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2008年 08月 18日

なんてことない日々之雑記vol.109

道玄斎です、こんばんは。

いつのまにやら、この日々之雑記も人間の煩悩の数より長く続ける事になっていますね。
先週はお盆休み、という事でいつもより沢山の方に当ブログを見て頂いたようで、誠に光栄であります。今週は平常通りのアクセス数で、ちょっぴり寂しいと思うと同時に、小心者故、少し安心していたりもして。


今日は、少し積みっぱなしの本を消化しようと思って、朝から何冊か持ち出して移動時間などに読んでました。無事二冊読み終える事が出来たので、まぁまぁ満足。

面白そうなノベルゲームも積みっぱなし(フォルダの中に……)なので、出来たらやりたいのですが、時間が取れるかどうか、ちょい微妙な所ですね。
ご紹介頂いた作品なんかもあるので、楽しみにしてはいるのだけれども。。。

そういえば、ここ数日、やたらた「番外編」を乱発していました。けれども、これって別に意識しているわけじゃなくて、たまたま短めの作品が続いてしまったという。少し疲れていたり、或いは、時間の無いときに、こういう短編でさっくりと楽しむことの出来るゲームは貴重です。
割と自分の感覚だと、一般的な長さのゲームって「積み上げて」作るような部分があるように思えるんですよね。で、一方短編は「引き算」で余計な部分を限界までそぎ落として純度を高める、みたいな。
そうして出来上がったものにある種の物足りなさを覚える事もあったり、はたまた“その作品らしさ”みたいなものが見えたりすると、とっても嬉しかったり、感想は様々ですが、短編のゲーム結構好きなんですよね。

けれども、「短編」と一口に言っても色々な解釈があるわけで、10分で終わるものを短編と称す事もあれば、1時間掛かるものを短編と言う場合もちらほら。1ルートは15分くらいで終わってもコンプリートするのに2時間くらい掛かれば、それはもう短編じゃねぇだろう、なんて思ったりもw



ゲームとは全然関係ないけれども、私生活の面でもちょいと色々とプロジェクトが勃発しているので、微妙にこれから忙しくなる予感です。

人の薦めで、まだ誰も解読していない(活字に直していない)本を解読したりとか、まぁそんな感じのモノもあって、微妙に充実してきているのかな? この企画は全人類の為(というと物凄く大げさだw)、ネット上で公開して、ソッチ方面に関わる人、或いは一般で興味のある人に広く開放しようと思っていたら、関係者に「それは止せ!」と猛反発されまして、取り敢えず出せる所があるのか分からないけれども、ネット上の「0と1のデータ」ではなくて、マテリアルとして残るものとしてリリースしよう、とそんな方向で話しが進んでいます。

勿論、どこも出してくれる所が無かったなら、ネットで公開しちゃうもんね。
内容自体が数百年前のものですから、著作権とかも心配ないし。
問題は、かなり分量が多い、という事でしょうかね……。片手間にやるから、もしかすると年単位のプロジェクトになるかもしらんね。
ついつい、色々とやるべき事が多いと、楽しいことに流れていっちゃうのだけれども、苦しい事の中から楽しいことをすくいだせるような、そんな活動になったらいいなぁ。



相も変わらず、ゲームものんびりマイペースで遊んで、レビューも書いていくつもりです。
未完のものだけれども、どうしてもプレイしなおしたいアレとかもあるしね。
それでは、今日はこのへんで。

by s-kuzumi | 2008-08-18 21:11 | 日々之雑記
2008年 08月 13日

なんてことない日々之雑記vol.107

道玄斎です、こんばんは。

夕食時にお酒をかっくらって、こんな時間まで寝てしまいました。
大人しくビールだけにしておけば良かったものの、ついつい焼酎を呑んでしまいました。最近、日本酒成分が不足しているので、美味しいお酒を探してこなければ。



■読書なお話

色々と忙しかったり、疲れていたりで、『聖書』通読は遅々として進まず。
それは兎も角、先日ご紹介した『処女の文化史』を読んでいたら、キリスト教的な視点から処女、或いは処女性を読み解く、というチャプターがあって結構面白かった。

何で、聖母マリアが崇拝対象になったのか? という結構重要な疑問(『マリア様がみてる』とかも、聖母崇拝だよね)に答えるような部分があった。
まぁ、この本一冊で結論を出すのは早すぎる気もするし、この本自体の有用性も、実は結構疑問なんだけども(後述する)、取り敢えず、
・「神やキリストに比べてより人間的で身近な存在であったため、母性愛と処女の純潔を併せ持つ聖母マリアは、男女問わず多くの信者の目に慈悲深い仲介者として映った」

・「聖母マリアは同時に母、娘、妻そして処女であったためそれぞれの役割に関連する美徳はすべて聖母マリアのものとされた。しかも、キリストの母親としての権威ゆえに尊敬もされた」

・「宗教文献では聖母マリアは女性が模範とすべき理想の女性として讃えられているが~(以下略)」

と、まぁざっと、こんな感じの理由みたいです。
この本では、三番目に挙げた理由を一番重視していて、処女、或いは処女性との関連についてその後も解説がつらつらと続きます。
大体12世紀頃から、聖母信仰は上記のような理由から、急速に広がり現代まで残っている、というわけです。そういえば、昔目白に「聖母病院」ってのがあったなぁ……。


で、この本、マンチェスター大学の准教授の書いた本だからまともな本だろう、と思っていたら、意外にアヤシイ箇所が散見されます。
この本、まぁ論文集みたいな、そういう体裁なんだけども、注の付け方がちょっと変なんですよ。大抵、他人の著作物や意見を引用する際には、注記としてその出典を載せるのがルールで、この本もその例に漏れず、注記を付けているものの、所々「ある研究者は『~』と言っている」とか書いて、「誰が」「どこで」言ったのか? という部分の注が付いていなかったりします。
恐らく、穿った見方をしてみると、極めてマイナーな人間の極めてマイナーな意見をどっかから引っ張ってきたんじゃないかしら? 

全体的に、何となくそういう気配が漂っていて、つまり、「マイナーなものをメジャーなものとして普遍化して論じている」みたいな部分があるような……。或いは、これは学術論文ではないので(多分、そうだよね?)、分かりやすくそこらへんの論証は端折っているのかもしれないのだけれども。

だけれども、私はどうにも、この著者怪しげだなぁ、と思うのは他にも理由があるからなのです。すぐに気付くのは、恐らく意図的に「処女」という語と「処女性」という語(=概念)を混同して、というかすり替えて使っているような部分がちらほらと。
まぁ、読み物としては面白いので、いいんだけども、ちょっぴり気になったのでした。
イメージでモノを言って悪いんだけども、「ジェンダー研究」みたいな事をやっている人(女性である事が極めて多い)って、大体こういう感じで、何か妙な怪しさというか、学術的な不確かさみたいなものをヒシヒシと感じたりします。

それはそれとして、結構面白い情報が載っていたりして、そういう部分はとっても楽しい。
どうやら、アメリカなどの外国では「聖書雑誌」(バイブルジン)と呼ばれる雑誌群があるようです。しかもそれはお堅い雑誌かと思いきや、何と十代の女の子向けの雑誌とかも出ているらしい。実に興味深いですね。
イメージとしては、『ハナチュー』に聖書的色彩をプラスしたような雑誌みたいっす。

いや、マジで普通の十代の女の子向けの雑誌そのものなんだけども、「信心深い彼氏と付き合ってる?」なんて特集が組まれたりしているらしい。いや、面白いなぁ。これは一度、取り寄せてみたい雑誌ですねぇ。

今、アマゾンで「洋書」検索を使って、雑誌のタイトルで調べてみたら出てきました。表紙を見ると若い女の子が三人くらい寄り集まってにっこり笑っているという、まんま女学生向けの雑誌。表紙に書かれた文字を頑張って読んでみると、「男の子が語る、男の子のキモチ」なんて特集がある事が分かりますw その横には「Radical Faith」(過激な信仰とか訳しちゃいそうだけども、もうちょっと違う意味合いがありそうなので、翻訳せず)とかの特集があったり、「God's Truth」なる文字が見えたりして、「やっぱりそっち系の雑誌なんだなぁ」と妙に感心してしまいました。
今度一冊買ってみますw 取り寄せて読了したら、またこの雑誌について大いに語りましょうw


ちょくちょく、ゲーム進めています。
若干、高校生向けみたいな雰囲気はあるものの、作中の季節は夏ですし今にぴったりの作品。中盤から中々盛り上がってきて、結構面白いです。
明日辺りに読了し終わるといいなぁ、と思いつつ、シャワーでも浴びて今日は眠りますわ。


それでは、おやすみなさい。

by s-kuzumi | 2008-08-13 01:15 | 日々之雑記
2008年 07月 15日

なんてことない日々之雑記vol.98

道玄斎です、こんばんは。

今日も暑くて厭になってしまいますね……。
昨日、少し長目のゲームを頑張ってプレイしたせいか、今日はちょっと疲れているのでお休みです。



■お酒の事

最近、あんまりお酒を呑まないのですが、とてもグーな日本酒を発見してしまいました。
「白笹つづみ」というお酒の吟醸酒です。大吟醸は高いからいつもは大体吟醸酒を飲む事にしています。
で、この「白笹つづみ」、割と甘めですが、ふくよかな味わいでとっても宜しい。普段愛飲している「明鏡止水」は本当にシャープですっきりとした味なわけですが、たまにはこういうお酒もいいなぁ、と。またラベルも結構カッコいいのよ。杯を持った少年(狂言とかそういう感じの衣装を着てる)が片足を挙げているというヤツで、文章にするとちょっとカッコよさが伝わらないんだけども、なかなか渋くて素敵なラベル。

このお酒を造っている酒造は「金井酒造」っていう所なんですが、お酒にモーツァルトを聴かせているそうですよ? 良く植物に音楽を聴かせてやるといいとか聞きますけれども、お酒に効果があるのかしら? まぁ、旨ければなんでもいいか……。興味のある方はチェックしてみて下さい。



■薔薇の事

我が家には薔薇が結構な数植わっておりまして、手入れが結構めんどくさいです。
「薔薇」と聞いて一般にイメージされるような薔薇はハイブリッドと呼ばれるタイプですが、我が家のは「オールドローズ」と呼ばれるタイプのものが主流です。
見た目、ちょっと野暮ったい感じがしないでもないのですが、もう植えちゃったんだからしょうがない。

ここ暫く放置していたら、にゅーっと薔薇の枝が伸びてきてしまったので、今日ちらっと切り落としてきました。剪定ばさみを使うのが一般的なんでしょうけれども、そういう場合私はナイフとかそういうものを使ってカットしてしまいます。
やっぱり、ハサミで「押し切る」よりも、「すぱっ」と切った方が植物にとっても宜しかろう、というわけです。で、ルパンの石川五右衛門宜しく刃物を上段に構えて、気合一閃枝を切断するのでした。本当は刀とか使っちゃうと一番手っ取り早いんだけども、刀汚したくないしね。
それに、使っている刃物も炭素の含有率の高い刃物ですから、切れ味もとても良いのです。で、切り落とした枝を始末しようとしたら、案の定、トゲが指に刺さって……。結構、痛いですよ?



■読書の事

暑くって、読書もどうにも進みません。こんなに集中力が持たない事なんてかつてあったか? っていうくらい集中力が欠如している……。

『聖書』は「列王記」の上まで進みました。やっと楽しみにしていたソロモンさんが出てきて王様になったあたりです。今丁度宮殿みたいのを作ってます。

単純に聖書だけを読んでいっても意味不明の箇所が出てきてしまう、との事で参考書を二冊用意しました。『聖書Q&A』、『キリスト教に問う 65のQ&A』なる書物です。
これらの参考書のお陰で、分かった部分もあって買って良かったなぁ、と思いました。

例えば、「創世記」(ジェネシスですな)も後半の辺りで、ヤコブさんは「何者かと格闘をする」という場面が出てきます。意外に唐突に出てくるんですよ。確かヤコブが自分のテントだかで寝ていたら闖入者がやってきてそいつと格闘になる、みたいな。
で、その闖入者はどうやら「神様」だったようで、神様に勝利したが故にヤコブはイスラエルと呼ばれるようになったのでした。
で、何で神様に勝つとイスラエルなのさ? って思ってたんですが、上記の解説書を読むとこれは所謂「原因譚」だと書いてあります。まぁ、一種の語源を語る部分だったというわけです。
日本でもこういう事ってあって、例えば『竹取物語』で「不死の薬」を燃やしたから「不死の山→富士の山→富士山」とかね。

っと、また脱線気味ですが、ともあれ神様に勝ったから「イスラエル」なんです。
「イスラエル」の語源は今以て尚分からないそうなのですが、ここまで解説して貰えればあとは知っている知識で或る程度の推測は可能です。
私の場合「イスラエル」という言葉を「イスラ」と「エル」に分けて考えてみました。

「エル」って、神様関係や天使関係の本とかを読んでいるとお馴染みの接尾語ですよね。どうやらこの「エル」ってのは「神様の」とかそういう意味を示すようです。
「エル」を持つ有名な天使さんでは「ラファエル」とか「ミカエル」とか、ね。
となると、神様と喧嘩して勝ったヤコブは「神と戦いし者」とか「神に勝利せし者」とかまぁ、そういう称号で呼ばれたと思われます。だから「イスラエル」の「イスラ」も恐らく「戦った者」とか「勝利した者」とかそのくらいの意味合いで捉えればいいんじゃないかしら?


これは『聖書Q&A』を利用して考える一助にした例なんですが、この本はどちらかいうと『聖書』を独習する際に、傍らに置いて「意味の通じにくい場所」が出てきた際に併せて読むとグーな本です。

一方で『キリスト教に問う 65のQ&A』は「妊娠中絶をした人は救われないのですか?」といったような、問答集に近い本です。割と質問はシビアなものばかり。

だけれども、『聖書』を読み進めれば読み進めるほど、キリスト教を学べば学ぶ程頭の中が混乱してきます。特に分からないのが「旧約聖書」と「新約聖書」の扱いの問題です。
先に挙げた二書なんかは「キリスト教」のお坊さんが書いていたりする本です。経歴を見ると「ローマ・教皇庁立聖書研究所聖書学修士課程修了」とか何か「ホンモノっぽい」匂いがします。
ですから、著者は100%キリスト教寄りの発言をするわけですね。まぁ、本の性質を考えればそれで何も問題はないのですが。実際キリスト教徒で無い人間が聖書の内容で問答していてもちょっぴり怪しいしねw

んで、この本の解説を見ると、何でもかんでも「イエスは~」と「イエス」を基準にして、問い掛けに応えます。どうも読んでいると、「旧約聖書」よりも「新約聖書」に重きを置いているような気配がするんですよ。
ともすれば、この人たちの言う「聖書」という言葉は限定的に「新約聖書」を指しているんじゃないか? とも思える箇所が散見されるわけで、「じゃあ、旧約聖書はどうなっちゃったのよ?」と。

旧約聖書を読むと結構細かい守るべき規定が多い事に気がつきます。
例の「十戒」はその大綱みたいなもんですね。こうした色んな決まりの中には、例えば食って良いものリストみたいのもあって「ひれ・うろこのある魚類は川のもんでも海のもんでも食っていい。そうでないのは食っちゃ駄目」なんて書いてあるわけです。
私、この間「田ウナギ」なんて訳の分からんモノの唐揚げ食っちゃったよw
他にも安息日には仕事しちゃ駄目、なんて事も言ってますし、実際に安息日に何かごちゃごちゃやってたら神様が怒ってしまった、なんて記事もありました。

つまり、「新約聖書」と「旧約聖書」の「規定」というか「やって良いこと、悪いこと」の相違が気になってくるわけです。何となく「新約聖書」の方が規定が緩やかな感じがします。「新約聖書」はやっちゃいけない事をやると、即死フラグが立つという。
そうすると「新約聖書」と「旧約聖書」のダブルバインドに悩まされる事になってしまいます。

本を書いている方達は「聖書こそ拠るべき書物」というような発言をなさっているのですが、きっと、日本のクリスチャンでも相当程度が「土用の丑の日」にウナギなる、鱗のない怪しげなイキモノを食べていると推測されるわけで、「旧約聖書」の規定事項をどの程度遵守すればいいのか? また「もし、旧約聖書で現代に合わない生活習慣(ウナギを食べちゃ駄目とか)が存在する場合、どのように処理すべきか?」、はたまた「もし、そうやって『旧約聖書』に書かれている規定事項で現代に合わないものに関しては、それを許容しているような場合、『旧約聖書』の立場って何なの?」とか、そういう内容というよりも、教義面での疑問が多く出てきてしまうのでした。
この矛盾をどうやったら解消出来るのか? それが今『聖書』を読んでいる私の課題ですね。

最近、ちょっと本を読んでいるだけじゃモノ足りなくなってしまったので、そろそろ教会に行ってみようかとw ただ、安息日である日曜に、教会ってやってるのかしら……?

by s-kuzumi | 2008-07-15 23:45 | 日々之雑記
2008年 07月 08日

なんてことない日々之雑記vol.93

道玄斎です、こんばんは。

何となく、何かを書きたいような気がして、つれづれと筆を執っております。筆っていうかキーボードだけどもw



■七夕の事

もう昨日になってしまいましたね。いや、七夕の件です。
先ほど、本を読んでいる合間にぼんやりと考えてみたのですが、一年に一度でも逢えるならいいよなぁ、なんて。逢おうと思えば逢えない事もなさそうだけれども、多分逢わない方がいい、って状況よりもよっぽどいいよね、と思います。

ジメジメとした空気と相俟って、こういう事を考え出すと気持ちが沈んでしまってw
まぁ、人生色々ですね。



■読書の事

そういえば、最近「世界最大のベストセラー」たる聖書を読んでいます。取り敢えず、旧約を読破してから新約に行こうかと。いや、前からちらっちらっと読んでいたんですよ。けれども、ここにきてようやく本腰を入れて読み始めたって感じです。
何度も述べてますが、私はどちらかと言えば神道寄りですw が、教養として読むにしくはないというわけで、ちょこちょこ読んでいます。
いや、まだ「出エジプト記」なんですけれども……。ちなみに私が使っている本は新共同訳なるもので、妹が大学の生協か何かで買ってきたものです。

なんて言うか、独特の文章ですよね。尤も、訳本の全てが抱える問題として「訳による差異」が生じますからね。だって、元々聖書ってヘブライ語かなんかですよね? それを日本語で読もうとするからある種の無理が生じるのかもしれません。新共同訳なるものがどういうプロセスを経て日本語訳の聖書として刊行されているのか分からないのですが、例えば「ヘブライ語→ギリシア語→英語→日本語」みたいな翻訳の系譜が存在するのであれば、原典(という言い方がこの場合正しいのかどうか分からない)と相当程度の隔たりが生じている事になります。
それは、ニュアンスの部分なのかもしれませんし、意外にも重要な深意(神意?)に関わる部分なのかもしれません。

私の語学能力が優れていれば、ヘブライ語とか勉強して出来るだけ原典に近い形で読んでみたいのですが、残念な事にそっちの才能はゼロに等しいのでw

なんで、そんなつまらない事を気にしているのか? っていうと、「原典」に当たらない事による弊害みたいなものを結構昔から見てきているからなんですよね。昔、大学に居た頃、『源氏物語』を原文(原典ではないよ?)で読めないから、現代語訳を使って研究をやっている博士過程の人がいました。どうしてもその人の書いたものや、発表するものって、その人が読んだ「現代語訳」に引きづられていて、何か違和感をヒシヒシと感じるものになってたんですよね。それに、訳本を使う事の最大の恐怖は、訳本を使用する、という事は「翻訳者が間違っていない事を前提にする」というわけで、まぁ、聖書みたいな超メジャーな本には限りなく少ないと思いますが、翻訳者が間違って訳してしまっている、なんて事があるわけです。
それにどうしても「訳文」ですから、ちょっと説明的というか、そういう独特の文章になりがちですよね。そういうのを排除して「意訳」の方向に持っていくと、それはそれで純粋性が薄れてしまうし。難しい問題です。

まぁ、別に聖書の研究をするわけでも、宗教学者になるわけでもないので、信者の方には失礼かもしれないのですが「読み物」と割り切って、楽しく読むことに努めています。
ここまで読んできて、分かった事は、

「~の子~は~の子~を娶り、~と~と~と~が生まれた。~人の祖である」

みたいな文章が出てきた時は、いちいち律儀に「~」で示した人名を読む必要はないという事ですw 聖書を読んでいく上で覚えておくべき人間って、そんなに実は多くないですから。
兎に角、大量の人間が生まれてきますから、いちいちそいつらを覚える必要はない。
他にも、「出エジプト記」なんかでは、モーセとアロンなる人間が神様の命令に従って、ファラオに「俺たちを解放しろ!」と詰め寄るわけですが(端折りすぎですか?w)、毎度毎度お決まりの文句で「ファラオのもとにいって彼に告げなさい『ヘブライ人の神、主はこう言われた~』」と繰り返し出てきます。こんなのは、律儀に一字一句を追っていかないで「ああ、また神様がファラオを脅迫してんだな」と理解した上で、さらっと流し読みするのがポイントw

こういう細部は、きっと1回通読した上で、更に細部を詰めていきたい人が読めばいいんじゃないでしょうか? きっとみんな或る程度、こういう事って普通の本を読む時にもやってると思うんですよ。聖なる書だからって遠慮するこたぁねぇ、というのが私の考え。

結構、聖書って面白いんですよね。
世の中にある物語の型は全て、既に聖書に載っている、なんて言われたりしますが、それもむべなるかな。読んでいて「こりゃ、物語マニアとして読まないといけない本だったな」と痛感しました。結構長い本なんですが、まぁ『源氏物語』を読むことに比べたらなんてことないでしょう。
意外と、つっこみどころがあったりするのが又一つのポイントw それも神様に対してです。
エジプトに住んでいたイスラエルの民は、エジプト人から過酷な労働を強いられたりして虐められます。で、神様、アブラハム、イサク、ヤコブと続いてきた「一族を守ってあげるよ」的な約束を、どうやら微妙に忘れていたっぽいんですよw

兎にも角にも、こんな感じに楽しく読んでますw 今、随分この訳本の文体にも慣れてきたので、これから一気に読んでいく事が出来るハズ。どの本を読むときもなんですが、私の場合「著者の文体に慣れる」と一気に読書スピードが加速します。モノによってはその著者の文体に中々慣れない場合もあるのですが、一度波に乗ると後は一気に。

特に古典なんてそうですよ。
「うわぁ、難しいぜ……」なんてうんざりしつつも、頑張って頑張って読み進めていくと、ある瞬間から一気に読めるようになってくる。これは本当に不思議。



■食事の事

この暑さのせいで食欲が減退しています。
今日の私の食事なんて、調理パン一個、スープ、珈琲だけですから。三食全部で、ですよ? 私の特技で、「その気になれば、一週間くらい絶食しても全然平気」というものがあって、これは昔昔にやった断食の経験が活きているわけですが(同時にその気になれば、大食い大会に出れるくらいにモノを食べられる)、まぁ、体をこわさない程度に少しはものを食べる予定です。

けれども、本当に暑いと食欲が無くなりますよね。
若い頃はそうでもなかったんだけども、最近は本当に暑さに弱くなってしまいました。もうちょっとこう夏をエンジョイ出来ると良いのですが……。

夏をエンジョイと言えば、近々暇を見つけて登山でもしてこようかと思っています。
登山っていっても、ピッケルやらを使った本格的なものじゃなくて、某山の上にある神社にでもいってお祓いでもしてもらってこようかと思っているのです。いや、最近足を包丁で刺したりとか、ろくな事がないので、初穂料を払って巫女さんに舞でも舞って頂こうかとw
普段、そこに行く際には、ロープウェイを使うのですが、それを歩いていこう、という意味の登山ですね。



■最近、微妙にはまりつつあるもの。

最近、カビキラーにはまっていますw
何の気無しに、風呂場とかのカビを除去していたら、カビが憎くて憎くてしょうがなくなってしまって、吾が生活スペースからカビを追い出すべく、獅子奮迅の働きをw
結構、こういう或る意味で単純作業ってやってるとハマるんですよね。カビキラー大活躍です。家中の水回り全てにカビキラーの集中砲火を浴びせて、カビを除去してます。
結構、楽しい、です、よ?



こんな感じで本当に「なんてことない日々之雑記」なのですが、一応書き留めておきます。

by s-kuzumi | 2008-07-08 02:06 | 日々之雑記
2008年 06月 04日

なんてことない日々之雑vol.79

道玄斎です、こんばんは。
今日は疲れてしまったのでゲームはプレイ致しません。

明日、数年前(二年前かな?)にリリースされた伝奇モノのレビューを書こうと思って、少しづつプレイを進めておりますが、如何せん、トータルで8時間くらいある長編なので……。



今日、ニュース番組を見ていたら、「本の選び方」が最近、変化しているという事でした。
どういう事かと申しますと、「ランキング至上主義」になってしまっている、ようなのです。本屋さんに行くと「週間売り上げランキング」表とかがありますよね?あれを目安に自分が面白そうな本を買うというのは、全然アリだと思うんだけども、完全にそのランキングだけが指標になってしまっているという。

一つには、恐らく魅力的な本がリリースされなくなってきた、という事情があるのではないかと思うのです。誤解を恐れず言えば「良い本」より「売れる本」に出版社の方の比重が傾いてきている、と。
まぁ、出版社は株式会社ですし、利益を上げて株主に納得してもらう事が第一。とはいえ、あんまり儲からないけれども「意義のある出版」ってのもきっとあるんですよね。
学術系の本の単価が高いのも、この辺りに事情がありそうです。

尤も、出版社だけに責任を負わせるというのもアレなので、読者の方にも。
やっぱり、読者のニーズってのが出版に大きな影響を与えるのも又事実。私が以前から疑問に思っているのは芸能人の自伝とか、そういう本が出ると一斉に報道されて、そういう後押しによってランキングに入ってしまうという悪循環。
いやいや、決して芸能人の自伝が悪であるとか、はたまた私は高級なものしか読みません、とかそういう事を言いたいのではなくて……。まぁ、うんとくだらない物言いになってしまうんですが、昔良く言われた(今もかしら?)「活字離れ」とかね、そういうのも原因の一端だよなぁ、と思うのでした。
何が良い本か、ってのは必ずしも自明ではないし、誰かに押しつけられるものではない、という大前提があるわけですが、それでも「名作」として残っている本は、それなりのタイムプルーフを経ているわけですから、一読してみる価値はあるのではないかと思いますぜ。
いや、これも次回自戒を込めて言うのだけども。悲しいくらい私は世界の名作とか読んでないんすよw 時間を見つけてちょこちょこ読むようにはしてるんですけれども、やっぱり面白いですよ?


と、以上が話しの枕です。
ここからが本題(?)。

いや、書庫を整理していたら、面白い本を見つけたのでちょこっと紹介してみようかな、と。
勿論、ノベルゲームで役立ちそうな書物をチョイスしますよ?

一冊目

『最後の忍者どろんろん』 藤田西湖著

今から50年前に出た本です。
著者は、甲賀流忍術正統14代目だかを自称していて、彼のまぁ、言ってしまえば自伝的な本です。まぁ、芸能人の自伝みたいなもんやね(え?w)。
内容は、忍術の奥義みたいなものは語られないけれども、端々に忍者になる為の修行法であるとか、忍術の一端が示されていたりして、結構面白いです。
なんだけども、結構眉唾な感じも受けなくもないw 先の大戦で極秘任務を受けていたとか、なんだか怪しげな所もあるけれども、そういうのも割り切って読むと良いかも? 私は結構、この本好きですよ?w
今は、アマゾンなんかで調べると、文庫本で安価に入手出来ます。私も文庫本で持っています。武術とか忍術とかに興味のある人はチェックしてみて下さい。もしかするとノベルゲームで諜報員とか描く時に役に立つかも……。


二冊目

『修訂 中国の呪法』 澤田瑞穂著

ソッチの方面では割とポピュラーな本。
一般書と学術書の中間くらいの感じかな?適度に読みにくくて、適度に読みやすい。
書いている人は、まぁ、こういう事を言うとアレなんだけど、ちゃんとした学者さんで、国書刊行会からも本を出しているくらいですから、内容は至って真面目。ちらりほらりとお札の写真が載っていたりして面白い事請け合います。
表紙は意外とキャッチーだしねw これも伝奇っぽいものを書くときに使える、かも?
ちなみに、アマゾンで調べたら大体3000円くらいの本です、内容を考えたら激安でしょう。


三冊目

『星の神話・伝説』 野尻抱影著

こいつは、例の講談社学術文庫の一冊です。定価で800円くらいだけどもブックオフかなんか探せば、半額くらいで買えるかも。
季節ごとに観測出来る、星座の神話や伝説を収めたものなのですが、特に「日本の神話・伝説」とかでなく、世界中の神話伝説が載っているので、意外と応用の利きそうな一冊です。
いや、実は、毎月100冊ペースで増える(増えてた。今月はかなり自粛してる)本で、積んでおく80冊の中から発掘しましたw だから私も未読です。今日の寝しなにでも読んでみますわ。


四冊目

『大正時代の身の上相談』 カタログハウス編

これはぐっとライトな文庫本。
何年か前『生協の白石さん』という本が出て、ちょっと話題になりましたよね。
学生の訳の分からん質問に、時に真面目に時に軽妙に切り返す白石さんの受け答えがウリの本でしたが、本書も割とそれに似ています。
というのは、大正時代の新聞の「お悩み相談コーナー」に寄せられた悩みを、新聞記者さんがやはり、時に真面目に時に軽妙に切り返して解答していく、というやりとりを収録した本だからです。最近の新聞のお悩みコーナーってなんだか訳の分からん作家さんやらが、したり顔でアドバイスしていてちょっと読んでいてイライラっと来ることがあったりするんですが、大正時代は、人間と人間の距離が近かったと申しましょうか、なんだか物凄い親身に解答をする記者さんに正直萌えますw

意外と、悩みって100年近く経っても変わってないもんなんですよw 
まぁ、中には結構ドロドロした悩み(本当に新聞に投稿していいのかよw)もあったりで、インスピレーションが刺激されます。 特に悪女に騙される文学青年の悩みは必読です!


最後

『観智院本『世俗諺文』の研究』 山根対助監修

今から1000年くらい前の源為憲さんという人が纏めた本。
当時の諺(ことわざ)の解説本ですね。諺に対して、出典を載せています。
ちなみに、これは一般に流通している本ではなくて、北海学園大学の論集、という位置づけなので書店での入手は不可能でしょう。古本屋を探せばあるかな? 興味のある方は是非是非。あんまりノベルゲームには役に立たないんだけどもね……。
あー、ちなみに中身は「手書き」されたものをコピーして製本してある、といった体裁ですので、活字ではありません。加えてオール漢文です。が、返り点、送りがなが付いている為、ふつーに中学高校で漢文を勉強していれば問題なく読めるハズです。漢文がニガテな私でさへ読める。たまに変な返り点が付いていたりする事もあるんだけども。



大体、こんな所でしょうか?
探せば、まだまだ見つかりそうなんですが、このくらいにしておきましょう。

やっぱり、本って自分の興味関心のあるモノを、自分で手にとって買わないと駄目なんだよねぇ。他人の評価に頼ってばかりいると、自分の検索能力は低下するし、感性も鈍るような気がします。「あまり知られていないけれども、自分ランキングで上位の本」を見つけた時(或いは発掘してきた時)の喜びといったらもう……。
皆様のベストブック、良かったら教えて下さいね。

それでは、良い読書を。

by s-kuzumi | 2008-06-04 23:04 | 日々之雑記