹴りをやっていた事は確認出来ましたw 

私の推測の結論としては「恐らく、昭和の初期~太平洋戦争くらいの凡そ20年くらいの比較的短いスパンの中で考案され一気に広まった遊び」が缶蹴りなのではないかと思います。


ここで、更に疑問が出てきました。
考案時期はひとまず、これで良いとして、次の疑問は「誰が考案したのか?」、という発祥地の問題です。
これまた難しいですよねぇ……。考えた子供は天才だと思いますけれどもねw

昭和初期で缶がゴロゴロ落ちているような立地条件、という事を考えると、地方の村とかではなくて、或る程度文化的水準の高い「都市」にて考案された気はしますね。
でもって、日本全国津々浦々、私の調査(?)の及ぶ範囲では私の同世代の人で「缶蹴りを知らない」なんて人は無いわけですから、ふつーに考えて日本の真ん中くらいに考案され、同時速度で広まっていった、と考えられなくもないという気がしないでもないw

日本の真ん中って云っても、「関ヶ原……あたり?」とか考えるんじゃなくて、ここでは色々な条件(都市である事など)を勘案して東京、になります。
そこから同心円状に缶蹴りなる遊びが普及していったんじゃないかなぁ? なんて思うのですが……。

一つだけ、私の調査で分かったのは、東京より遠い地域に幼い頃住んでいた人にとって、「缶蹴りは学校帰りに毎日やっていた」という事実もあるみたいです。
って、分母が少ないのに一般化していいのか? と思いますけれども、このまま話を進めちゃいましょうw
一方、東京育ちの私の感覚では、缶蹴りは遊びの一つとして、比較的良く遊ばれるが当時から「古式ゆかしい」雰囲気があった、というものがあって、その点で東京と他の地域で缶蹴りに対する意識の差のようなものがあるようです。


で、話がガラッと変わるみたいですけれども、方言ってありますよね?
どこでどうやって方言が発生したのか? ってのは国語上の大問題で、決着が付かないような深淵な問題ですが、私が個人的に納得出来る説があります。それは、

京都を中心に同心円状に、京都発の「ナウい」言葉が広まる。
けれども、その「ナウい」言葉が地方に広がった時には、京都では既にそれが「死語」になっており、新しい言葉に取って変わられている。
そして、又京都からその時の「ナウい」言葉が同心円状に広がる。

こんな説です。
これは、つまり京都が日本の政治的文化的中心地だった頃、の事ですけれども、「京都に近ければ近い程、ナウい言葉で、京都から離れていけば行くほど、誰も京都では使わなくなっている『死語』が使われている」という事になるわけです。勿論、そこに海を隔てている、などの地理的な断絶があったりすると、またそうした条件は変化しそうですけれども。
つまり、寧ろ、方言こそが何百年前もの、京都の言葉を残しているという説でして、私としては何だか納得出来るんですよね。色々な例外などあるものの、所謂「古典文法」みたいのが方言として残っているなんてケースもありますから、結構イケてる仮説なんじゃないでしょうかね。
詳しくお知りになりたい方は柳田国男の『蝸牛考』という本をお読み下されば。。


と、まぁ、ここで話を缶蹴りに戻すと。
東京では、昭和の初期に考案された缶蹴りが「あまりに馴染みのものになってしまった」感があるのに対して、東京から離れた地域ではどうもまだ「鮮度」を保っていた、という感触があったので、こうした仮説と組み合わせて考えてみると、やっぱり、波状的に缶蹴りという遊びが広まっていったのではないかと。

全体を纏めると。

・昭和の初期に東京で缶蹴りなる遊びが発生。

・そして、東京から波状的に缶蹴りが伝播する。

・今に至る。

と、まぁ、こんな事になるんじゃないかと。
論、としては穴だらけの酷いもんですけれども、こうやってマジでどうでもいい事をくだくだと考えていくの、好きなんですよ。

取り敢えず、缶蹴りについては、自分の中でひとまずの結論が出たので、これ以上考えないようにする事にします。こうやって、あれこれあれこれ夜中に考えていると眠れなくなっちゃうのでw



それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-16 00:31 | 日々之雑記
2009年 12月 14日

フリーサウンドノベルレビュー 番外編 『吟遊詩人』

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道玄斎です、こんばんは。
こんな夜中には、本当ならばベッドの側のライトだけ付けて『眠られぬ夜のために』なんかを読むのも素敵なのですけれども、私の場合はやっぱり、ここに戻ってきてしまいます。そうノベルゲーム/サウンドノベルです。

少しダウナーな状態であっても、尺が短いと分かっていれば取っつきやすいですし、内容も丁度、今の私にぴったりだったんじゃないかと思います。
いつもより前口上が長いですが、今回は「Like a spiral staircase」さんの『吟遊詩人』です。

私がプレイして13分でしたから、又しても番外編に入れさせて頂きました。
以前レビューした事のある同じ作者様の『僕の愛する三匹』と、ストーリーそのものは違うけれども、どこか通底しているものを感じさせる、そんな作品だったのではないでしょうか?

モノを書くという事。

結局、作者様が突き詰めたいと思っていらっしゃるテーマの一つが、そうした部分にある事想像に難くありません。今、ブログの方も拝見したのですがどうやら福永武彦(声優の池澤春菜さんのお爺さまですね)がお好きなようで、結構趣味が私と近いかも知れませんねw
意外というか、或る意味当たり前というか、私が「福永武彦は天才!」と云う根拠は『今昔物語』のリメイクに拠るものだったりします。あれを確か10代の半ばくらいに読んで、どえらい衝撃を受けた記憶があります。

手前味噌で申し訳ないのですが、私は幼い頃から文章を書く、という事が非常に好きで、昔から作文コンクールや散文詩のコンクールとかがあると、いつも入賞して某区や某都(こりゃ、某付ける意味がないw)の代表になり賞を頂いたりしたものですけれども、高校生くらいからパタリと文章を書かなくなってしまいました。

それは、一つにはなまじっか昔から賞ばかり取っていたものですから、どうしても「上手く書かないと」という意識が働いたりしたから、なんですよね。
矛盾しますけれども、大学生の時なんかでも、全く何も書かないって事は実はなくて、ちょこちょこっと「文章募集」みたいな企画があると、さらっと書けそうなものは書いたりして、そこでもやっぱり某府から賞を頂いてしまったりとか、して。
何て云うか、そんなラッキーパンチが足かせになり、徐々に文章を書く、という事に対して「純粋性」みたいなものを喪ってしまった気がしています。まぁ、私の場合は物語を書く、というよりは、このブログで書いているような日々之雑記的な、本気で取り組んでいる方には失礼かもしれませんが、エッセイ的なものの方が得意で、賞を頂いたモノの多くはそうしたテイストのものです。


……とのっけから大脱線していますね。。
ともあれ、私は本作の主人公に滅茶苦茶共感してしまったんですよ。主人公はやっぱり、書くことが好きで、寧ろその道しか無い、と思い定めている青年。書いては有能な医者として活躍している姉に作品を見せるのですが、悉く酷評されてしまいます。
「次こそは」と作品を練り、書き上げるもやっぱり姉からは冷たい言葉しか返って来ず、落ち込んでしまうわけです。そこで主人公が取った行動は「兎に角感動させるストーリーを作る」という事でした。

ノベルゲームのコツ、みたいなものを私が書くのもお門違いも甚だしいのですけれども、400本以上レビューを書かせて頂いて、又時には商業のものもプレイして、とやっていると、何となく「メソッド」的なものが見えてくる事もあります。
幾つか、(飽くまで私が考える)感動出来るノベルゲームのセオリーは……


・誰か(主にヒロイン)が死ぬ。

・作中で世代交代が行われ(又は過去がサンドイッチ状に現代に挟まれて)、ストーリーに厚みを持たせる。

・星や海と云った、人間の及ばないような壮大なものをストーリーやテーマと絡めていく。


なんてのが、ひとまず上げられそうです。
多分、かなり使い古されていて或る意味で手垢にまみれている、と云ってもいいのでしょうけれども、上手に丁寧にこうした要素を使えば、今でも全然通用するんじゃないかと窃かに思っています。
蛇足ですけれど、最後に上げたテクは、最近の谷川史子が多用するテクですねw 

本当は「テクニックに走る」みたいのは、あまり好きじゃないんですけれどもね。
私自身が、何かを書こうと思う時は決まって結末部分が思い浮かんで、というパターンなのですが、悲しい哉、いつも一番最初に挙げた「誰かが死ぬ」パターンになってしまうというw
私は、これを有効利用出来そうだけれども、氾濫したら困るという意味で「ヒロイン殺し」なんて名付けているのですけれど、自分で何かを作ろうと思うといつもヒロインを含めて「全滅」というパターンに……w

人が死ぬ話、というのはあって然るべきものだと思いますし、人は遅かれ早かれ必ず死にます。
ですから、そういう意味でも「大切な誰かが死亡する」というのは、文章を使った芸術(ノベルゲームもひとまずこの範疇に入れてしまいましょう)に於いては、避けて通れないテーマであると同時に、凄く自然な事でもあるわけです。
ただ、「感動させる為の道具」として安直に人間を死亡させてしまう、というのはノベルゲームであっても、いや、ノベルゲームだからこそ私はあまり好きではないんです。人、或いはもっと云ってしまえば人類が滅びる、という終末世界を描いた作品がありますけれども、決して安直な死が描かれているわけじゃないですよね。
あまり、プレイしたけれども肌に合わなかった作品、というのも当然あって、その中にかなり安直に人間が死んでしまう、という作品がありました。それが、サンダーボルト三部作みたいなギャグならば全然大丈夫なんですけれども、ストーリーと描き方、というか、そうしたものの絡みに於いて、私はどうしてもその作品は受け入れられなくて。

で、話が戻りますけれども(今日は本当に脱線が多い……)、本作の主人公も又、安直に「感動の為だけ」に人が死ぬストーリーを綴ってしまうわけです。この辺り、結構読んでいてグサッときましたね……。
本当は「みんなが感動してくれる物語を作りたい」という純粋な想い、それが「姉にぎゃふんと云わせたい」とか「兎に角感動させちまえ」というような、或る意味で不純な動機が入り込んできた、という訳です。

そんな折りに、姉が交通事故に遭ってしまい主人公の生活は荒れていってしまう。
自分の書いた作品を酷評していた姉ではあるものの、事故をきっかけにして、そんな姉に甘えていた部分、依存していた部分みたいなものが浮き彫りなっちゃうんですよね。
いつも自信満々で、勉強熱心。まるで非の打ち所の無い完璧超人の姉貴という存在は、主人公のコンプレックスであり一つの枷になっている部分もあり、同時にどうしようもない程憧れている、そういうものなんじゃないかな、と。
この辺りの描写も本当に我が身にたどって思う事が色々ありました。

主人公は荒れていくのですが、ある事をきっかけにして、また文章を綴ろうという前向きな気持ちが出てきます。それは読んでいる人(=プレイヤー)にとっては、本当になんてことないきっかけなのかもしれないけれども、こうした主人公の状況では、寧ろそうしたものの方がシンプルでストレートに心に刺さったりするものです。私の文章宜しく、長々と書くよりも、あっさり一行で書いたものの方が心を打つ、なんて事が往々にしてあり、そこが文章というものの面白さであり、又難しさなんでしょう。

結末部分が少し消化不良な感じはあるのですけれども、モノを書くということ、という意味においてやはり色々と含蓄深い作品だったんじゃないかと思います。

語尾に「ヨウ」を付ける兄貴の存在は、中々良かったと思いますヨウw
本当に、あれであのクラブ通いを日課としている兄貴が出てこなかったら、相当ジメジメした話になっていたハズなので、縁の下の力持ち的な、暗くなりがちなシーンを少し緩和してくれる良い役でした。こういうクラブ系のお兄さんの造型、やり過ぎでは? と思う人も居るかもしれませんが、私からすると「そうでもないかな?」とw というのも知り合いにDJとして身を立てている人が居て、そいつの書く日記とか、判読不能ですもんw 「すげぇSHITなヴァイナルをディグしてきたぜ」みたいなw これを翻訳すると「凄い良いレコードを探し出してきたぜ」くらいになるらしい。


後書きを読むと、「ノベルゲームとしての要件を満たしていないのではないか?」というような、作者様の危惧が綴られているわけですが、全然そんな事ないと思いますよ。
逆に言えば、NScripterなり吉里吉里/KAGなりを使って、文章を読ませる事を主眼に於いた作品であれば、それはもう立派なノベルゲームです。
起承転結なり序破急なりがキッチリあって、という作品の作り方も当然あるわけですが、自分の書きたいものを粘り強く書いていく。やっぱり、そこが「書く」という行為に当たっての最大の難関ですし、そうした作品を受け入れる土壌もフリーのノベルゲームの世界では当然ありますから。

何事もそうですが、本当にやりたいことをしっかりと見据え、純粋にひたむきに(時間が掛かっても)じっくりとやっていく、これこそ王道だと思います。
まぁ、実際は色々な事情で、そう出来る人というのは極々限られた人だと思うのですが、だからこそ、そうやって頑張っている人の姿は胸を打ちますし、

「継続出来るかどうか」

実は、才能と呼ばれるものの正体というのはそんな所にあるんじゃないかな? なんてここ数年考えています。
もすこし、ラストで盛り上げや或る意味で明確な部分、があっても良かったかな? という気はしますが(ここが又難しい所で、好きなものを好きに書くという事と同時に、それを読んでくれる人という受け手の問題も考えないといけないんですよね……そのバランスが上手に取れる人が上手な書き手、なんでしょう、多分……)、こういう、まぁ、私は日々のつれづれや作品のレビューばかりですけれども、「何かを書いている人」に、訴えるもののある、そういう作品だったと思います。

大体10分ちょっとの尺ですから、興味を持たれたらプレイしてみて下さい。
今日は、番外編なのに、普通のそれよりも長々脱線して書いてしまった気がする……。反省。


それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-14 02:58 | サウンドノベル
2009年 12月 13日

なんてことない日々之雑記vol.257

道玄斎です、こんばんは。
最近、ちょっと気分がダウナーな感じに。年の瀬が近づくにつれ憂鬱になってきます。先日、また一つ歳を重ねてしまいましたし……。



■最近やってたこと

割と、このブログは今までやってきて更新頻度は高かったんじゃないかと思うのですが、ここに来て更新(こうしん、と打とうとして変換一発目に庚申が出てくるのはどうしたわけか……徹夜して虫にチクられないようにしなきゃ)が微妙に停滞気味。

合間合間に、お勧め頂いた作品をプレイして「番外編」を書いたりもしたのですが、総じて停滞していますねぇ……。何となく気分が乗らない時はやっぱりどうしてもあって、そういう時に作品に向き合うってのも、それはそれで失礼ですから。
一方で、そういう時にこそプレイすべき! ってな作品があるのも亦事実で、かなり有名で私も昔プレイした事のある作品を近々プレイし直し、レビューしようかな? なんて事は考えています。作品世界と現実のそれとの季節感は思いっきりハズしてしまいますが……。


でも、完全にでろでろしていたわけでもなくて、例のNovelers' Cafeの方にはちょこちょこ書き込みをしています。基本、私が何か書こうとすると長文になる傾向があるわけで、掲示板に書き込む、或いはレスを付ける、みたいな「程よい分量」くらいなら気分転換にもなりますし、何より面白いですからね。

そこで、一週間ちょいくらいでしょうか? 例によって例の如く効果音を連続で作ってぶち上げてみたり(後半、ヤンデレ風味な効果音なんかも作ったりして)、以前作った曲もどきのリマスターみたいな事もやってました。

この道も奥が深くて、参考書の類を何冊も買い込んで色々試したりしてみるのですが、「自分の基準」みたいなものを確立するのは大事だな、と。
何か曲(らしきもの)を作る、というのはやっぱり労力が掛かって、疲れちゃうので、割と気軽に出来る効果音とか、以前作ったもののブラッシュアップというか、そういう事をやっていたわけです。
で、「最終的に書き出す時の音量(というかレベル?)はどうするのか?」とか「どういうバランスでミックスするのか?」とか、色々な判断やら技術やらがあるわけですが、少しだけ、自分の理想とするものが見えてきたような気がします。

今現在、自分の基準としては「あまり弄りすぎない」という、その一点に尽きますw
DAW上でエフェクトを掛けると、そりゃもう、音がエフェクト一つで劇的に変わるでしょ? で、ついつい懲りすぎてあれもこれもと掛けていると、結局歪んじゃって、「なんかイマイチ」なものになりがち。

特に実際の楽器からサンプリングした音で作っていたりすると、変に作り込むよりも、元の素材を素直に出してやる方が結果的にいいのかな、とかね。
或いは「一度全部のエフェクトを取っ払って」理想像を探っていく、とか、そういうやり方にシフトしつつ。以前は(って云ってもちょっと前まで、ですけれども)「デカく鳴ればいいんだ」的なちょっと乱暴な考えだったので、やっと少しだけバランスが取れてきた……ような気がしないでもないw

無理にゲインを稼いでいた所をすっぱり削って、もうちょっとあっさり塩味風味に。
けど、不思議なんですけれども、そういう無理を止めたら結果的に音圧が綺麗に上がったりして、「無理する事ないじゃん!」と。

そんな作業の中で、使うエフェクトの種類もちらっと変化しました。
基本、FL STUDIOの付属音源、付属エフェクトで何とかする、という方向だったのですが、「使えるものは何でも使う」と。何しろ、ネット上にはフリーで使えるグーなvstなんかが一杯あるわけで、フリーのノベルゲームマニアの私が、そういうものに手を出さないハズがないw

一番、変化した、と思われるエフェクトはリバーブでしょうか。
以前は普通にFL付属のFruity Reeverb2だったんですが、ここんとこ、もうちょっと上品でナチュラルに掛かるAnwida DX Reverb Lightというものを愛用するように。Lightとあるわけですから、当然ライトじゃない、シェア版があるわけですが、フリーのライトの方でも全然いけます。弄る事が出来るパラメータが少ないのが逆にシンプルで良いくらい。

あと各種エフェクト(特にFL付属の)に付いている「音のタイプ」っていうんですかね、そういうパラメータも少し気にするようになりました。HardとかSoftとか色々あるんですが、最近凝っているのはVintageとかWarmとかそういう系統。TM Networkが好きだった関係もあって、割とキンキンしているというかそっちの方が好きだったのですが、ここに来て少し趣味が変わりました。いや、TMは相も変わらず好きですけれど。


んで、三回くらいのチェンジを経て、取り敢えず完成したのが、

こちら。

何かというと、私が持ってくる例のブツですw 以前のヴァージョンよりもナチュラルで上品な音になってるんじゃないかと思いますがどうでしょうかね?
で、返す刀で、『夏みかん(仮)』の日常曲の一つとして作っていたものから、サビ(?)だけ取り出して16小節のループにしたのが、

こちら。

こっちは、まだまだ色々音色なども検討する必要がありそうですねぇ……(『夏みかん(仮)』ヴァージョンでは、また音色が違うんですけれどもね)。音自体も寂しいし。
お琴の良い音源が無くて、FL付属のPlucked!なる撥弦楽器シミュレーターで手早く音色を作りました。お酒呑みつつ作ったので、後から聞くと「お琴……じゃないよねぇ……」なんて思ってしまうのですが。。
そこはかとなく和風なのがポイント。一回ポンと鳴らすんじゃなくてループさせる事で少しづつ憂鬱になっていくという真価がw 33秒くらいの和風ループ素材って感じでしょうか。


そんなこんなで、何とか今日も生きています。
それでは、また。

by s-kuzumi | 2009-12-13 23:13 | 日々之雑記