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2010年 02月 13日

なんてことない日々之雑記vol.274

道玄斎です、こんばんは。
今日もちょこっとノベルゲームをプレイしたのですが、読了していなかったりの事情があり、日々之雑記を。



■愛用機紹介

今日もピアノの練習をしました。
MIDIキーボードではなく、一応88鍵ついている電子ピアノ、その名もクラビノーバ。
クラビノーバって、クラヴィコードから名前が取られているのかな? 
っと、一口にクラビノーバっていっても色々な機種(電子ピアノなので、こういう云い方になります)があるようで、私が使っているいわば愛用機は「CLP 50」というものです。

調べてみると、20年以上前の機種なのですが、今でもちゃんと動いてくれます。
で、このCLP 50なんですが、鍵盤が重たいんですよ。それも半端じゃなく。いや、MIDIキーボードと比べて、ではなくて、本当に重たい。

ピアノ、電子ピアノで重たい鍵盤ランキングみたいなものを作ったら上位10位に入賞しそうなくらいですw
そういえば、昔、家で練習してからピアノ教室で備え付けのピアノを弾くと、凄く軽く感じた記憶が……。ピアノ発表会でも、やっぱり普段とタッチが違うので戸惑った事、ありますねぇ。

DTM的な事を初めてから、電気屋さんなどで楽器コーナーに行く事が増えました。
オーディオインターフェイスを買ったり、MIDIキーボードを買ったり、或いはスピーカーを物色したりする訳ですが、そこに鍵盤楽器(つまり、電子ピアノ)があると、ついつい触ってしまいます。それで、色んなメーカーの色んなモデルを触ってきた積もりですが(世の中には凄い数のピアノメーカーがあって、実はその中のほんの一部、でしかないのだけれども)、自分の持っているそれより鍵盤が重たいピアノに出会った事がありません。

元々ピアノはアコースティックな楽器なので、電子ピアノは代用品というか、ちょっぴり邪道な雰囲気はありますけれども、自分の慣れ親しんだ愛着、みたいなものもやっぱりあって、この重さ、意外と気に入っています。
そういや、MIDIキーボードを買った時も色々触ってみて、「鍵盤がペラペラしている……」とかそういう鍵盤の重さというか、感触を重視した結果ローランドのものになった、という経緯もあります。
や、単純に安かった、というのも重要な要素だったのですがw

49鍵のものだと、やっぱり演奏、には適しませんねぇ。
それがたとえ代用品であっても88鍵ウソでも揃っているものの方が、閉塞感を感じることがなくて(というか49鍵の場合弾けない、なんて事が起こる)快適。
まぁ、サイズ的にはコンパクトで傍らに置きやすいんですけれどもね、49鍵。

で、リズムのキープもままならぬ中で、練習は続きます。
何度も何度も弾くと、アドバイス頂いた所も感覚的に分かってくるようです。大分……「音楽」に近づいたかな、という気はしますねぇ。正直、ピアノを弾くのがこんなに楽しいとはおもわざりき。
理想のイメージがあって、実際の自分の拙い演奏、というか音の羅列がある中で、練習していけばやっぱり、理想と現実のズレは埋まっていきます。

うんとスローペースなので、まだ最初の8小節分くらいしか出来ないのですが(いや、それでも随分怪しい演奏だぞw)、この最初の8小節が姿を変えて何度もこの曲には出てくるので、ここを抑えておくと曲全体のかなりの部分がスムーズに弾けるようになるはずです。

練習をする中で、こうした方が良いな、と思った事は、

・ミスタッチで中断しない

という事。
ヘタクソもいいとこですから、ミスタッチは頻発します。けれどもそこで一々弾き直したりして、リズムを止めてしまうよりは、シレっと、素知らぬ顔をして次の小節なり音なりに移った方が良いみたいです。
音の流れを止めない、という事の方が、一曲丸々で見た場合大事なんじゃないかと思ったのでした。多分、人によって合う/合わないというのもあるけれども、私にとって「ミスタッチをあまり気にしない」というのは合っているような気がします。
ともあれ、全体をざっくりでもいいから形を作って、その上で微に入り細に入りとやっていく方が性格的に向いているかも。

何か、本当に今更ですが、ピアノを弾くのは楽しいですね。
自分の指が音を出している実感というか、そういう部分が凄く好き。何より今、それが楽しんで出来ている、という事が自画自賛でアレですけれども、良い事なんじゃないかな、と愚案する次第。


やっぱり、実際に弾く、というのは大事な事かもしれません。
DTMとか、そういう作業をしていても、先ず間違いなく「手数」は増えそうですし、音の動き方など参考になる部分が色々出てきます。和音の構成はどうなっているのか、なんて所に注目すれば、普通に曲作りにも活きてくると思いますしね。

DTMであっても、狙っているニュアンスを出したい時にはキーボードを自分で弾いてMIDI録音しちゃった方がいいわけです。特に「柔らかく和音を弾きたい」なんて時に、普通にベタッと打ち込みをすると柔らかさも何もない妙に硬質な音になっちゃって、しかもヴェロシティとか色々弄ってもしっくりくる音にするのは大変。
だけれども、その部分だけでもMIDI録音して使えば打ち込みだけれども、ナチュラルな音を出すことが可能。こりゃ、やっぱり役に立ちますね、ピアノの練習。


今の課題は、リズムをちゃんとキープする事、です。
メトロノームが無くなっていたので、近々買ってこようかしら。よくよく考えてみれば、あの頂点が欠けた三角形をしたメトロノーム、結構造形美があるんじゃないか、と思えてしまいます。
キッコカッコとドンカマみたいなクリック音が出てくる、というのもそれはそれでいいけれども、一方でアナログな機械にも逆らいがたい魅力があるのも事実。
私が昔使っていたメトロノームはゼンマイで巻いてやって使うものでした。多分……何かのタイミングで処分してしまったみたいで残念です。


明日も時間を見つけて、ちょっと2時間くらいは色々練習してみようと思っています。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2010-02-13 01:08 | 日々之雑記
2010年 02月 12日

なんてことない日々之雑記vol.273

道玄斎です、こんばんは。
ぼちぼち眠る時間ですが、目が冴えているので、いつものようにグダグダと何かを書こうと思います。



■久しぶりにピアノを

ウソですw
ピアノ、じゃないですね……MIDIキーボードを、が正解。

『ごがつのそら。』にて使われていた曲が何と譜面までダウンロード出来たので、弾いてみる事にした、というわけです(pdfがダウンロード出来るというのは嬉しい!)。ピアノに常日頃から慣れ親しんでいる方なら、さほど難しくはないようなのですが……私は四苦八苦。

よくよく考えてみれば、このMIDIキーボード49鍵じゃねーかw
……というわけで、オクターブづらす機能が付いているので、そういうので凌ぎつつ鍵盤を触ります。気がつけばあっという間に2時間くらい経過していた、という体たらく。

こりゃ、ちゃんと88鍵あるヤツで弾かないと駄目だなぁ……。
電子ピアノですが、ある事はあるんですよ、88鍵盤のが。明日からそっちで練習しよう……。わざわざDAWを立ち上げて、音源をセットしてってやってるのもめんどくさいし。
一つだけ、MIDIキーボードで弾くことの利点もあって、それはFL-chanがパソコン画面上に佇んでくれるというw って、ちゃんと譜面みなきゃ駄目ですよねぇw

ともあれ、こんなに長い間鍵盤と格闘したのは本当に久しぶり。
どういう練習の仕方が良いのか、色々考えつつやってみています。取り敢えず和音だけでもしっかりと押さえられるように練習。細かいメロディは脳内で補完して、先ずは曲の背骨を掴む事に。ちゃんと曲のファイルも落としてあるので、それを聴きつつ。で、和音が押さえられたらメロディも一緒に弾いてみたり。

右手の分散和音を弾く際に、手首を使うのがコツ、とのアドバイスを頂き試行錯誤してみた所、大分マシになったかな? という感じが。
何か、手首を使うってーと、ゴリゴリっと手首の関節を動かすようなイメージがあったのですが、色々やってみると、柔らかく滑らかに手首の位置を移動させる、というかそういう事なのではないかと。

凄く良い曲なので、折角練習している事だし、キッチリ弾けるように(とはいえ、ヘタクソだからそこそこ聴ける、くらいにw)して、何かの折りに隠し芸的に出してみようかと目論んでいます。
DTMの肥やしにもきっとなるハズなので、多分練習すればお釣りが来るんじゃないかな。



■頭の雪もつもりつもりて

東京は現在、雨。
多分……夜中(や、今夜中ですけれども)に雪に変わるのではないかと思われます。
雪と云えば、頭(かしら)の雪。白髪を雪というちょっぴり上品なものに喩えたものです。
いや、ね、最近愕然としたのは、ついに眉毛にまで白髪が交じるようになってしまったという事で……w こないだ一本生えているのを見つけて、即座に引っこ抜きましたw

白眉って事になりゃ、そりゃぁ嬉しいですけれども、私のはただの白髪w


さて、これ以上実年齢よりも老けて見えないように、そろそろ体を休めると致しましょう……。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2010-02-12 01:32 | 日々之雑記
2009年 10月 21日

なんてことない日々之雑記vol.241

道玄斎です、こんばんは。
案の定風邪を引いてしまったようです。熱とかはさほどではないのですが、くしゃみとかが凄い。
そんなわけで、今日もゲームは自重して、どーでもいー私の日々之記録を……。


■なんとなくアンティーク

私を直接知る人は、その悪筆ぶりをご存じの事と思いますが、兎に角私は字が汚い。
書き順は滅茶苦茶(らしい)し、自分でサッとメモしたものを後になって見返しても、判読出来ないという体たらく。そんな私ですが、時折、筆と墨で字を書く事もあります。今日はそんなちょっぴりレトロな話から。

大凡、普通にペンで文字を書くのが巧い人は、お習字の類も上手だと思われます。逆にお習字が上手な人も又、ペン字も上手にこなしたりするものです。
で、私は勿論どっちもニガテ。何しろ、中学三年生くらいまでまともに字を書いた事が無かったわけですから(漢字を殆ど書けなかった)、それもむべなるかな。

極々稀に、私がサッと書いた流し書きみたいなものを見て、「達筆ですねぇ!」なんて云ってくれる人が居たりしないでもないのですけれども、それは何となく「それっぽい雰囲気」に誤魔化されているだけですw 平仮・漢字・カタカナ・英字、およそ文字という文字、殆どが酷い筆跡になります。
或る意味、「サインの偽造」が非常に困難な字体なのかもしれませんが、実は筆で字を書くと、とっても有名な書家の人の字と類似しているようです。その書家の名前は鄭道昭。今から1500年くらい前に生きていた中国の人。どこが似てるって、「まっすぐな線が引けない」というw 
デフォルトでヘロヘロっとした字なんですよね。で、私も金釘流というよりは、ヘロヘロ流ですからパッと見、雰囲気が似てるんです。

もう、こうなってくると「一般的に綺麗に見える字」を追求するのを止めて、自分の持ち味を活かした書の道に進んだ方がいいくらいですねぇ……。

そういえば、書と云えば、現代でも書家の方というのがいらっしゃって、芸術を極めんとしたり、教室を開いていたりするわけですが、例えばあと200年とか300年経って、そういう人たちの書が後生に残っているのか? って云われたらどうもそうじゃないらしい。や、勿論そうじゃない、「現代の達人」みたいな人もいるだろうけれども一般的に、って事で。

やっぱり、書というのは、漢字のそれもそうですけれども、特に仮名文字が入る場合、「仮名文字が出来た辺りの時代」に生きていた人が圧倒的に影響力があるわけです。ご存じの通り、最初に漢字が我が国に入ってきて、漢字が崩れて平仮名になっていくんですが、当然、「仮名文字を学ぼう!」と思う人はその仮名文字を確立させた「始祖」に近い人たちの字を学びますよねぇ(勿論、現存する限りですが)。
ですので、平安時代に活躍した俗に云う「三筆」辺りが、仮名文字の最高峰という事になり、彼らの文字はきっと300年後もお手本として残っているのでしょう。

だから、本当は私がいくら綺麗な書を認めたって、或る意味で空しい作業なのかもしれませんw
それは文学研究をしている人が、いくら素晴らしい論文を書き、圧倒的に鮮やかに作品を解釈したり、誰も見つける事の出来なかった作品を掘り起こしてきたりしても、決してノーベル文学賞を受賞出来ない(というか受賞資格がない)というのにも似た諦念ですw ってなんのこっちゃ。


ただね、こういう実利的な事を考えるのはやっぱり良くないんですよね。
好きだからやる、楽しいからやる。
これに勝るものってのは中々無かったりもします。後生に名前が残らなくても、自分なりの味のある字を書けたら……きっとそれは又一つ、人生が豊かになったって事なんでしょう。

あと2ヶ月くらいしたら、書くであろう年賀状くらいは筆で書いてみようかな、なんて事は考えているんですが、結局ギリギリになっちゃって、例によって万年筆で書く事になるのかも……。



■そして本当のアンティーク

で、習字はレトロなだけで別にアンティークではなかった、と今更ながらに気がついたのですが、次は本当にアンティークなお話。

というのは、今日、本を買いまして。その本のタイトルは『ピアノはなぜ黒いのか』(斉藤信哉・幻冬舎新書)というもの。
ピアノについての蘊蓄が詰まった本で、現在大量生産されているピアノの話や、中国産のどうしようもねぇピアノの話、ヨーロッパのピアノメーカーの創る「思想のある音」について……。色々な事が語られていて、多分、この本を読んだ人の多くは、ヤマハとかカワイじゃなくてヨーロッパのピアノに凄く魅力を感じると思うのです。

ですが、私が「これは欲しい!」と思ったピアノは、ヨーロッパのピアノではなくて、寧ろ國産のそれだったのでした。國産って云っても、現在あるいは10年とか20年くらい前とかのピアノではなくて、明治時代とか大正時代、或いは昭和の初期に創られたピアノです。

ヨーロッパのピアノメーカーを推すのと同じくらい、この本の著者は「國産アンティークピアノ」も推していて、流通には乗らなさそうですけれども、個人で所蔵しているそうした古いピアノの良さについても述べています。

メイドインジャパンがそこまで魅力的で無くなった今日、そうした古式ゆかしいクラフトマンシップを感じさせるピアノが我が国にもあった、というのはとても素敵じゃないか。何だか楽器としてよりも、本当にアンティークとしての価値の方がありそうな気がしないでもないのだけれども、一度触ってみたいですねぇ。
何でもかんでも「古けりゃいい」って訳じゃないけれど、やっぱり懐古趣味な私としては、そうした時代を感じさせるものに憧れを持ってしまいます。
しかも、西洋で生まれたものであるのに、メイドインジャパン、つまり國産であるって所がミソなんですよねぇ……。歴史の教科書とかで昔あったじゃない? 鹿鳴館のイラスト。ああいう雰囲気ですよね。日本人がちょっと西洋人の真似して、背伸びして、だけれども正に職人技を駆使して創った「偽洋風スタイル」。それはそれで一つの美として確立されている気はするんだけれども、國産アンティークピアノもそれと同一線上にあるような、とてもゆかしいものなのでした。

興味のある方は是非ご一読あれ。
中々面白い本だと思います。



そんなこんなで、今日も今日とて早めに眠ります。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2009-10-21 00:06 | 日々之雑記
2008年 09月 18日

なんてことない日々之雑記vol.117

道玄斎です、こんばんは。

なんだか今日はだるいのでゲームはやめてのんびりと過ごしますよ。
昨日はゴキブリだとか、ちょっとアレなお話だったので、今回はちょっぴり高尚な(?)お話から。



■ピアノやってみる?

先ほど、母親とちょっと話していまして、たまたま音楽の話になったんですね。
彼女は結構ピアノが弾けたりしていて、謎の多い人なんですが、どうやら若い頃合唱を随分やっていたようです。何年か前にNHKの子供向けの音楽番組に出ていた早川史郎という方に習っていたそうな。

で、彼女の合唱の話を延々と聞かされたりしていたのですが、「ピアノもう一度やってみたら?」と何故か不意に勧められました。そう、若かりし頃、私も多少ピアノやっていた事があったんですね。ソルフェージュというカリキュラムで三歳くらいからやっていたように記憶しています。
今でも覚えているのは、例の「譜面」の書き方を最初に徹底的にやらされて、「もう勘弁してくれよ……」と子供ながらに思った記憶w 実は私はひらがなを覚えるより先にト音記号とか、そういうのを覚えて書いていた事になります。
当時、覚えた事の10分の1でも覚えていたら、と思うのですが、すっぽりと記憶から抜けてしまっていますね。

少しでもピアノやっていた影響か、どうも私は鍵盤楽器が好きみたいです。
所謂クラシックでもピアノの曲が好きですしね。それにピアノやオルガン、或いはチェンバロなんていう鍵盤楽器ってどことなく、メカニカルな感じで妙に格好良くないですか? 
そういえば、産業革命によって機械が生み出される以前、世界で最も複雑な構造を持つ“機械”はパイプオルガンだった、と何かの本で読んだ記憶があります。

ピアノは何年か続けていたのですが、同時進行でいくつも習い事を掛け持ちしておりまして、確か全部で四つくらいかなぁ? そのくらいの習い事をやっていました。
で、何でピアノを辞めたのかっていうと、私自身が「めんどくせぇ……」と思ったのが半分、もう半分は「著しい学力の無さ」に拠るモノです。つまり習い事の一つであった塾のウエイトが高くなってしまったんですね。
尤も、塾の方も上の空だったらしく、「このままこの子を放っておいたら、取り返しの付かない事になりますよ!」なんて親は、塾のセンセイに脅かされたそうです。この預言は数年後、見事に的中するのですがw
何度も書いてますが、本当に中学三年生くらいまで、私は漢字が書けなかったんですよ。勿論、「一」とか「山」とか「川」とかそういうのは掛けましたけれども、小学四年生あたりからの漢字は全然掛けませんでした。今でも、恥ずかしい話なんですが、結構書けない漢字があったりするんですよね。ちなみに、「読み」は出来ました。これはひとへに本が好きで、良く読んでいたという事情に拠るモノでしょう。中学一年生の時に小遣いをはたいて講談社学術文庫の『日本書紀』を買って、ひぃひぃ言いながら読んだのは良い思い出です。

そんな事情があって、ピアノを辞めてしまったわけですが、最近ちょっと「ピアノが弾けたら素敵だな」なんて思うようになりました。多分、キーボードなるものを購入して、たまに弄ったりしているからなんでしょうけれどもw
けれども、やるからにはしっかりとやってみたいのも本音としてあるわけで、何となく今の状態でもう一度ピアノを、となると中途半端になりそうな気がして、そこが引っかかりますね。
それに、従姉妹がピアニストなんですよね。国際的なコンクールで賞を取ったり、今は某国の音楽で有名な大学で教鞭を執っているようなので、何となく気恥ずかしさもありますよね。

まぁ、もうちょっと考えてみて、本気で「よし、もう一回!」と思えた時にピアノ、やり直してみようかな? なんて考えています。何事にも風向きっていうかタイミングってのもあるしね。



■黒くて小さい飛ぶアイツ

この時期になると、なりを潜めるアイツです。
夏に真っ盛りで、渦巻き状の緑色のブツが天敵のアイツです。

そう、蚊です。
何故かこの時期になって、最後の勢いで攻撃を仕掛けてきているのか、私の部屋に今日、大量発生しています。窓開けてないんだけどもなぁ……。

蚊ってのは、多分、「虫偏」にブンブンと飛ぶ音から、音通して「文」をくっつけて「蚊」にしてるんだと思いますが、まぁ、兎に角厭なヤツです。昨日のゴキブリもいやだけれども、蚊のヤツも大嫌いです。いや、血を吸うだけならまだ許せる。問題はあの痒みですよ。
血液型によって「蚊に喰われやすい人/喰われにくい人」居るみたいですが、私と蚊の相性は大変良いみたいで、滅茶苦茶好かれているようです。しかも困った事に、「かゆいけれども、掻けない位置」を狙って刺されたりします。まぶたとかさ!

昔々、祖母が「蚊に喰われた時には、朝顔の葉っぱを揉んで付けるとすぐに治る」と言っていましたけれども、この話を他の人から聞いたことないんですよねぇ。今、調べてみたら朝顔の種にはアルカロイド系の物質が含まれるそうで、もしかしたらそういうのが関係しているのかなぁ、なんて思ったり。
実際、子供の頃、祖母の家に行った時なんかは、蚊に喰われるといつも朝顔を塗ったくっていました。だから朝顔を揉んですりつぶした時の少し青臭い香りは、なんだか私にとって懐かしい匂いです。

そういえば最近じゃ全然聞かなくなりましたけれども、私が小さい頃は「日本脳炎に気をつけろ」みたいな標語があって、確か、アカイエカなる蚊がその病気の媒介だった事から、「蚊はおっかねぇ……」とみんな或る程度共通認識があったような気がします。 今となってはベープマットという凄い兵器があるので、蚊が来てもそれほど脅威を感じないのですけれどもね。

私は毎年、庭先に出て、蚊が見えなくなると「秋がきたんだな」と感じるのでした。


そんなわけで、今日はこのへんで。
それでは、また。
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by s-kuzumi | 2008-09-18 23:57 | 日々之雑記