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2008年 08月 08日

なんてことない日々之雑記vol.104

道玄斎です、こんばんは。

何か、こう夏っぽい作品を探して、先ほどプレイしたのですが、どうも禁止事項がやったらめったら多くて、レビューを書く事能わず。作品内容自体は中々好みだっただけに残念。

一応、“引用”の範囲でやっているので、引用として使った画像なりシナリオ紹介文なりが、私の書くレビューに対して、「従」の関係であり、且つ引用である事が明確であるならば問題なさそうなのですが、readme.txt(ちなみに、拡張子がヘンテコなものになっていて、直してやらないと開けないw)で、かなり強い調子で禁止事項(連絡を事前にとっても許可しない、との事)が書いてあったので断念しちゃいました。

そういうので無用のトラブルに巻き込まれてもそれはそれで面白くないしね。
まぁ、こういう事もあるわけで、それはしょうがない。



■オリンピック

あー、安売りの量販店じゃないっすよ。世界の運動会の方です。
正直、あんまし興味ないんだよなぁ……。

いっつも疑問に思うのは、例えば柔道。若いイキのいい選手が出てきますよね。
けれども、ああいう武道系のものって、よぼよぼのじいさんなんだけども、超絶な達人が居ても良さそうじゃない?w そもそも柔道って、力のない人でも強い人をぶっ飛ばすってのが、本義なわけでさ、私が高校の時に、講道館から8段だかのよぼよぼのじいさんを招聘して、授業を持たせるという事があって、一学期間そのじいさんから柔道を教わった事があります。

いや、ほんっとよぼよぼのじいさんなんですよ。けれども、若い17歳とか18歳くらいのパワーMAXの少年が突っかかっていっても全然敵わない。どうもそのじいさんは講道館でもかなりの達人として有名な方らしく、彼が講道館に出向くとずらっと居並ぶ門下生達が、平伏するってんだから相当なもんだ。柔道が武道なのか、それとも武術なのかって問題はめんどくさいから割愛するとして、ともあれ「達人」ってのは居るんですよね。
達人を前にすると、年齢や筋力そんなものは無意味になってしまう。

ところが、オリンピックだなんだって見てると、何か柔道っていうか、パワー勝負の投げ合いみたいな感じで「なんだかなぁ?」と思う事頻り。
正直な所、「達人」がそういう表舞台に出て、まさに達人技を見せて欲しいんですよw 別に柔道に限らず、そういうその競技の持つ本義まで問うてしまうような、すっげぇ技、そういうのが見て見たいですね。

というわけで、古典文学を専攻していた私は割と愛国心がある方なので、国歌を打ち込んでみました。少しテンポ早いね。
こちらからどうぞ。



■恐い話

先日、教えて頂いた、某動画サイトで視聴できる恐い話。何とサウンドノベルの体裁で流れる動画で見ていて滅茶苦茶面白かったです。怖さも相当なものが……。正直、ここ数日ビクビクして過ごしてましたもの。

そういえば、微妙に恐い夢を見ました。数日前に見た夢なのですが、私って夢はフルカラーでしかもしっかり覚えている事が多いんですよ。
で、どんな夢かっていうと、私と「誰か」が遊びをする、というもの。どんな遊びかというと、私の夢のオリジナルの遊び。


・ブック隠れん坊という名前で、その名の通り、隠れん坊なんだけれども、隠れるのは本人ではなく、本人が所有する本。

・唯一本棚だけは、隠し場所から除外する。それ以外はどこに隠してもOK。

・お互いがお互いの隠した本を探し合う。ただ、相手の見ていない所で、自分の本をこっそり移動させるのはアリ。しかし、こっそり本を持って移動させる最中が目撃されたら、本は隠れていない為、即座に負けとなる諸刃のルール。

・使用する本のサイズは、B5以上のものとする。文庫とかだと小さいからね。

・尚、負けた本は、燃やされる。


こんなゲームですw
我ながら、良く覚えているなぁ、とw 最後の本を燃やすってのが物凄く恐いですよね……。
結局、私は夢の中の「誰か」(夢にその場限りで出てくるゲストキャラ)に負けてしまって、なにやらとっても大切にしている本を燃やされてしまって、泣いてしまいました。
目を覚まして、自分が一番大切な本を確かめたくらい結構リアリティのある夢で、凄く恐かったです。
ちなみに、私の一番大切にしている本は、B5サイズで「出版されていない」本です。出版されていないから、自分で適当に出席簿とか閉じておく黒い厚紙みたいなヤツで、簡易綴じをしていあるものですね。
ページ数自体はそんなに多くないし、はっきり言えば全然面白くない本なんだけれども、色々と思い入れの強い本です。あっ、勿論私が書いたものじゃないですよ? 私がライターとして関わった事のある本は本屋さんでそれっぽい棚を見て貰えると、見つかると思いますが、本名で書いているので分からないと思いますw


何か、恐い話から脱線してきていますが、恐いついでに語ると、今日、私の住んでいる地方で結構強い地震がありました。
ぐらぐら~って揺れじゃなくて、どーんっ! って感じの揺れです。びびりました。何か最近、地震とか多い気がしますね。でかい一発が来なければいいのだけれども。兎にも角にも、非常用の食料とかグッズとかはしっかり準備しておきたいものです。

上にも書きましたが、恐い怪談なんかも含めて、夏っぽい作品、プレイしたいですね。
明日も明後日もどこにもいかない予定なので、大人しくゲームを探して、遊んだりします。


そんなこんなで、今日はこのへんで。
それでは、また。

by s-kuzumi | 2008-08-08 22:05 | 日々之雑記
2008年 06月 25日

なんてことない日々之雑記vol.88

道玄斎です、こんばんは。

期待の某ゲームをプレイしているのですが、ちょっと長いので、その間に例によって例の如く日々之雑記を。


■怪我の事

というわけで、抜糸に行ってきました。
結果、抜糸されませんでした……。私の通っている近所の総合病院(自宅から電車で一駅)は、外科が限りなく小さくて、いつも空いていて良いのですが、何か診察に行くたびに診療してくれる先生が違います。

怪我をしてから一発目は、やたら無口のオッサン。二回目はちょっとホッとするようなおじいちゃんの先生。そして今日は私より若い(と思ふ)大学出たばばっかって風情のオニイチャン。

毎回毎回、先生が違うので、診療方針っていうのかな? それもまちまちなので困ります。
おじいちゃん先生が言うには「月曜以降だったらいつでも抜糸して大丈夫だよ」との事でした。だからこそ今日抜糸に行ったわけですが、今日は「二週間してから抜糸しましょう。つまり五日後にもう一度来て下さい」と言われてしまいました。

けれどもね、傷はもうきっちりふさがっているし、血なんかももう出ない。
ささがにの糸攣る感じはあれど、まぁ、傷を負った本人の自覚としては「抜糸しても大丈夫なんじゃねぇ?」と思うのです。尤も内出血してすっごいアザになってたりするので、歩くと振動で微妙に痛いのですが(朝、電車で人に踏まれると死ぬほど痛いです)、一応もう普通に歩けるし、問題なさそうなんだよなぁ。

で、今頃になって塗り薬が出たりして、「もうちょっと治療方針を明確にしてくれねぇかなぁ」なんて思ってしまいました。



■本の事

何とか、10冊読了しました。
直接関係はないのですが、MIDIの揺籃期のお話とか、結構面白い読み物だったな、と。ネタもばっちり仕込んだので、もうちょっと熟成させてあれこれ試行錯誤してみたいですね。
で、モーツァルトの関係の書籍も読んでいるのですが、結構面白いなぁ。親父との確執とか、晩年借金まみれになるとか。

いつ、~という曲が作られたのか、という問題は、結構書誌学的な楽譜の紙の種類とかそういうものから測定しているようで(勿論、大量に残っている書簡などからも)、一脈自分の専門に通ずるものがあるんですよねぇ。

本とは直接関係がないのですが、『源氏物語』の話でもしましょうか。
というのは、最近、朝、テレビで例の瀬戸内晴海が『源氏物語』講義みたいのをやってるらしいんですよ。私はそんなの見てる余裕がないので勿論見てないのですが、「結構面白いよ」というようなお話を色んなところで聞きます。

今日、「平安時代には、なんとかって占いみたいので、住む場所を変えてたんだって?」なんて聞かれました。恐らくそれは方違えの事ですね。
例えば、北東の方角にいくと凶です、なんて占いの結果が出たとします。けれども、どうしても北東に行かないといけない用事があったりする。その場合、先ず、普通に東に行く。そして東で一泊とかしてから、北に向かって目的地に行くわけです。
なんだか、へりくつみたいな感じなんですが、結構マジでやってるんですよね。

けれども、これって平安時代だけでもないですよ?
折しも昨日、ちらっと書いた私の祖父が同じことやってたみたいですから。という事は普通に昭和年間でもそういう事をやってる人はいた(もしかしたら今もいるかも?)みたいです。
詳しい事は語れないのですが、我が家は昔某密教系の占いで家が動いていた事がありましてw ああ、別に怪しげな新興宗教とかじゃないですよ。普通に天台宗です。勿論、なぁなぁの日本人の美徳(?)として、私自身特定の宗教を信仰しているわけじゃないのですが。まぁ、強いて言うならば、私は神道好きですねぇ。

で、そこの住職が、星を見て人を見る、みたいなそういう事をやっていて何か決めごとがあれば、先ずそこに相談に行ってたようです。私のファーストネームもそこの住職が選定してますw 住職はかなりお年を召された頃から「もうそういうものを『観る』事が出来なくなった」と言って引退したのですけれどもね。

で、もう先代住職はなくなられてしまって、代替わりがあって、そういう占いなんかをしなくなってしまったのですが、同じような事をやってる人、絶対に居ますよね。
この21世紀でも、そういう事があるって冷静に考えたらびっくりですよ。だってさ、1000年以上同じ習慣が維持されてるって凄い事ですよ。しかも占いなんて、非科学的でアナログなものをw



さて、医者に行ってきたので、こんなに早い時間にコンピュータに向かえています。
ボチボチゲームの続きでもやってきますか。

by s-kuzumi | 2008-06-25 17:24 | 日々之雑記
2008年 06月 23日

なんてことない日々之雑記vol.87

道玄斎です、こんばんは。
今日は、完全に読書の日にする予定ですので、ゲームのプレイは致しません。
毎日毎日ゲームやってると、それはそれで良くないからね。
けれども、不思議な事で「日々之雑記の方が面白い」なんて方がいらっしゃるようで、大変びっくりいたしました。とりとめの無い事ばかり書いていて(今日は、最後でモーツァルトが出てくるw)、結構楽しんで私自身は書いているんですけれども「なんか、つまらねぇ記事で悪いなぁ」と思ったりする事も屡々。



■再びレビューを考える。

これは、まだ完結していない(というか完結の目途すら立たない)「ノベルゲーム論」という連載(といっても、ここで勝手に不定期に書き散らかしているだけだ)で、まぁちらほら書きたいのだけれども、結局、ノベルゲームでも何でもゲームの「レビュー」若しくは「批評」とかってありますよね。評論っていうととっても偉そうなイメージがするので、小市民の私はレビューっていうのを今は一貫して使っていこうと思っています。
まぁ、それはいいや。
で、結局、ゲームの批評なりレビューなりをこういう「ブログ」で展開するってのは、どういう事なのか? って問題で、いつも物凄い真剣にそれについては考えているんだけども、言うなれば「DJ」なのかな? と。昨日の夜、お友達のゲームレビュワーから電話があった時に思いました(どうでもいいけど、ちゃんと病院行って下さいよ!)。

何か、こう、「紹介サイト」とか「紹介ブログ」っていうのとはまたちょっと違うわけでしょ? こういうのって。一応、ストーリーとかも載っけて分かりやすさを確保してあるけれども、それなりに長いし(大体、文章だけで平均でテキストファイルで5KBくらいなんだよ。って、ここまで長いのは私くらいかもしれないw)、中には「実際にプレイした人じゃないと分かって貰えないような内輪ネタ」みたいのも入ってるし。

じゃあ、ここで私が展開してるのはなんじゃらほい? って時に「DJかもなぁ」と思ったわけです。DJってラジオのパーソナリティじゃないですよ。あのレコードこすったりする方の人w
あれって、一応、選曲して流す順番を決めて、みんなが好きな音楽を掛けたり、その中に「みんなは好きじゃないかもしれないけれども、俺はこれが好き」みたいな曲も掛けたりする。
って、感じで、このブログも容量一杯になって別のブログに移行するか、はたまた私が飽きちゃって、こういうレビューを止める時までの長い1ステージみたいなもんかなぁ、と思ったわけです。クラブとか、そういうフロアの1パッケージが何時間くらい掛かるのか分からんけれども、ゲームのお皿を回すDJという感じで、そのパッケージを長期スパンでやってる、という感じが今しています。

主役は勿論、曲(=ゲーム)であって、私じゃない。
けれども、まぁ、ナビゲートというか、フリーのサウンドノベルみたいなものに目を向けさせる、みたいな、そういう役目が私、という事になります。ちょっと偉そうだけども。
だから、聞いたことがない曲(=ゲーム)でも「ちょっとこれ、いいんじゃない?」って思ったら、実はクラブ(=このブログw)から離れて、お店に曲を(ベクターとかでゲームを)買いに(ダウンロードしに)行って欲しいんですよw

で、その曲に満足して、「何か他にもねぇかなぁ?」って時にはまた来て貰えばいいし、或いは「あの曲いいよな!」ってお目当てが既にあって、ちょっとクラブで掛かっているのを聞きに行くかって感触で、レビューを見て貰ってもいいんじゃないかしら?
ここまで書いて、何か難しそうに語ってしまったけど、それってまぁ、当たり前なんだけどw

ただ、やっぱりDJなわけですから、そのDJの特徴みたいなのも出ているハズです。
人気のDJっていう人たち(私はどんな事やってる人たちなのか全然分からないのですが)がいる以上、タダ単に曲を掛けるだけじゃなくて、独自の解釈があって、それをリミックスしたり心地よく聞けるようにする、とかそういう工夫があるんでしょうね。そういう意味で、単なる紹介じゃないレビューというのを、今考えています。

まぁ、この日々之雑記は言うなれば、MCみたいなもんですよ。
MCの方が多いんじゃないかって?w それも私の特徴です……w



■壊れそうになったスピーカーと、オーディオインターフェイス。

さてさて、皆さんは怒ったりする事ありますか?
私は殆どありません。結構鈍いというか鈍感なので、あんまり怒ったりとかしないというか出来ないんです。けど、たまにやっぱり人間ですから、ムカッとくること、あるんですよ。
私の場合、その場その場で怒るっていうよりも、それを持ち帰って一ヶ月とか発酵させた後で「あれって、怒っていいよねぇ?」と自問自答してから怒るというめんどくさいタイプでw

で、まぁ原因は語らないのですが、ちょっと最近ムカッとくる事がありまして、最初はただただ悲しいという感じだったのですが、段々「これはちょっと怒った方がいい」と思って、三日くらい前から怒ってますw 
んで、怒りを昇華させるべく、シーケンサーに向かって打ち込みをやってたんですよ。それが、また物凄い「鳴り」が良い感じででして、ストレスを全部ぶつける感じでガシガシやっていたと。音圧を上げまくって、例の「テクノっぽいもの」を作っていたのです。まぁ、本当に出来るのか? っていう実験でもあるんだけども。
大体、ローランド製のマルチ音源にパワーが足りなさすぎる。けど、今回は「テクノっぽいもの」だったので、ローランドをやめまして(いや、それでもスケッチみたいな部分では使ってるんだけど)、それっぽい専用のシンセを使ったらその音の鳴りの良さったら……。
ちなみに、使っているものを微妙に紹介しておくと「Superwave P8」ってヤツです。フリーのVsti。プリセットだけでいかにも、な音が出ます。

で、こっちもかなりノリノリで、コードとか載せて(P8を使ってコードを入れると、もうそれだけでかなり気持ちよい音になる)あれこれ試行錯誤していたら、スピーカーが「ぼべぇえぇ~~~~!!」みたいな音を立てました。。

シーケンサーを見てみると、音量メーターみたいな部分があって、メーターを振り切っていたんですね。「青色」の部分がそのメーターにあって、その青色の範囲で鳴っていれば正常範囲内。なんだけども「赤色」の部分も存在していて、そのまんま「危険信号」なわけです。
シンプルな気持ちよいシンセ音で、ついつい各トラックの音量を下げるのを忘れていたんですよ、きっと……。
実際に、大音量、というわけじゃなくて、まぁ各パラメータとの兼ね合いでそういう風になってしまったんですが。で、マシンがウンともスンとも言わなくなってしまったので、久々に「長押し強制終了」をしましたw Windows95とかの時は三回に一回くらいはこの終了方法にお世話になってましたね。ちょっと誇張しすぎか。実際は10回に一回くらい。

で、余計にストレスが溜まってしまったというお話でした。どーしよーもないわね……。



■本屋さんのお話。

私は本が好きです。って今更改めて宣告する必要もないのですが。
けれども、書庫を整理したついでに「暫く本を買うのを自粛する」と決めてしまったのです。折しも足を怪我して、「大量に本を抱えたまま、本を持ってウロウロ出来ない」という状況も後押しして、ここ最近は、本当に本買ってなかったんですよ。
先月までは月に100冊くらい買ってたのにね。

幸い、足の怪我も一段落してもういつでも抜糸して大丈夫なんです。
明後日にでも、抜糸しに行こうかと思ってるんですけれども。
で、「もう結構普通に歩けるようになったし、本でも買うか」と思ってしまったのが運の尽き。今日、取り敢えず15冊色んな本を買ってきました。ブックオフとかも利用しているから、経済的にもそんなに負担が掛からない。「若者のの非行に走る原因はなんだ?」みたいな今から30年くらい前の本まで何故か買ってますw

で、私、自分で言うのも変ですが、かなりの本買い野郎だと思ってたんですよ。
本のために、床に補強工事して貰うくらいですしね。なんだけども、今日本屋さんで、私を遙かに凌ぐ「本買い野郎」を目撃してしまいました。
私、最初本屋の人かと思ったんですよw というのは、ほら本屋さんって大量の段ボールに詰まった本を運ぶ時に「カート」みたいの使うじゃないですか。アレを借りて、自分が買う本、選んでるんですから。

で、次から次へとそのカートに本を入れていく。
私が見た時で既に100冊を越えていました。なんだけども、それに飽きたらず執拗に本を探しては、積み上げていくという作業を繰り返して……。
あの人、結局、本屋を出る時に200冊くらいは買ったんじゃないかなぁ? 多分、「真っ先に読みたい本ベスト20」だけ、手持ちにして後は郵送してもらったりしてね。

流石に私でも、一日100冊はないですよ。
凄い人がいるもんだ、と思いましたね。


で、移動時間とかにぐわぁっと買った本を今、4冊読了しました。まぁ、割と軽めの本ですからさっくりと。
今、緊急で読みたいのが今読了した4冊と、6冊の計10冊です。ほら、さっきから「テクノっぽい何か」を作る、みたいな話してたじゃない? で、やっぱり自分のそういう「テクノっぽい音」のルーツはTMNetworkにあるので、TMNetwrok関連の書籍を10冊買ってきて、研究する、というわけです。研究っていっても、バンドスコアを買ったりとかそういうのじゃなくて、ツアーの記録とか、小室の対談集とか、木根さんの自叙伝とかそういうのです。ウツ(宇都宮隆)はそういうの、書かないからねぇ。
多分、こういうのを読んでいくと目指すべき「TMっぽい音」が出来るんだと思うのですよ、私は。兎に角こういう研究から入るタイプなんですよ。
現時点で4冊読んだわけなんですが、さりげなくあの「TMサウンド」の秘密を自ら語っているようなところがあって、収穫は上々といったところ。坂本龍一との対談なんか、かなりネタの宝庫になってますね。「ハウスミュージック」の作り方を坂本龍一が語っていて、これは即使えるネタだなぁ、なんて。詳しい人が聞いたら怒りそうだけども、私の中ではああいう「ダンスミュージック」っていうのかしら? ああいうのは、ハウスだろうが、トランスだろうがテクノだろうがユーロビートだろうがみんな兄弟みたいな捉え方なので、割と広いレンジで情報が収集出来るので嬉しいです。

で、小室哲哉は以前モーツァルト生誕何年だかのミュージカルかな? その音楽担当もやっていたので、モーツァルトの本も一冊買ってきました。タイトルは『モーツァルトはどう弾いたか』。どうやら、記載されているURLにアクセスすると「当時の音」でモーツァルトが聴けるらしい。
今もURL生きてるのかなぁ……?? 八年も前の本なんで、ちょっと不安です……。

今確認してみたら、ちゃんと生きていました。んが、クリックしてもクリック先のファイルが消失している……。
紆余曲折を経て、著者のページにて、それっぽいものを見つけました。どうやら『モーツァルト・18世紀ミュージシャンの青春』なる本を上梓したらしく、『モーツァルトはどう弾いたか』は過去の本という事になっています。ですので、『モーツァルト・18世紀ミュージシャンの青春』で解説している「モーツァルトの音」は少し聞けるという感じなのですが、MIDIファイルなんですよねぇ。MIDIでモーツァルトが再現出来るのか? という問題はあるのですが、興味のある方はチェックしてみて下さい。こちらから行けますよ。

んじゃ、読書再開してきます。
それでは、また。

by s-kuzumi | 2008-06-23 19:27 | 日々之雑記
2008年 06月 04日

なんてことない日々之雑vol.79

道玄斎です、こんばんは。
今日は疲れてしまったのでゲームはプレイ致しません。

明日、数年前(二年前かな?)にリリースされた伝奇モノのレビューを書こうと思って、少しづつプレイを進めておりますが、如何せん、トータルで8時間くらいある長編なので……。



今日、ニュース番組を見ていたら、「本の選び方」が最近、変化しているという事でした。
どういう事かと申しますと、「ランキング至上主義」になってしまっている、ようなのです。本屋さんに行くと「週間売り上げランキング」表とかがありますよね?あれを目安に自分が面白そうな本を買うというのは、全然アリだと思うんだけども、完全にそのランキングだけが指標になってしまっているという。

一つには、恐らく魅力的な本がリリースされなくなってきた、という事情があるのではないかと思うのです。誤解を恐れず言えば「良い本」より「売れる本」に出版社の方の比重が傾いてきている、と。
まぁ、出版社は株式会社ですし、利益を上げて株主に納得してもらう事が第一。とはいえ、あんまり儲からないけれども「意義のある出版」ってのもきっとあるんですよね。
学術系の本の単価が高いのも、この辺りに事情がありそうです。

尤も、出版社だけに責任を負わせるというのもアレなので、読者の方にも。
やっぱり、読者のニーズってのが出版に大きな影響を与えるのも又事実。私が以前から疑問に思っているのは芸能人の自伝とか、そういう本が出ると一斉に報道されて、そういう後押しによってランキングに入ってしまうという悪循環。
いやいや、決して芸能人の自伝が悪であるとか、はたまた私は高級なものしか読みません、とかそういう事を言いたいのではなくて……。まぁ、うんとくだらない物言いになってしまうんですが、昔良く言われた(今もかしら?)「活字離れ」とかね、そういうのも原因の一端だよなぁ、と思うのでした。
何が良い本か、ってのは必ずしも自明ではないし、誰かに押しつけられるものではない、という大前提があるわけですが、それでも「名作」として残っている本は、それなりのタイムプルーフを経ているわけですから、一読してみる価値はあるのではないかと思いますぜ。
いや、これも次回自戒を込めて言うのだけども。悲しいくらい私は世界の名作とか読んでないんすよw 時間を見つけてちょこちょこ読むようにはしてるんですけれども、やっぱり面白いですよ?


と、以上が話しの枕です。
ここからが本題(?)。

いや、書庫を整理していたら、面白い本を見つけたのでちょこっと紹介してみようかな、と。
勿論、ノベルゲームで役立ちそうな書物をチョイスしますよ?

一冊目

『最後の忍者どろんろん』 藤田西湖著

今から50年前に出た本です。
著者は、甲賀流忍術正統14代目だかを自称していて、彼のまぁ、言ってしまえば自伝的な本です。まぁ、芸能人の自伝みたいなもんやね(え?w)。
内容は、忍術の奥義みたいなものは語られないけれども、端々に忍者になる為の修行法であるとか、忍術の一端が示されていたりして、結構面白いです。
なんだけども、結構眉唾な感じも受けなくもないw 先の大戦で極秘任務を受けていたとか、なんだか怪しげな所もあるけれども、そういうのも割り切って読むと良いかも? 私は結構、この本好きですよ?w
今は、アマゾンなんかで調べると、文庫本で安価に入手出来ます。私も文庫本で持っています。武術とか忍術とかに興味のある人はチェックしてみて下さい。もしかするとノベルゲームで諜報員とか描く時に役に立つかも……。


二冊目

『修訂 中国の呪法』 澤田瑞穂著

ソッチの方面では割とポピュラーな本。
一般書と学術書の中間くらいの感じかな?適度に読みにくくて、適度に読みやすい。
書いている人は、まぁ、こういう事を言うとアレなんだけど、ちゃんとした学者さんで、国書刊行会からも本を出しているくらいですから、内容は至って真面目。ちらりほらりとお札の写真が載っていたりして面白い事請け合います。
表紙は意外とキャッチーだしねw これも伝奇っぽいものを書くときに使える、かも?
ちなみに、アマゾンで調べたら大体3000円くらいの本です、内容を考えたら激安でしょう。


三冊目

『星の神話・伝説』 野尻抱影著

こいつは、例の講談社学術文庫の一冊です。定価で800円くらいだけどもブックオフかなんか探せば、半額くらいで買えるかも。
季節ごとに観測出来る、星座の神話や伝説を収めたものなのですが、特に「日本の神話・伝説」とかでなく、世界中の神話伝説が載っているので、意外と応用の利きそうな一冊です。
いや、実は、毎月100冊ペースで増える(増えてた。今月はかなり自粛してる)本で、積んでおく80冊の中から発掘しましたw だから私も未読です。今日の寝しなにでも読んでみますわ。


四冊目

『大正時代の身の上相談』 カタログハウス編

これはぐっとライトな文庫本。
何年か前『生協の白石さん』という本が出て、ちょっと話題になりましたよね。
学生の訳の分からん質問に、時に真面目に時に軽妙に切り返す白石さんの受け答えがウリの本でしたが、本書も割とそれに似ています。
というのは、大正時代の新聞の「お悩み相談コーナー」に寄せられた悩みを、新聞記者さんがやはり、時に真面目に時に軽妙に切り返して解答していく、というやりとりを収録した本だからです。最近の新聞のお悩みコーナーってなんだか訳の分からん作家さんやらが、したり顔でアドバイスしていてちょっと読んでいてイライラっと来ることがあったりするんですが、大正時代は、人間と人間の距離が近かったと申しましょうか、なんだか物凄い親身に解答をする記者さんに正直萌えますw

意外と、悩みって100年近く経っても変わってないもんなんですよw 
まぁ、中には結構ドロドロした悩み(本当に新聞に投稿していいのかよw)もあったりで、インスピレーションが刺激されます。 特に悪女に騙される文学青年の悩みは必読です!


最後

『観智院本『世俗諺文』の研究』 山根対助監修

今から1000年くらい前の源為憲さんという人が纏めた本。
当時の諺(ことわざ)の解説本ですね。諺に対して、出典を載せています。
ちなみに、これは一般に流通している本ではなくて、北海学園大学の論集、という位置づけなので書店での入手は不可能でしょう。古本屋を探せばあるかな? 興味のある方は是非是非。あんまりノベルゲームには役に立たないんだけどもね……。
あー、ちなみに中身は「手書き」されたものをコピーして製本してある、といった体裁ですので、活字ではありません。加えてオール漢文です。が、返り点、送りがなが付いている為、ふつーに中学高校で漢文を勉強していれば問題なく読めるハズです。漢文がニガテな私でさへ読める。たまに変な返り点が付いていたりする事もあるんだけども。



大体、こんな所でしょうか?
探せば、まだまだ見つかりそうなんですが、このくらいにしておきましょう。

やっぱり、本って自分の興味関心のあるモノを、自分で手にとって買わないと駄目なんだよねぇ。他人の評価に頼ってばかりいると、自分の検索能力は低下するし、感性も鈍るような気がします。「あまり知られていないけれども、自分ランキングで上位の本」を見つけた時(或いは発掘してきた時)の喜びといったらもう……。
皆様のベストブック、良かったら教えて下さいね。

それでは、良い読書を。

by s-kuzumi | 2008-06-04 23:04 | 日々之雑記
2008年 05月 19日

なんてことない日々之雑記vol.72

道玄斎です、こんばんは。

今日も天気が悪くて、どうにも、こうやる気が出ないというか、体調不良です。
実際の所、気圧の変化と人間の体って物凄く関係があるように思える……。
また、台風が来ているようで、折角咲いた庭のバラが散ってしまうので困りますね。


さて、今日は先ずはお知らせから。
ご縁があって紹介をさせてもらって以来、情報をお届けしているInverse Kinematicsさんのお話。
即売会のイベントに当選なさった、との事です。
6/15のサンシャインクリエイション40にて、ブースの出店と作品『御伽噺食堂』の頒布が行われます。おめでたい事です。
詳細は、ページからご確認下さい。ダウンロード販売なども行われるようですので、日にちが合わないなんて方はそういうのを利用してみて下さい。

フリーじゃないノベルゲームですが、まぁ、そういう情報をたまには扱ってもよかろうってんで、ご紹介させて頂きます。

私、ですか?あいにく6/15日はちょっと困った日でしてねぇ……。
毎年この日には一人で潔斎して「思い出」と札の貼られたローズウッドの箱を机の引き出しの一番奥から取り出して……。
いや、本当に個人的な「トラウマな日」なので、多分引きこもるんじゃないでしょうか?w
何年も前の事をずっとずっと引きずってしまう、というのは良くない事だと知りつつも、こればっかりはどうしようもない。

私も一本欲しいんですけれどもね。こりゃ、ダウンロード販売かなぁ?
けれども、どうもダウンロード販売って手続きが煩雑そうだったり、「データ」という或る意味実体の無いものを買う、というのに抵抗がないわけでもない。
その辺り、自分自身が旧世代の人間だという事を強く感じてしまうわけですが。。



さて、お知らせも終わったし、またいつものようにどーでもいーお話をグダグダとやっていきましょうか。
今回は、例によって、本のお話。

私は最近、本を月に100冊以上購入してしまうので、そろそろ収納スペースが限界です。
100冊っていうと「嘘だろ?」って思うでしょ?けれども、マジなんです。
何しろ、今日だけで10冊本を買ってますから……。大体、休日などには本屋に行って10冊単位で本を買ってきたり、今日みたいに平日でも10冊くらい買い込んでしまうので、毎月100冊以上本を買っている事になります。

正直、いちいちカウントなんてしていなかったんですが、書庫があふれかえってきたので、本をいつ何冊買ったか、というメモをつけていたら普通に月に100冊オーバーしていたというw
これをちゃんと毎月毎月、100冊なら100冊全部読めばいいんですが、読むのはその中でせいぜい20冊くらいだったりします……。
斜め読みをしたり、ざらっとめくって大体の内容を把握したり、っていうのもカウントすれば50冊くらいは読んでいるようにも思えるけれども、それはやっぱり「読んだ」とは言えないので、カウントしません。

どんな本を買っているかっていうと、別にジャンルにこだわりがあるわけでもなくて、適当に面白そうだと思ったものを手当たり次第買っていく、という感じです。
ただ、どちらかというと「小説」とかは少なめかな?割と新書とか専門書なんかが多いですね。今日も某古典文学の注釈書を買ってしまいました。

勿論、全部新品で買うとお金がいくらあっても足りないから、適宜古本屋を利用します。
所謂新古書店には、値段の付け方が間違っているものが多く「をを!これがこんな値段で買えるのか!」というような、掘り出し物が見つかったりするので楽しいですね。

んで、書庫なんですが、既に「本を収めるべきスペース」が全て埋まってしまっていて、仕方がないから床に本を積み上げていました。
が、床に積み上げていたものも、膝上くらいの高さになってくると、もう書庫というか、ただの古本屋というか、そういう感じになってきて……。

近いうちに、整理を行うべく今日、書庫を観察したのですが、やっぱり専門書類がスペースを圧迫しているようです。『日本書紀総索引全四巻』とか、かなり大きい本ですし厄介ですな。
ちなみに、この本、いくらくらいするんだろう?と思ってネットで調べてみたら、アマゾンでは第一巻一冊で中古で15万円だそーです……。
もうちょっと良心的な、「日本の古本屋」という所で検索を掛けると、四巻揃で最安値が6万円でしょうか。ちなみに最高値は26万2千5百円。
いくらなんでも、高すぎだろ。

こうした専門書はお値段がご覧の通り高いわけですが、それ以上にスペースへの負担も大きい。特に索引なんてもんだと、サイズがA4サイズとかだったりするので、ねぇ?
他にも『大漢和辞典』全13巻+語彙索引とか、『源氏物語大成』全八巻とか、シリーズになって私の書庫・本棚を圧迫する強者がそろっています。

問題なのは、スペース不足もさることながら、「本は捨てられない」という私の性分も大きな問題です。漫画とかなら捨ててもいいんです。実際、随分過去に漫画の類は始末して、それでもずっと残り続けている永遠のレギュラーは谷川史子の漫画くらい。

だけれども、普通の本って何か捨てるの抵抗ありません?
しかも、それぞれの本にはそれぞれの思い出とかがあると、益々捨てることが出来ない。
大体、私の場合、何かしら書庫から本を引っ張り出してきて読んでいると、それを最初に読んだ時の情景が蘇ってきます。

「そういえば、これは移動時間に電車の中で良く読んでいて、このページを読んでいた時は確かお昼くらいで日の光がまぶしいから席を移動して読んだなぁ」

ってな感じです。
これなんて全然たいしたことない思い出なんですが、もっと自分の人生に密着した本ってのもありますからねぇ。
お金がなくてどうしようもないから、食費を抜いて買った本とか、一年間くらい掛けてコツコツと読んだ本とか、はたまた日々しょっちゅう道具のように使っていた本、とか……。


どなたか、読書マニアの方がいらしたら、収納術とか伝授してくれませんか?
と適当なオチがつかなかったから、こんな感じで今日はオシマイです。

それでは、また。

by s-kuzumi | 2008-05-19 23:58 | 日々之雑記
2008年 03月 18日

なんてことない日々之雑記vol.53

道玄斎です、こんばんは。
最近、仕事に忙殺されているわけですが、ここ数日が山場です。
ここを頑張って乗り切った上で、内なる声に従ってゲームを心おきなくプレイ出来るようになりたいですね。

今日は、ちょっと疲れていてゲームをプレイする気分じゃないので、またとりとめもない事をつらつらと。



■朝のニュース

今朝、一人寂しくパンか何かを囓りながらニュース番組を見ていたら、桜庭一樹が出ていました。直木賞作家です。私は「GOSICK」の頃から目を付けていたのですが、ニュース番組に出るほどメジャーになるとはおもはざりき。
まぁ、こんな歳になってライトノベルを読んでいるというのは、或る意味で恥ずかしい事なんですが好きなものはしょうがない。
いっつも主張しているように、古典の物語ってとてもライトノベル的です。いや、違うか。ライトノベルが古典的なのかな。

色んな説があると思うのですが、古典文学が花開いた平安時代では、男性は「漢文」を読む、という事になっていました。男性貴族の日記なんてものも、いくつか残っているのですが、彼らは漢文(って言っても和漢文?)で文章を書いています。
男は漢文、女は仮名文字、みたいな区分けが或る程度あった事は恐らく間違いではないでしょう。だからこそ紫式部というあだ名の女性が「人前じゃ、漢字なんて読めないフリしてんのよ」とか書くわけです。

んで、漢文=オフィシャル、仮名文字=私的、とこういう区分けも成立しているわけでして、古典の物語は言うまでもなく「仮名文学」です。だから、もうその発生からして「高級志向」ってんじゃなくて「ライト」な要素が多分にあるんですよね。
しかも、中身は、うんと言葉悪いけれども少女マンガみたいな。菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)という人が『源氏物語』を始めとする物語を伯母さんだかに送ってもらって夢中で読みふけった、なんてエピソードは「少女マンガを読みふける女の子」と重なって見えてしまうのです。

と、いい歳こいてライトノベルを読んでいる自分を必死に正当化しようとしている私ですw
ま、それはともかくとして、もっと「文学賞」なるものと、「ライトなノベル」っていうのはくっついていいんじゃないか?と私は個人的に思います。「文学賞」っていうとなんだか高級志向っぽいけども、結局は「物語」はライトなものがその根底にある気がするのですよ。
例えば夏目漱石って人の『吾輩は猫である』という作品。あれってライトなノベルだよねぇ?或いは『坊っちゃん』でもいいけど。
敢えてかどうか知らないけれども、割と「文学っぽい」作品が、今朝のニュースでも取り上げられて彼女の出自である「ライトなノベル」みたいのに全然焦点が当たらなかった(よね?朝は弱いからはっきりと覚えていない……)のが、残念でした。
けど、ラノベ出身の人が直木賞を取る時代になった事は素直に喜ばしく思っています。ライトなノベルの復権が俟たれる所ですな。



■思いやりのある文章。

こうやって、毎日じゃないけれどもそれなりの頻度で文章をしたためていると、色んな事を考えます。目の前に皆さんが居て、私が皆さんに向けて喋っているわけじゃないから、こうやって書いている字面からしか、皆さんは私を知ることが出来ないわけで。
で、もう言い古されてクチにするのも恥ずかしいくらいなのですが、「ちゃんと自分の意図が伝わっているのか?」という事が気になるのでした。
人によっては「作者という概念は死んでいて、作者の意図なんて関係無い」なんて立場の人も多いんですが、そう言い切ってしまうのも私には抵抗を感じます。

まぁ、何があったのかってのは詳しく語りませんが、「もしかして気を悪くさせてしまったのかな?」なんて考えてしまったのですよ。勿論、ゲームをプレイして作品を一応紹介というか、レビューみたいな事をやっているとそういうリスク(?)は少なからずあるのですが、今日はちょっとだけ後味が悪かったな……。

中々思いやりのある文章を書く、というのは難しいですなぁ。
自分の言いたい事はちゃんと表明出来て、尚かつ気を遣う事の出来る、そんな文章が書きたい。って八方美人過ぎますか……?w

…………。

で、困った時には「本」です。
というわけで『日本の文章』(外山滋比古:講談社学術文庫)を読むことにします。
割とお値段が高めで、しかもちょっとお堅い講談社学術文庫なのですが、ぱらぱらっと今めくってみた感じでは、エッセイみたいでとても読みやすそう。そもそも氏の文章は平易で読みやすい。『異本論』とか『古典論』なんて本は昔読みました。
ま、本を読んだくらいで何かが変わるわけでもないのですが、読まないよりも読んだ方がいいだろうって事で。



■電車の事。

最近、特に電車が混雑していて、車内で新聞が読めません。昼休み読めよって声が聞こえてきそうですが、中々ねぇ?
しょうがないから帰宅してから纏めて読む事にしています。これを書いたら新聞を読んで眠る予定です。

で、専ら最近は、行き帰りの電車では「世界の名作」を読むことにしています。
私は無教養極まりないので、殆ど常識レベルで知っていないとマズイ本を読んでいないばかりか、存在自体知らなかったりするわけですw
今更『罪と罰』を読んでいるのですが、やっぱり面白いなぁ。

けれども、これが世界の名作であっても、こいつをそのままノベルゲームにしたら絶対に駄作になるんだろうなぁ、という気もします。
著作権の切れている「名著サウンドノベル」を発表されている方もいらっしゃるのですが、やっぱり「ノベルゲームに出来る」「ノベルゲームで楽しめる」作品をチョイスなさっているなぁ、と。



っと、まだ何か書きたい事があったのですが、眠気が襲ってきました。
ボチボチ休ませていただこうかと思います。。
おやすみなさいませ。

by s-kuzumi | 2008-03-18 01:02 | 日々之雑記
2007年 07月 09日

『思考の整理学』 外山滋比古著 ちくま文庫

こんばんは、久住です。

今日は『思考の整理学』という本を読みました。
著者の外山さんの本は『異本論』・『古典論』などを過去に読んでいます。
軽妙な語り口と、含蓄深い面白い内容が外山氏の本の一つのウリです。

この『思考の整理学』という本は、もう20年も前の本なのですが、なぜか再版がかかっていて、近所の本屋さんで、ポップつきで紹介されていたので、つい買ってしまいました。

本屋さんの良し悪しは、実は店員さんがてづくりするポップに表れている側面があると思います。
この本のポップのあおり文句は

「もっと昔によめば良かった……」

です。この文句が大きく書いてあり、内容・感想が小文字で書いてあるポップでした。
ポップがある、というのは店員さんがこの本を読んだからであって、「読書好き」な店員さんがいる書店は、やはり本のチョイスや見せ方に一工夫を感じます。
近所の書店は、ごくごく普通の書店なのですが、文庫本のコーナーだけは妙にこだわっていて、のぞくたびに面白そうな本が見つかります。
面白そうな本のナビゲーターが、実はポップなのです。

ただ単に品揃えが良いとかとは違う、書店のあり方がこのポップからみてとれる気がします。
他のコーナーはむしろ品揃えは悪いくらいで、雑誌がメインの本屋さんですが、何故かすみっこの文庫本コーナーは、ポップがたくさんあって、他の書店の品揃えとは一線を画しているのです。こういう書店はいがいと貴重なのかもしれませんね。ぜひ、この文庫コーナーだけは、このままの路線でいって欲しいと思っています。


さて、肝心の本の中身ですが、簡単にいってしまえば「想像的思考の為のハウツー本」みたいな感じですね。
わりとたくさんある「論文の書き方」みたいな感じです。
ただ、あまり「~して、~する」みたいな具体的な作業について、というよりも、心構えやスタンスに関する記述が多い感じです。

何か書こうとする時、テーマは一つだけでなく、三つ程度揃えておいた方が良い、と言った実践的なアドバイスや、アイデアやテーマを人に話す時の注意点、そして「ほめる」ことの効能なんて、話が面白かったです。

大学の教師は、学生が持ってきたアイデアやテーマを頭ごなしに否定せずに、そこからモノになりそうなものを見出して、示唆してあげる事が必要になるわけです。先生に否定されてしまって、せっかく潜在的に良いアイデアを持っていたのに、アイデアが「死んで」しまうケースも多々あるようで、安易にまだアイデアが固まる前に先生や先輩に、内容を話す事を戒めたりしていました。

ただ、実際の大学生・大学院生は、それでも発表の持ち回りや卒業論文など具体的な〆切の存在する中で、活動しているわけですから完全にアイデアが固まってから、話す、というのは実際問題として難しいようです。

あと、先生との相性なんかも大きなポイントとなりますよね。
わたし以外にここで、記事を書いてくれてる人は、某大学の大学院生という肩書きなのですが、絶望的なまでに先生にいじめられていて、どうしようもないそうです。

何か発表の場があって、そこで自分の思い付いたアイデアを元に発表してみる。すると「まだ練り込みが甘いけれども、~の部分は面白い。~を深く掘り下げていってみてはどうか?」というような、親身のアドバイスが先輩方からは貰えるそうです。
先輩といっても、同じ大学院生から、その道で生活をしているプロまで様々な人たちで、概ね厳しくも好意的な意見をもらうそうなのですが、それが担当の先生に見せると一変して「相手にされない」「何もアドバイスや具体的指導がないにも関わらず否定のみされる」というようなことが、日常的におきるそうです。

彼の話だと、彼の担当の先生は指導を行う人間を選別している、とのこと。
つまり同じ学費を払っているのにも関わらず、指導を受けられる学生と、受けられない学生がいるらしいのです。
従順であるか、或いは男であるか女であるか、といった観点から明確な差別が行われているそうで(先生は女性がお好きなので、研究室は彼のハーレムだそうで、数少ない男である知り合いは、邪魔者扱いみたいです)、この話が本当だとしたら本当に嘆かわしいことです。


ともあれ、この『思考の整理学』は、こうした個々の特殊事例にこそ対応はしていませんが、何かアイデアを生み出したい、アイデアを形にしたい、という人は、一度読んでみると面白いかもしれません。
ページ数もそんなに厚くなく、移動時間に気軽に読むことが出来るのでお勧めです。
アイデアを出す、勉強をする、というのは頭の良し悪しというよりも、実は技術的な要素が強い事が良く分かりますし、ちょっとやる気が湧いてくる、そんな本です。

こうしたわたしの読書感想文が、本屋さんでのポップのような効果がもてたら、とても嬉しいですね。

by s-kuzumi | 2007-07-09 22:28 | 読書 一般図書